「ある領域に精通した専門家の予測は、ニューヨーク・タイムズ紙の熱心な読者とたいして変わらないだろう。
---ダニエル・カーネマン」
これは、未来を正確に予測することは誰にもできない、というシンプルだけれどもとても重要な事実を言っています。
これは、権威というものに弱い傾向がある我々を戒めてくれる警句でもあります。
繰り返しになりますが非常に重要なことなのでもう一度。未来がどうなるのかを正確に予測できる人はいません。
もちろん、その分野に精通する専門家が行う予測は、門外漢よりもその精度(確率)は高いかもしれません。しかし、100%ということはない。では、それはどれくらい正確なのか?
カーネマン博士は、それがニュース紙の熱心な読者レベル止まりだろうと言っているわけです。
私は未来を予測することに意味がないと言っているわけではありません。そうではなくて、たとえどれだけ真実味があろうとも予測は予測に過ぎない、ということを忘れてはいけない、ということを肝に銘じるべきだと考えているのです。
健全で妥当な、かつ常識的な将来への見通しを持つことは有益だと思います。しかし、想定外のことやまったく考えられないような出来事が起こる可能性を排除してはいけないと思うのです。
真に賢い人たち、抜け目のない人たち、忍耐強く準備を怠らない人たちにとっては、そのような時こそが真の実力を発揮できるまたとないチャンスになるのですから。
