アルビンエイリー副芸術監督 茶谷正純 氏, Mr.Chaya | *ダンス ブログ* DanceMOVE !! Miki MOVE

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キラキラ ♥踊れる身体 伝えます♥ キラキラ 





アルビンエイリー副芸術監督 茶谷正純 氏, Mr Chaya に関する記事を紹介させて頂きます。

Facebookで 見つけた 記事です。
 
昔から、長年の間、
NewYorkの Alvin Ailey に関わる 茶谷さん 
まだ NewYorkに 多くの日本人がいない頃から 活躍された後、
アルビンエイリーの副芸術監督という立場にいらっしゃる、日本人としては誇るべき 茶谷正純 氏 

素晴らしい方です。。。。。

 

Mr.Chaya さんは、日本ジャズダンス芸術協会 理事長の 宮崎渥美 先生の ご友人でもあります。

Ailey Ⅱ カンパニーメンバーである YUSAKU KOMORI も 
なかなか Mr.Chayaさんと お話し出来る機会は 滅多にないようですが、
ずっと前に "やっと会えた”と聞いた時 → ”すごく優しく話しかけて下さって感激した…!!!!” 
YUSAKUからの報告がありました。。。
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茶谷正純 氏の紹介と  
そして、 彼の Mr.Aileyとの出会い に ついて etc… を 紹介させて頂きます。。。
  サイトは こちら。。。 ↓
http://www.iseeny.com/success/success_28.html



Page,1
$*社長 の ブログ* Dance"MOVE"!! 小森美紀  -茶谷正純 氏
アルヴィンエイリー・アメリカン・ダンスシアター 
      副芸術監督   茶谷正純さん



福岡出身。
日本でクラシックバレエを始め、数々のトレーニングを受け、テレビ番組やシアターで活躍。
1970年に渡米し、Richard Englund Repertory Companyに入団。
1972年にアルヴィンエイリー・アメリカンダンスシアターに入団し、ダンサーとして15年活躍する。
1988年に引退。その後、同シアターのリハーサルディレクターを経て、現在はアソシエイツ・アーティスティック・ディレクターに従事。
アーティスティック・ディレクター、ジュディス・ジャミソンさんの右腕として、プログラム作成、キャスティング、ステージング、指導・振付け、ツアーも含め、同シアターの全企画、運営に関与している。



 マンハッタン、ミッドタウンの一画に聳えるガラス張りのビル。
ここに「アルヴィンエイリー・アメリカン・ダンスシアター」の魂が息づく。
洗練されたロビーは、モダンなアートギャラリーを思わせる。
スタジオのドアの隙間から見える、窓越しの摩天楼を背に汗を流すダンサー達の姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。

 1958年の創設以来、71カ国で約2100万人もの観衆に感動を与えてきたアルヴィンエイリーは、アフリカン・アメリカンの文化に根ざし独自の振付けと表現力が評判のダンスカンパニー。
米国のモダンダンス界を塗り替えた伝説的なカンパニーとして知られている。
そして、同カンパニーの「育ての親」とも言えるのが茶谷正純氏だ。
15年間ダンサーとして舞台に立ち、その後は副芸術監督に任命され、アルヴィンのスピリットや信念を、次世代に指導・伝承してきた。つい最近、同カンパニーでの35周年記念を祝ったばかりの茶谷氏。
彼なしに、今のアルヴィンエイリーカンパニーはありえない、といっても過言ではないだろう。

 笑顔で迎えてくれた茶谷氏は、61歳には到底見えない。
ピンと伸びた背筋、鍛えられたしなやかな肢体からは強靭な精神力もにじみ出る。
今でも毎朝5時には起床し、ジムで一汗流してから出勤するという。
常に自分磨きを怠らない。
分刻みでスケジュールが詰まる茶谷氏にとって、健康体は、全てのベースでもあるわけだ。

 NYでの苦労話を色々と聞かせてほしい、という問いに、「色々と自分の人生を振り返ってみたんですけど、つらかった時期って、あまりないんですよね」と微笑む茶谷氏。

「でもね、夢を持つことは大事ですね。夢は大きければ大きいほどいい。そして、その夢を実現させるために『フォーカス』すること。目的に向かっていかに集中できるか、がサクセスの鍵ですよ」




