きょうのびっくり (25)


光るマンホール


わが町の駅前から『KADOKAWAところざわサクラタウン』へ向かう歩道上に、いくつか、夜になると光る (!) マンホールが出現しました。内側に光源が仕込んであるのでしょうか。いずれも角川さんゆかりのキャラクターが描かれています。これも、いわゆるひとつのKADOKAWAサクラタウン効果ということになりますでしょうか。所沢もいよいよおもしろくなってまいりました。



映画監督・旦(だん)雄二のブログ

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映画『草原の実験』を鑑賞して
(2014年11月4日・記)


映画『草原の実験』(2014年  ロシア映画  アレクサンドル・コット脚本・監督)を観た。(10月30日、東京国際映画祭にて)

この映画の素晴らしさを、いったいどんな言葉で言いあらわせばいいのだろうか。

大自然とそこに暮らす人々の営み、思春期の少女のゆったりとした日常、彼女をめぐる微笑ましい恋模様が、淡々と描かれていく。

岩の隙間から滲みでて大地を這い、やがて堂々とした川の流れとなる一滴の湧水。家屋にそっと差し込み壁に映る柔らかな光たち。静かに吹く風に揺れる窓辺のつつましやかなカーテン・・・。すべてのカットをそのまま家に持ち帰っていつまでも抱きしめていたいほど、美しく、はかなく、それでいて力強く、それゆえたまらなく愛おしい映画である。

14才の素人だという、奇蹟のような美少女(エレーナ・アン)と、その表情をとらえる自然光撮影の、なんとまばゆく、輝かしいことか。

随所に的確に入る、いまではめずらしい堂々たる大ロングや大俯瞰の画も、ほれぼれするほど美しく、素晴らしい。

夢のような映画である。監督や撮影監督をはじめスタッフの、映画づくり、画づくりに対するゆるぎないポリシーに圧倒させられる。東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞受賞(同・WOWOW賞とダブル受賞)も、むべなるかな、である。

全篇セリフを排して光と影だけで紡ぎだされる物語に身をゆだねるという、映画というものの原初の歓びにただただ酔いしれる。そして、最後の思いがけない展開によって、それまでそのようにして淡々と語られてきた、なにげない、つつましい、ごくありふれた日常が、じつは、かけがえのない、この世にふたつとない、とり戻しようのない大切なものであることを、強烈に思い知らされるのである。

ネタバレになるので詳しくは書けないが、この映画は、おなじ主題を扱った国内外の名作クラシック群の映画的構造に依拠しながらも、見事にオリジナルな映画的完成度に到達している。傑作というほかはない。

商業上映に向かないタイプの地味な映画ではあるが、第一回のWOWOW賞となったことでWOWOWが公開に動いてくれたりすれば、どんなにいいことだろう。できるだけ多くのかたにスクリーンでご覧いただきたい映画である。(採録註:その後、劇場公開され、DVDのセル&レンタルや、Amazonプライムビデオなどでの放映も実現しております)

(2014年11月4日・記)


映画『草原の実験』予告篇



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韓国映画『ある女子大生の告白』(巨匠 申相玉監督)を鑑賞して
(2015年12月22日・記)


映画『ある女子大生の告白』を観た。フィルムセンター(採録註:現『国立映画アーカイブ』のこと)で開催されている特集『韓国映画 1934-1959 創造と開花』の一本。韓国映画界の巨匠、申相玉(シンサンオク)監督(採録註:この映画でも主演をつとめている、女優で妻の崔銀姫 〜チェウニ〜 とともに、のちに北朝鮮に拉致連行され、北朝鮮映画界に「貢献」、8年後の1986年にオーストリアのアメリカ大使館に二人で亡命し、復帰したことでも知られる)が、1958年に自身の独立プロで製作した作品である。

