【家族のカタチ。愛のカタチ】

 

 

息子、2歳になりました。

 

娘、6歳になりました。

 

 

大変な事もそりゃあるけど、

 

子供2人の命のおかげで、

 

なんというかな、生きることの責任みたいなものを、

 

積極的に受け入れられるようになったし、

 

それは、嫌な事では全然なくて、むしろ毎日幸せを頂いてる、と思うのです。

 

 

そんな日が来るなんて、

 

不思議な感じなんだけれど、

 

そんな日が訪れた幸せを、感じられて良かったなぁと思うのです。

 

娘、生後1ヶ月。

娘、生後一週間^^)♡

 

 

もうすぐ1歳な頃の息子。

 

去年の娘。

 

 

 

親子のカタチはそれぞれだけれど、

 

子供たちの成長を感じながら、

 

どんな親子のカタチが、

 

私と彼らには心地良く、お互いが成長できるのかしら?と考える。

 

 

 

私自身、親、という感覚が薄いというか、

 

子供というよりも、1人の人として、

 

 

私も子供も対等でありたいと思っていて、

 

 

心は一生育つものだと思っていて、

 

 

そんな中で、

 

ごめんねも、

 

ありがとうも、

 

泣く笑う怒るも、

 

喜びも悲しみも、

 

 

対等に感じ、認め合って生きられたら良いなと思うのです。

今朝の私。リアルはもっと。。。

スノウカメラ、すごいよ。笑

 

 

 

母だからとか、

 

親だから、

 

みたいな感覚が、

 

実はあんまりよくわかんないのだけど、

 

人として、

 

知性を持つ生き物として、

 

ただそこに在るということを、

 

お互いが嬉しく幸せに感じ、

 

それを受け入れて、

 

感性を大切に、

 

お互いを思いやれる関係を作っていけたら良いなぁと思っているのです。

 

 

 

そういう生き方、人との関わり方を、

 

家族を通して、2人がキャッチしてくれたら、

 

幸せだなぁと思うし、

 

 

もっと言えば、たぶん、

 

2人がそういうのをキャッチしなかろうが、

 

全く私を理解しなかろうが、

 

私は自分がそうしたいよ、そういうもんだと思うよと、

 

家族に伝えられる存在でいたいなぁと思うって事が、

 

既に自分の中の満足なのかもな、なんて事も思うのです。

 

 

 

そこはあれだな、もう、自己満で良いよなぁ、なんて、思うのです。

 

 

 

それは、私だけに限らず、家族のみんなが、それぞれ自己満で良いと思うし、

 

自己には満足していて欲しいと思うのです。

 

生きてるってことに、ここに命ある存在としてただあるということに。

 

 

 

それで、その自己満のそれぞれを、

 

優しく受け止め、受け入れる場が、

 

家族でありますようにと、思うのです。

 

 

これは、月に一度のお弁当の日の力作。

力作を作って、この程度ですよ。笑

 

 

 

今日のお弁当は、

酢飯卵巻き

ウインナーさん

塩茹でブロッコリーと人参

紫大根の浅漬け

ごぼう入りチキンナゲット

水餃子

ミニトマト

 

主に、主菜は加工食品、な今回。でも、子供達は大喜び。笑

 

最近、生活クラブを再開しまして、

加工食品の基準をクリアするものがたくさんあってね、

便利に使わせていただいてるのです♡

感謝〜^^)V

 

 

 

そのまま進め。

 

そのまま育て。

 

君たちの感性が伸びやかに生きているその様を、

 

隣で見られる幸せよ。

 

 

私の隣に生まれてきてくれて、

 

ありがとうね。