桜が、咲くと日本は、この世とは思えない程、美しいですね。
私は、もうあの世に来てしまったのだと思う事もありました。
今年は、桜が東京でもすごく持ってくれて、今週初め頃から、葉桜となった。
近所のカワズサクラ(川津桜?)
兼ねてから、やめジャニの問題があったが、
何と、1月1日にデビューでもう、4月1日には地上波に出演したグループがあった。
いくら、ジャニーズ問題から、テレビ局やスポンサーの間で旧ジャニーズエンターテイメントに対して忖度がなくなったと言えども、今迄のやめジャニとは、わけが違う。
もちろん、タイミングも良かったが、よくよく分析してみると、幾つかの要因がある。
メンバーの3人が、ジャニさん肝いりのメンバーであり、実力、人気もさることながら、
単なるアイドルだけでなく、今日のアーティストとして、生まれ変わり
ジャニーズjrからの経験値も十分だが、それ以上に研鑽して、世界標準の実力を装備した。
それに加味して、ジャニーズの正統な継承というよりも、その発展形を行こうとしている、滝沢社長の腕も大きい。
きっと、良いスタッフが周りに揃っているのだろう。
色々な売り方で、もう既に連日、様々なところで放送されるようになった。
テレビだけでなく、2023年度は、3月締めであるが、23年度の最高ダウンロード曲として、デビュー曲は、新記録を達成した。
なんと、3か月で、他の圧倒している。
歌や踊りだけではないが、それでも、尚、歌や踊りを注目すると、
発声から、基礎体力まで、とびきりの状態を作り込んでいる。
これまで、SKY-HIこと日高社長の Be:Firstも、応援してきたが、
やはり、旧ジャニーズで培った経験や、既にある人気、そして、実力が物を言った事は否めない。
何を隠そう これは、早期教育、経験値の多さ、そして、適材適所も感じるが、
一番は、彼らの目指す夢が見える事、やる気、覚悟、波をうまく捕まえた運気
全てが、一致しているからこその快進撃だと思った。
これを機会により多くの日本のアーティストが、世界に羽ばたき、
日本の良さ、文化、その根底にある日本人の心のありようが、伝わる事
しいては、世界平和につながる事を祈る。
N国党界隈の話だが、本日、代表権裁判と言われていた事の結果が出た。
N国党が敗訴という結果だが、本来の審判結果は、「棄却」だった。
詳しく言えば、どちらに軍配が上がったというわけでなく、
「司法は政治を判断しない」という三権分立の基本に忠実だったという事だと理解している。
立花氏の先読みの力は、これからは女性の時代という事で、
それも若い、政治に興味の無い層を取り込むために、
政治に全く関係のなった女子を国政政党の党首にして、
代表権を譲ってしまった。
だが、落し穴があった。
その女子に、立花氏が9時間も話て聞かしても、党の内情を理解されず、反抗され代表権を返してもらえない状況が1年続いて、
あれこれやってみた結果、国政政党を失った。
この1年間、騒動を追いながら、世情からコミュニケーションについて考える事が多かった。
最初は、この中心人物の02女子が理解しがたいので、その考えを理解したいと考えあぐねたが、どうにもこうにも、整合性が付かない言動が多すぎるので、理解を諦めた。
世代格差かとも思ったが、そうでもないらしい。
同じ年代でも、理解できる女性もいるからだ。
では、IQ格差による会話が不成立な事なのだろうか。
事情を知らない通りすがりの方々が、無知な発言はあるだろう。
例えば、「立花氏が負債を女子に押し付けた」とかの発言である。
①もともと、負債があるから、会計は立花氏がやると言っていた
のを会計を立花氏が担当していたのを、首にして、自分にする。
②取付騒ぎにならないように、今、自民党がやったような卑猥な政治パーティーはしないでね。脱税になるから、←これが発端で、その02女子は切れた。
③その女子さえ代表権を下りれば、後は、国政政党の助成金で回るようになっていたのが、その仕組みが理解できず?居座り続ける。
→政党助成金狙いだったのか?(02の周りの人も?)
④NHKでも、政治でも、選挙でも、その手のプロであった、もともと党を苦労して作った人から、学ぼうとしない。
⑤学歴や職歴も不十分だと思えるが、自分の能力を過信しているのか、自分の意見と違う他の人の話を聞かない。
私と彼女の齟齬は、幾つも上げる事ができるが、
もう、彼女とその取り巻きの話をするのは、
「つかれた」というのが本音だ。
自分が言っていた事を覆す事を言っているのに、
「債権者は居ない」「寄付である」などなど
それを顧みて、前言に対する訂正や謝罪もない。
謝れない人なのだ。
謝れないのは、某国の人たちの文化である。
日本人の教育を受けてないようだ。
謙虚さも、全くない。
そうだった。
子役で、小学校や中学校、やすみがちならば、日本人的な従来の考え方は、身につかないだろう。
だから、シン新人類かもしれない。
誰も望んでもない、お願いしてもない事を、彼女はやるといっているのは、もう勝手にするしかない。
話題のするのは、これが最後。
IQ160の遠藤氏が、発信するように、理解しあえないのだろう。
理論や理屈で話す人には、感情で話す人の事が理解できず、
また、逆も真なり。
理論的な人は、理解できない人がなぜ理解できないか分からないから、
時間をかけて話せば、分かるのではないかと9時間もかけてしまった。
日本の人口が減り、今迄目立たなかった層の人達が、例え未熟だったとしても、自分の考えを公にするのが、良いことだと思って主張するようになった。
また、SNSの発達で、今迄、1人ずつ話せばわかると言う幻想を抱いていた私だが、そのように理解できない人が、一定数いるのは、認めざる負えなくなった。
意見が同じになる事が良いとは思わない。
だが、意見の違いが分からないのは、悲しい。
理解が出来てないのを、意見の食い違いと言うのは、違うからだ。
ここで思い出すのは、『ケーキの切れない非行少年たち』の本である。
本書の基本内容は「不法行為をする人の中に高い割合で知的障害者が存在し、現在の日本ではその人たちは知的障害として扱われないことによって、彼ら彼女らに真の支援が届いていない」ことを著しています。 論旨の焦点は「認知機能の低さ」で、学童時期にこれが放置されたまま成育したために種々の問題が発生することを説いています。
「認知機能」の低さが、悪いというのではなく、
そういう人が、多様性の中で、認められていく社会となった。
だが、日本を立国させていく上では、どうなのだろうか?
誰にでも、優しい社会のルールだと言えるのだろうか?
能力が下と言われる人には、良いとしても、
能力が上と言われる人には、辛い社会かもしれない。
日本が島国で、これだけの安全で文化的な社会を保てている事が
奇跡なのかもしれないが、
日本の未来のこどももために、この奇跡を保ちたい。
さあ、私はどうしたらいいのだろうか?
理解できない人は一線を引いて、決別する事でしか守れない
文化、社会があると感じる。