血族をすべてなくし貧困にあえぐ女子大生が、偶然知ることとなった、若いころ妻子を捨て、のちに国会議員になった男の、その成長した子になりすまし、議員に接近して認知を受ける。生来の純粋さゆえ、自らのその選択に苦悩を抱きつづけるが、「父」やその妻らの応援を得て、晴れて念願の弁護士として、その一歩を踏み出すことになる。

大衆風俗映画に社会派テイストを加味した趣きの作品で、物語としては、主人公とその「父」、「義母」、「父」の秘書で主人公と心を通わせる青年ほかをめぐって、定番の大メロドラマが起伏豊かに展開し、申しぶんなく楽しめるのだが、もうひとつの、いやむしろ最大の収穫は、そこに映しだされる50年代韓国社会の世相や風俗、暮らしぶりを目視することができるという、レアな体験にあった。

繁華街の街並みや住宅街の佇まい。会社や事務所、住居、レストラン、喫茶店に至るまでのインテリアや調度、小物類。人々のライフスタイルやファッション、ヘアスタイル、メイク。そういった、目に映るものの一つひとつが、驚くほど、当時の日本のそれらによく似ている。終戦からさほど時を経てはいない1950年代、すでにして日本も韓国も、相似形的に大きな変貌を遂げている。アメリカナイズという重要なキーワードを共通項に。ふるくから所縁の深い両国は、そのようなものとして、戦後を、復興を受け入れ、ともに生きたのだ。そうした、彼我が歩んだ戦後、現代の道のりに、かの国の貴重な映像を目にすることによって、あらためて思いを馳せることができたのだった。

映画そのもののつくり、演出や撮影などの作法も、日本とおなじような発達の経緯をたどったのか(戦後、日韓映画界のあいだで人的交流はあった、と聞く)、とてもよく似通っていて、さらに音楽までもが小津安二郎映画調なので、韓国語の会話やハングル文字、ほんのわずかに登場する民族衣装がなければ、まるでおなじころの日本映画を観ているような錯覚に陥るほどなのである。

そのように、日韓戦後の社会史を比較文化論的に検証できる得がたい機会であり、もちろん映画そのものとしても、のちに李長鎬(イチャンホ)や裵昶浩(ペチャンホ )といった監督たちの登場に衝撃を受けて私たちが注目することとなった韓国映画の、その前史としての、黎明期から商業的黄金期に至るまでの厖大なプログラム・ピクチャー群に時系列でたっぷりふれることのできる貴重な場であるわけだけれども、いつもに比べて会場フィルムセンター(採録註:現『国立映画アーカイブ』)の観客がおそろしくまばらであることが、とても残念でならなかった。

聞けば、日韓のあいだで長い地道な準備を経て実現した企画とのことである。あと残り一週間、26日(土)までの開催となってしまったが(採録註:上映日程は当時のもの。すべて終了)、李滄東(イチャンドン)や金基德(キムギトク)といった監督たちの、いま現在の旬の作品を楽しむ韓国映画ファンの皆さんが、その百花繚乱の源流ともいえるこの豊かな鉱脈に、できるだけ数多くふれられることを、切に願うものである。

(2015年12月22日・記)


韓国映画『ある女子大生の告白』(申相玉監督)
ネット・アーカイブ(英語字幕選択可能版)




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ドキュメンタリー映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』を鑑賞して
(2016年6月29日・記)



映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』をさきほど観終えた。べらぼうに面白かった。ジェームス・ブラウンのパワーにあてられて、まだ頭の中がグルグルまわっている。

貧困。父と自分を棄てて去った母──。幼いジェームス少年は父とともに、叔母が経営する、遠い町の売春宿に身を寄せることになる。

その店での呼び込みや客引き。町での靴磨きや肉体労働。そうした厳しい暮らしのなか、少年はある日、ささいな窃盗事件を起こして警察に逮捕されてしまう。

しかし、そんな少年の歌声に、以前から熱い視線を送っていた者がいた。ミュージシャンの彼は少年の身柄を引き受け、自分のバンドにボーカルとして招き入れる。シンガー  ジェームス・ブラウンの誕生だった──。

