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Akiのブログ

気楽にやってますので、よろしくです。

矢追氏の記事を見ると、いつも様々な意味で自分の盲点を

思い知らされる。

 

スフィンクスに色があったかもしれないと、考えたこともなかったし、

どのように発見されて、どのように、何回、いつの時代に修復された

かもしれないとか、そういう当たり前だが、忘れがちな探求心を、思い出させてくれる。

 

ありがちなのが、与えられただけの情報で満足すること。

それが、全てだと思うこと。

博物館、美術館にあれば、これでいいと思ってしまうこと。

 

どこに元々はあって、もし、違う場所にあるならば、

なぜ、ここにあるのだろうと、考えないこと。

 

私は、随分の盲点を持っていることを忘れていた。

この矢追氏が完結に述べている理屈「思い通りになる」は

量子論を理解しているとわかりやすいかもしれない。

 

と、言っても私もクリアに理解しているかというと、そうでもない。

いつも、繰り返し反芻しても、釈然としないこともある。

それだけ、自分の心の癖が、今まで通りで、

新しい考え方についていってないということだ。

 

なんと、思いは、悪いことにもかなってしまうのだ。

だから、気を付けないといけない。

 

今までは、宗教とかで、「心のあり方~」みたいな事を言っていたけど、脳の機能にも、量子論的にも、最近は解明されつつある。

心のコントロールを忘れないで、おきたいところだ。

矢追氏のピラミッドのような古代遺跡の記述を読むたびに

どうも知っている物も、実は未知の物であったとの認識が生まれて、

「めまい」の様な感覚を得る。

 

観光に行けるはずのピラミッド。

だが、そのピラミッドの解明できない部分を聞くたびに、

「ああ」と、わけの分からないため息がでる。

 

ジレンマなのだ。

既に知っているはずのことが、実は何もわかってない。

解明されているはずの理論が、実は破たんしている。

 

やってられない。

 

それを、淡々と矢追氏が述べるものだから、

めまいと、ため息が交互にでる。

それは、

比喩を使っているが、

本当は、我々の文化は、進歩しているのではなく

後退しているのかもしれない。

そして、

何も知らない、分かってないことを、

理解できないでいるのかもしれない。