よもやマンションは頑丈で安全な建物なんてイメージをお持ちではなかろうか。


ある梅雨の頃だった。


日本列島に前線が停滞しっぱなしで、これでもかってくらい雨が降りしきっていた。


その日も、我々フロントはいつものごとく業務に忙殺され、夕方の営業時間外は理事会出席者を除くほとんどが社内にて残務に追われていた。


すると、私のスマホに社内のコールセンターから緊急入電。警備会社からの通報で、私が担当するマンションの機械式駐車場の地下ピットに雨水が入り込んで排水し切れない、との内容だった。


機械式駐車場の中には警備会社の警備システムと連動しているものも少なくなく、異常があるとその信号を警備会社のセンターが拾う仕組みだった。

今回の事象は、地下ピットに設置する雨水排水ポンプの能力を雨量が上回り、ピット内に雨水が溜まりだし、機械式駐車場が起動しないというケースだった。


まずい…クルマが水没する…


最悪の事態を回避すべく、すぐさま機械式駐車場のメンテナンス会社の担当者に連絡する。


幸い近くの別のマンションで同様の事象があり、ちょうど対応済だったとのことで急行してもらう。


なんとか応急処置してもらったが、念の為、理事長に連絡して理由を説明し、地下ピット内に駐車してあるクルマを近くのコインパーキングに移動してもらうことにした。

これも幸い、利用者にも快諾していただけた。


よかった。ほっとした。


胸をなでおろし、そろそろ会社を退出し帰路に着こうとしたその時、またスマホに着信。

帰宅したはずのとある管理員からだった。


着信をクリックし、私がしゃべり始めると、管理員は食い気味に慌てた口調でしゃべり始めた。


管理員いわく、ひどい雨でどうしても胸騒ぎがし、自分の持ち場であるマンションに向かったところ、エントランスの内壁から水が滲み出て床がびっしょり濡れている、とのこと。


その管理員は続けて、数日前からその内壁に水ジミのような形跡があったという。


私はこちらで確認する旨を伝え、管理員には帰宅してもらい、警備会社へ現場確認の要請した。だが、警備会社も他のマンションの別案件を対応後でないと向かえないとのこと。


ちょうど同じ頃、他のフロントらにも着信が相次いだ。


これが悪夢の始まりだった。


あるマンションでは平面駐車場が雨水で溢れ、その雨水が自動ドアから風除室、エントランスに浸水し、このままではエレベーター内に行きそうだと。

またあるマンションでは落雷で停電。

またまたある築古マンションでは外壁のタイルが一部剥離。


その他諸々…


私含め、他のフロント数名は帰宅を諦めて担当するマンションへ向かうこととなった。


ところが、私が向かったマンションは途中の一級河川が氾濫し、道路は通行止めに。交通機関も運行取りやめで寸断される事態になってしまう。


クルマで会社を出発したのが19時半頃だったが、その後も降り続く雨により通行止めは解除されることはなく、事の次第を理事長に連絡すると、こちらの身を案じて引き返すよう配慮いただける。


引き返しを試みるが、皆考えることは同じ。

大渋滞は上りにも下りにも起こり、結局、会社にたどり着いたのは翌日早朝4時頃だった。


事務所に戻ると、他のフロント数名もいた。皆マンションにたどり着くことが出来なかった面々だ。

私たちはただただ己の無力さに、各々のデスクで抜け殻になり、そのまま翌営業時間を迎えてしまった。


いつしか雨は止み、通行止めは解除され、交通機関も運行を開始したとネットで知る。


この日の社内業務は二の次に、被害状況を確認に再び担当マンションへ向かおうとしていたその時だった。


近県の支店で、管轄するあるマンション1階部分が土砂で埋まったとの一報を知る。


そう、どれもこれも全てこの大雨の仕業だった。


幸い、そのマンションでは前日から避難指示が出ていたらしく、誰一人被害に遭うことはなかったらしい。

が、1階部分は完全に埋没し、駐車場のクルマは天地返しになり、駐輪場の屋根だったであろう高さで川が流れている、という全く想像できない状況を耳にする。


そのくらい、ひどい雨がマンションを襲った。


無論、雨だけが問題ではない。台風や地震などもマンションを襲うこともある。


マンションは自然との戦いであり、我々管理会社及びフロント職がもっとも恐れ、警戒する相手であるのは間違いない。


ちなみに、前述の土砂災害被害のマンションだが、水災保険に未加入だったことが発覚したそうで、復旧費用は管理組合及び各区分所有者の自腹となる。

管理組合側は、水災保険付帯を推進しなかった管理会社側の責任を重く考え、両者の意見は違えたまま法廷闘争に発展する。


自然は本当に恐ろしい。