豊富なライブ映像とニュース・フッテージ、充実したインタビューが、人間ジェームス・ブラウンと、彼が生まれ、育ち、生きた時代、そしてその両者の関わり、交わりのさまを、じつに鮮やかに浮き彫りにしてみせてくれている。

先行するスター、リトル・リチャードの求めに応じ、ライブで彼になりすまして替え玉をまんまとつとめあげたエピソードなどは傑作だ。

歌でいえば『トライ・ミー』も『プリーズ・プリーズ・プリーズ』も『パパズ・ガット・ア・ブランニュー・バッグ』も『セックス・マシーン』も、ふんだんに聴ける。ふるい素材のものも、音は、さほど悪くない。ジェームス・ブラウンの歌を楽しむというだけでも、もうゴキゲンで、大満足なのである。

ブルース、ゴスペル、ジャズ、スウィング、R&B、ソウル、ビバップ、ファンク・・・、アメリカ音楽のたいていのものが、この映画を観るうちに、すべて楽しめるのだ。

しかしそれにしても、ジェームス・ブラウンの動き、とくに足のさばきの、なんと見事なことか。ダンス、ステップの、超人的なまでのキレのよさよ!

この映画のプロデューサーをつとめたミック・ジャガー自身へのインタビューも、さすが、ちゃんと入っている。その彼ミックの、ジェームス・ブラウンへのかぎりないリスペクトの思いをにじませた語り口が、じつに感動的である。




バンドのメンバーが「彼は音楽を学んだわけではないから」と述懐するように、まったく楽譜が読めなかったジェームス・ブラウン。

しかし、自らのうちに とめどもなく湧き上がってくる新しい音楽のイメージを、口立てだけでバンド・メンバーたちに伝え、即興的に歌い、伴奏を求め、ともに試行錯誤を繰り返しては、やがてひとつの曲をつくりあげていくのだった。

そして私たちは、それらを記録した貴重な映像を通じて、「ファンク」や「ザ・ワン」誕生の決定的瞬間を目撃することになる。

ジェームス・ブラウンは、マネージャーがいながらも、収益管理のすべてを自ら仕切っていたという。

「ショー・ビジネスじゃない。ショーとビジネスだ。どっちも大事なんだ!」

そう言い切る言葉に、半世紀にわたってアメリカ「ショー・ビジネス」界の頂点に君臨しつづけた男の凄みを感じる。

このドキュメンタリーを監督したのは、映画『エンロン  巨大企業はいかにして崩壊したのか?』や、アフガニスタンでの米兵による民間人拷問致死事件を扱った「『闇』へ」(アカデミー長篇ドキュメンタリー映画賞)で知られる ベテラン・ドキュメンタリー作家のアレックス・ギブニー。

映画に造詣の深い ミック・ジャガー プロデューサーが自ら直接、彼を監督に指名したとのことだが、さすが社会派といおうか、彼はジェームス・ブラウンの音楽人生をただ描くだけではなく、その生きた時代、社会との、リアルタイムでの関わり、交わりのさまを、じつに深く、鮮烈にとらえてみせてくれている。

ジェームス・ブラウンが成人し歌に目覚めた1950年代なかばから、スターとしてその絶頂期を駆け抜けた1960年代いっぱいまでは、ちょうど、全米のマイノリティー、とくに黒人の、合衆国憲法で認められた権利の回復をめざす運動、いわゆる公民権運動が歴史的に大きな盛り上がりをみせた時期と見事に一致する。

黒人として生まれ(一説には、父はアメリカ大陸先住民の、いわゆるインディアン)、スーパースターとして ときあたかも全米を揺るがす激動の時代の渦中に身をさらすこととなったジェームス・ブラウンは、まさにこの、黒人「問題」に揺れ動く「時代」というものに対しての自らの意思表示、立場表明を、いやおうなく求められていくこととなった。



