ブログネタ:原発再稼働、五輪のこと考えたらどう?
参加中
ずっとブログほったらかしで・・・
書いてみたいテーマはいくつかあっても
なんだか深刻なことに切り込むには腰が重くて
でも今日
震災から2年半
あの日からの自分を思う時
何か書いておきたいと思いました
五輪のことを考えようとどうしようと
とにかく何としても
原発再稼働には反対です!
安倍総理のスピーチやその後の質疑応答は
IOC委員の方々に非常に受けが良くて
東京開催決定の大きな要因になったようですが
私は信じられない思いで聞いていました
私は現地の人間ではないし
直に情報を得ているわけでもないけれど
それは違うでしょう!?
と息が止まる思いで聞いていました
総理、
コントロールできていると断言するのなら
メルトダウンしてしまった燃料棒は
今何処にどういう状態であるのか、
あとどのくらいで安全な形に持っていけるのか、
すぐに教えて下さい
線量が高すぎて
人の手で作業が出来ない建屋の中で
何が起こっているのか
収束に向けた作業は
どこまで進んでいるのか
毎日知らせて下さい
コントロールできていると
断言するなら、です
無理だと分かっています
一番大変な思いをされている現場の方々は
総理のご発言をどう聞かれたでしょうね
報道されないけど
被ばくで大変なことになっていらっしゃる方もあるのを
他の方のブログで知りました
テレビを見ていると
コメンテーターの方が言いました
「国民に向けて今まで総理は一度も、
私が保証するとか、安心、安全ですとか、
確実にブロックできているとか言ってくれなかった」
批判しているかと思いきや
「だから今回、はっきりと言ってくれてとてもよかった!」
何か違う!
絶対おかしい!
でもテレビでは
あまりそういう声は流さない・・・
「日本中が歓喜に沸いています!!!」
違うよ
日本中じゃないよ・・・
私は現地へ飛ぶこともできず
もっぱらネットで知るばかりで
大きなことは言えた義理ではないですが
それでも心に刻んでる
東京からそう遠くない場所
人間が住めなくなった町や村
弔ってもらうこともならない亡骸が横たわったままの
荒れ果てた牛舎
住むことは許されなくても
住民が時折向かう故郷への道は
ある場所では整備もされず
アスファルトが割れてガタガタに崩れたまま
飛び出てしまったマンホールもそのまま
でもその荒れた場所で
懸命に2年半を生き延びてきた命がある
ボランティアの給餌給水に頼るしか
生きるすべのない置き去りの元ペット達
彼らを想い、毎月
命を削って
文字通り命を削って(:_;)
放射能にさらされる事を承知で向かう活動をしている
尊い仲間
動物の事ばかりつい書いているけど
彼らは話せないからつい肩入れするけど
故郷を離れて
それまでの暮らしを根こそぎ奪われて
やっとの思いで生きている被災者の方々から
正直五輪どころではないという声も聞きました
今日あたり、
新聞でもけっこう取り上げていたので
復興住宅の建設に
建設業者が足りないとか言いながら
立派な選手村が先に出来ちゃうことは無いと思うけど
・・・・・・・・・・
頑張っているアスリートの人たちの笑顔を
潰したいわけではない
私だって
祝福したかった
でも東京招致に心血を注いできた皆さんならばこそ
大切な招致活動の中で
ウソがあっていいのですか
ウソ
という感覚もなく
笑顔で断言した総理のスピーチに希望を持って
いよいよ東京が選ばれて
涙されていた皆さん
この同じ日本の中に
こんなに苦しい
辛い現実が無いのなら
私だって心っから拍手したいです
でも
毎日テレビで
発表の瞬間と
歓喜に沸く様子を見るたびに
涙が出そうです
それは皆さんと違う涙です
ごめんね・・・
どうか
7年の間に
私が今こんな風に書いた事を恥ずかしく思えるほどに
本当に安全安心完璧なコントロールを
保証すると言った総理ご自身の手で
掴んで下さい
掴まなければいけません
その間に大きな地震がないことを願います
長くなってるけど
私自身の覚えとして
もうみんなここらで帰っちゃうかもですが
さらに書いておきます
東海村の村長さん
村上さん
正しくは元・村長さんですが
昨日だったかNスタで
村上 元・村長さんにお話をうかがってて
東海村と言うのは
原発と共に生きてきた村で
その火と共に生きる、
というような言葉の刻まれた石碑まで建っている
だけど
臨界事故が起きて
人命が奪われて
その時村上村長さんは
住民の安全を思い
国に指針を示してくれと言ったのに
国には
原発事故を想定した何も無くて
村長は独断で
住民の一斉避難を決められたとか
村長はずっと日記をつけられてて
その日々の記録は
詳細に残っているそう
そして
3.11の地震、津波がおこり
福島で原発事故が起こり
その時
防潮堤をかさ上げしたばかりだったため
東海村は津波の被害はなかったけど
もし工事の前なら
福島と同じことになっていた可能性は十分あるということでした
その、
…仕事しながら見ていてちゃんとメモ取れなくて
日にちがはっきりしなくて情けないのですが
震災の何日後だったかに
政府の発表があった
その発表が
事故の深刻さをあまりに軽視したもので
未だに国には
この恐ろしいものを保有しながら
とるべき対策も不備なら
いざという時の指針も無い
そんな、国の不見識に、
村長はついに決意されました
国に任せていたのではダメだ、と
脱・原発に向けて
180度の方向転換をすることを!
先にも書いたように
原発で生きてきた街です
全ての人がハイそうですかとはならない
それでも地道に説得を続けて
村長は
4期務めあげ引退された今も
脱・原発の活動に奔走していらっしゃるそうです
だから
原発をなくすと
それによって生きてきた人が困るとか言うのは
逃げなのだ
もちろんそれは
簡単じゃないことはわかります
生活がかかっているのだし
だけど
東海村では村長さんが
「私はもうここで自分は終わってもいいと思っている」
という覚悟で
未来のために
原発依存から脱することを決意されたのだ
政府が
職業のこともあるから簡単には原発をなくせない、とか
心配しているふりをするのはおかしいのです
何よりも、
この危険で
核のゴミが増える一方の
もはや人間の手で制御できない怪物になってしまった原発は
無くさなければいけない
「五輪のこと考えたらどう?」
という質問に対して書いたけど
この質問が不思議。。。
何をどう考えようと
再稼働反対。
私の変わらない気持ちです
このこととテーマが違うし
もう長すぎるのでやめとくけど
食生活にまた少し
進展あり・・・
前に
お肉をもう食べたくない…話を書いた時
乳製品に関してはまだ
認識が甘いというか
自分がそれまであまりに
乳製品が好きだったので
牛乳やヨーグルトから離れる自分が
想像できなかったけど
(やめとくと言いつつ書いてるw)
もう何か月も牛乳飲んでいない
ヨーグルトも食べてない
まったく問題なくてびっくり
だけど
先日
未開の地だった軽井沢で
開拓して酪農始められた方が
キッチンが走る、だっけ?
太陽君が出てる番組
に出てらして
話を聞いていると
なんだかこの人の前では
私は
「牛乳は牛に残酷だからやめた」
なんて言えないだろう
と思ってしまった
なにもかも
簡単には行かない
悩みの中に居ます














