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気楽にやってますので、よろしくです。

矢追純一氏の「不思議に思うこと」の記事は3日間続いたが、その完結編としてのが今回の記事だ。

 

人は、何かを作る時、目的が必要で、起承転結として、考える癖が、教育が悪いのかついている。

もちろん、その文章構成法によって、作るのが常套手段だ。

しかし、矢追氏は、そうではないという。

 

ドキュメンタリーに、シナリオややらせは必要ないわけだ。

矢追氏は、見たままの真実を、丁寧に紡いで番組を作ったのだろう。

だから、矢追氏は、今日の番組作りに物申すことができるのだろう。

 

かつて、矢追氏が後輩か、知り合いかわからないが、番組関連でスタッフに「にらみ?」を聞かせているような場面を見たことがある。

「にらみ」といったら、大げさかもしれないが、司会者やP(プロデューサー)などは、恐れ多い伝説の視聴率男であった、矢追氏を前にたじたじであった。

 

一つ、それらを何気なく見学してた時に、分かったことがある。

矢追氏には、真実をジャーナリズムを追っていても、庶民には、何に興味があって、面白いのかが、番組の盛り上がりがわかるのだということ。

面白いところで、止めてしまったり、話を切るようなことは、しないほうがいいように思って、「にらみ」を利かせていたのではないかと思った。

 

感性が研ぎ澄まされているのだろうが、本人には、たぶん普通で、なぜ、他の人が、その盛り上がりをわからないのだろうと、感じているのだろう。

だから、「不思議に思うこと」のタイトルにつながるのだろう思う。


情報の真実性とは、今だからこそ、重要になってくる。

実際に、現地に行って、当人に逢っているインタビュー映像などが

時々、youtube内に落ちているのを、拝見できる。

 

本人は、英語なんかしゃべれないと言っているが、本当に必要なことをコミュニカティブに会話しており、ある会合では、なんと、英語でレクチャーまでしている。

 

常に車に乗れる5人でしか、ロケハンは行かないと言われていたので、

全部自分で、やっていたらしい。

もちろん、コーディネートもある程度たつと、自分で全部できたらしい。

 

凄すぎる。

偉人伝説に入れていい。

人は興味を持った事しか、本来は見ていないのかもしれない。

ということは、

その人の興味に合致するように、

話題を抽象的にする。

また、広く話題を扱うことがいいのだろう。

 

伝える方からしたら、もどかしい。

伝えなきゃいけないと思っていたら

もっと、ジレンマだろう。

 

他人の心の中は計り知れない。

だけれども、

一つでも、重なるところがあるとしたら、

共感できることになるのだろう。

 

人が様々なイメージや独り言(セルフトーク)、感情が

渦巻いて居いることをもっと自覚するべきなのだろうか。