公民権運動団体からの呼びかけに応えて、はじめてその集会の演壇に立ったジェームス・ブラウン。緊張し、昂揚している。会場に居合わせたキング牧師が口を開いた。「ジェームスの歌を聴こうじゃないか」。熱狂する黒人同胞民衆のまえで、歌い、踊るジェームス・ブラウン──。

「これがジェームス・ブラウンを変えた」

映画は、そこからの彼の、時代への、社会への関わり、寄り添いのさまを、丹念に、克明に検証していく。

キング牧師、マルコムX、ジョンソン大統領、デモ、集会、ワシントン大行進──。それらの豊富でリアルなアーカイブ動画や写真の力もあいまって、さながら、ここにも確実にあった、まぎれもない、もうひとつの「アメリカ現代史」を、まるでその場に居合わせたかのように間近に目撃する思いだ。

そのキング牧師が暗殺され、直後に向かわなければならない巡業公演先が、アメリカ東部のきわめて重要な都市ボストンという巡り合わせ。時代に寄り添い、そしてまた翻弄されつづけた天才ジェームス・ブラウンが背負った宿命のようなものを、わたしたちはここでもまた直視することになる。

キング暗殺とジェームス・ブラウン来訪という二大「事件」に昂奮してステージに駆け上がった大勢の同胞観客に囲まれて、混乱のなかジェームス・ブラウンは、驚くほど冷静に彼らに呼びかける。

「我々は黒人だ。その名の誇りに恥じるようなことは やめよう。俺は歌手だ。歌を歌わなければならない。どうか俺に歌を歌わせてくれ」

普通であれば直ちに打ち切りになるはずのその中断した公演は、奇跡のように再開し、続行する。

そして、この日に全米各地で多発した暴動放火は、ここボストンでは 一切 起きなかったのだった。

自家用ジェット機で全米を興行ツアーで駆け巡る超過密スケジュールの合間をぬって、黒人地位向上の運動に関わりつづけるジェームス・ブラウン。

故郷の州で暴動が起きれば直ちに駆けつけ、黒人同胞たちの輪のなかに入って、自制を呼びかける──。

そのようにしてジェームス・ブラウンは、音楽スターであると同時に、黒人たちの権利回復運動のカリスマ・ヒーローにまつりあげられていく。

ステージで「黒人であることに誇りを!」と歌い、シャウトし、黒人民衆を鼓舞しつづけるジェームス・ブラウン──。

しかし、共闘していた民主党議員が敗北するや、共和党の、しかも最も保守派のニクソン大統領と手を結び、その支持に転ずることになる。ニクソンが提唱した空手形『黒人資本主義理論』に取り込まれたのだった。

ジェームス・ブラウンの支持者は二分する。ニュース映像が映しだすデモのプラカードには、「JBは兄弟たちを売った」の言葉までもが確認できる。

そうしてジェームス・ブラウンの「神話」は次第に崩壊していく。もちろん音楽的にはその後も成功をつづけ、転落しても、何度も復活を遂げるわけだけれども。

ジェームス・ブラウンの誠実さ、信念、その一方での計算高さ、野心、変わり身の早さ、そしてまた自分でもコントロールできない「迷走」、つまりは彼の痛ましさ・・・。すべては、あるがままのジェームス・ブラウン自身ということなのだろう。矛盾と葛藤に生きたそうした存在として、あらためてJBを受け容れたいと思う。

ひとりの音楽家が時代とどう向きあったかを丹念に描き、上記のように思わせてくれたこの映画と、それをつくったプロデューサー ミック・ジャガー や アレックス・ギブニー監督に 感謝の意を捧げたい。

(了)

すべては「ミックの電話から はじまった」
そう語るアレックス・ギブニー監督


映画『ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン』
(2014年  アメリカ映画  アレックス・ギブニー監督)
予告篇





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映画『10 クローバーフィールド・レーン』を、予備知識なしで鑑賞して
(2016年7月13日投稿記事を加筆修正)


映画『10 クローバーフィールド・レーン』(アメリカ映画  2016年作品  ダン・トラクテンバーグ監督)をいま観終えました。

他人 (ひと) の映画を観るときには、できるだけ事前に予備知識に染まらずに、題名とせいぜい監督名ぐらいの情報で、まったく白紙の状態で拝見するようにしているのですが、今回ほど、その鑑賞法にしていてよかったと思ったことはありません。なにも知らない状態で観たので、それが功を奏し、すべてが新鮮で、めちゃくちゃ面白かったのです。

終わって映画館の外に出て はじめてポスターを見ましたが、ビジュアルは完全にネタバレしています。そこに書かれた宣伝コピーも、その後にいまネットで読んでみた「あらすじ」紹介も、真相 (結末) をかぎりなく示唆しています。

そりゃそうでしょう。この話をネタバレなしに宣伝するのは非常にむずかしい。それほど、突拍子もなく、先が読めず、驚きの展開が次から次へと連続し、そしてあげくのはてには、まさかのトンデモ結末に着地する、そういう映画なのです。もちろん、なにも知らずに観た場合のことですが。

観終わって感じるのは、「このジャンルを、なんと、はじめはここから語り起こして、さらに こういうふうに語りきかせていくとは!」という驚きです。やられました。すばらしいアイデアです。これをつくったチームは、とても才覚がありますね!

(公式サイトや予告篇、宣材写真などはすべてネタバレに通じますので、ここではご紹介いたしません。この映画は、ネット検索などは なさらずに、どうぞ 一切の予備知識なしで ご覧ください)

(2016年7月13日投稿記事を加筆修正)


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映画『AMY  エイミー』を鑑賞して
(2016年8月7日・記)


映画『AMY  エイミー』を観た。素晴らしい。

ゆたかな才能と輝ける栄誉を手にしながら、その繊細さゆえドラッグやアルコールとともに破滅的人生を生き、絶頂期の27才でこの世を去った天才的シンガーソングライター、エイミー・ワインハウスの生涯を追ったドキュメンタリーだ。

よく練られた深淵な人生ドラマを鑑賞したあとのような、なにかずっしりと重いものをいただいて、いま帰路についている。

アカデミー長篇ドキュメンタリー賞受賞もむべなるかなである。できるだけ早く、もういちど観たい。

(2016年8月7日・記)


映画『AMY  エイミー』(アシフ・カパディア監督)
(2015年  イギリス・アメリカ合作映画)
予告篇




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映画『築地ワンダーランド』を鑑賞して

(2016年10月19日・記)

築地の東劇で先行公開中のドキュメンタリー映画『築地ワンダーランド』(遠藤尚太郎監督)を、同映画館で鑑賞した。


築地市場に関わる厖大な数の仲卸人や料理人が、世界唯一無二のこの食の聖地と、魚と、日本の生食文化へのリスペクトの想いを語りつくす。


その畏敬の念の強さ、仕事への誇りと緊張感、自分の役割の認識の深さに圧倒される。


なにより驚かされるのは、登場するだれもが、まるでそれがセリフであるかのように、なめらかに、よどみなく、見事に論理的に語ることだ。だれもが日々そうしたことについて深く考えつづけていることの証だろう。すごいものを観た。


(2016年10月19日・記)


映画『築地ワンダーランド』予告篇



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映画『クリーピー  偽りの隣人』を鑑賞して

(2016年6月21日・記)

映画『クリーピー  偽りの隣人』(黒沢 清 監督)を観た。とてつもなく面白かった。

辞書で「クリーピー」と引くと「ぞっとするさま」とあるが、そのタイトルどおりの、この、全篇にみなぎる、なんともいえない不気味さ、緊張感、おぞましさ、なにか得体の知れない恐怖、不安感の、すさまじいことよ。

黒沢さんは人間社会と人間存在の裏側・奥底にひそむ邪悪なるものを見事にえぐりだし、見せてくださっている。

おそらくすべての観客が抱くであろういくつかのツッコミなどはただちに忘れさせてしまう練達の黒沢話術を満喫堪能した。

それを支えて もはや神業レベルの芦澤明子さんの撮影設計・画づくりもすごいが、過剰気味のしかしそれがドンピシャリの音楽と音響(羽深由理)がまたすばらしい。

全篇、映画的興奮に充ち満ちているのである。

クライマックスで妻(竹内結子)が口にする言葉 (「引っ越し~」)とそれに対する夫(西島秀俊)のリアクションはこの映画の核心で きわめて重要なわけだけれども、そうであるならば、映画の冒頭で「引っ越しビフォー」の妻の描写をいちど見せておいてほしかった。その前フリがあれば、このくだりは私たち観客の胸に、よりつよく激しく迫ってきたことだろう。

登場するすべての役者のすばらしさ、犬の見事さもさることながら、全篇にわたって「風」が、最高にいい「芝居」を見せてくれている。

(2016年6月21日・記)

映画『クリーピー  偽りの隣人』予告篇




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映画『64 -ロクヨン- 前篇・後篇』を鑑賞して

(2016年7月7日投稿記事を加筆修正)

映画『64 -ロクヨン-』(瀬々敬久監督)を、『前篇』から休憩をはさんで『後篇』まで、立てつづけに一気にスクリーン鑑賞した(東京 T・ジョイSEIBU大泉にて)。全4時間。ものすごく面白かった。

昭和64年に起きた少女誘拐殺人事件(警察内部での符牒 =「ロクヨン」)の掘り起こし捜査をめぐって、元刑事で警務部広報官の三上(佐藤浩市)をはじめ、警察から記者クラブ、被害者一家やその周辺、市民社会を広範に巻き込んで、複雑に展開する圧巻の群像人間ドラマである。

瀬々さんの魅力はピンク映画時代のあの、観客を突き放したような破天荒な作劇と型破りの演出にあると個人的には思ってきたので、たとえば、大作商業映画初ご進出作の『感染列島』などは、その教科書的にナラティブな語り口と正攻法の演出ぶりに面食らい、なにか無理をされているような、商業映画の話法にしばられて不自由なさっているような、そんな気がして、まったく入っていけず、乗れなかったのだが、その後の商業一般映画の『アントキノイノチ』や、とくに今回の『64 -ロクヨン-』には、完璧にやられてしまった。まいりましたというほかはない。

映画から察するに原作も相当いいのだろうが、脚本がじつに素晴らしい(久松真一さんと瀬々さん。脚本協力で井土紀州さんのお名前がクレジットされている)。複雑な話の捌きと深めようが見事だ。演出も撮影も照明も録音も美術も編集も音楽も申しぶんない。

それから役者。その人ひとりで主役が張れる級の役者が大挙登場して、みなさん、配役された自分の役を存分に、しかしアンサンブルを壊すことなく粛々と演じている。“ああ、日本の役者って、なんていいんだろう!” 。そう思いつづけながら観させていただいた。そう思わせていただいたということ、それはつまり、これはいい映画だということなのである。

(2016年7月7日投稿記事を加筆修正)


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市川準さんはこの映画が好きだった。ピエトロ・ジェルミ 監督主演 の『鉄道員』(1956年製作  イタリア映画)。きのう、BSプレミアムで再見した。

あのころ、市川さんがあまりに『鉄道員、いいよなァ〜』というので、わざと「どこがいいんですか。スト破りをする裏切者の話じゃないですか」と断じてみせると、彼は とても かなしそうな顔をした。

そうなのだ。これは、家族のために スト破りを「せざるをえない」男の、悲哀と葛藤の物語なのである。


◯ 映画『鉄道員』ダイジェスト映像




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