ジェリー伊藤氏との出会い


高校卒業後からダンスの世界に


 幼少時代から運動神経は抜群で、様々なスポーツや山登りを楽しんでいた。
しかし、特にダンサーを目指していたわけではない。父親は医者で、母親は看護婦。
だから、将来は医者になると思っていた、という茶谷氏。
彼の人生を変える転機になったのが、テレビで見たエンタテイナー&俳優のジェリー伊藤氏のパフォーマンスだった。
ジェリー氏の個性に感銘した高校生の茶谷氏は、「ぜひ付き人にさせて下さい」と手紙を出した。
すんなりと承諾され、高校卒業と同時に、ジェリー伊藤氏の付き人として仕事を開始。ジェリー氏の薦めで、仕事と並行しながら、クラシックバレエ、ジャズダンス、歌などの稽古をさせてもらう。

その後、ダンスの実力が認められ、仕事が次々と入り、独立を決意。
フジテレビのミュージックフェアや、NHKのスタジオ101での仕事も得て、ダンサーとしてのキャリアを順調にスタートしていった。
 しかし、日本のエンタメ界だけでは満足しない茶谷氏。
彼の夢はもっと大きい。
「目指すは世界。『NYのブロードウェイ』が僕の夢でした」
「身長が足りないし、日本人だし、絶対無理だ!」という周囲の反対を押し切り、迷いもなく単身NYへ。
1970年、茶谷氏が23歳のときだった。





Page.2 Next» 『アルヴィンエイリー氏との出会い』


世界の頂点ニューヨークで、一日中好きな踊りができること。
それだけで幸せだった。



 NYについた翌日からイエロページでダンススクールを探し、稽古に通い出したという。
日本でダンスの基礎をしっかり習得していたため、先生からすぐに上級クラスへ移るように指示され、すぐにNYのスクールになじんでいった。
「当事は、本場NYのブロードウェイダンサーを見てみたい、世界の頂点NYで自分の実力を試したい、と意気揚々でしたね。何をやっても楽しく、翌朝が来るのが待ち遠しかった。
貪欲にNYの街とダンスを吸収していきました」

活気に満ち、自由な空気が流れる70年代のNYは、多くの可能性を秘めていた。
若い茶谷氏には絶好の場だったといえよう。もちろん、ダンス界も日本とは違う。形式やテクニックにとらわれず、表現力や創造力を重視する自由な風潮がある。
日本では、「教えてもらったことをキチンとできる」自信があったという茶谷氏だが、NYに来て、それを「いかに自分のものにしていくか」という面をトコトン学んでいった。



 しかし、生活はたやすくない。
当事、日本から持ち出せた現金千ドルは、稽古代や家賃であっという間に消えていく。
残額が40ドルになった時に、彼は「掃除をします」という広告を出した。
「時給3ドルの掃除の仕事を2つ見つけました。でも一件は厳しくてね。
奥さんがペーパータオルを持って後ろに立ってるんです。
『はい、水を替えて!』としごかれましたよ(笑)」



 その後Richard Englund Repertory Companyに入団するも、生活は綱渡り状態。
「当事の僕のランチは1ドル。ハンバーガー&コーヒーがお決まりのメニュー。
でも、給料日の木曜だけは、1ドル50セントのツナフィッシュサラダ・サンドイッチが食べられました(笑)」

それでも、当事の生活をつらいと感じたことは全くなかったという。
一日中好きな踊りができること。それだけで幸せだった。
渡米後7年間日本には帰らず、NYのダンスの世界にのめりこんでいった。




 アルヴィンエイリー氏との出会い


「世界で君は一人しかいない。自分を大切に個性のあるダンスをすべき」


  アルヴィンエイリーに入団したのも偶然であり、必然であったようだ。
当時の友人がアルヴィンに入団。彼の契約のやりとりの通訳として同席したのがきっかけだった。
「たまたま、引き出しに入っていたNYタイムズ紙のRichard Englund Repertory Company公演レビューがアルヴィンの目にとまったんです。『オーディションを受けてみないか』と声をかけられ、その後、すぐに採用が決まりました。
入団の際に、『You are an addition to the company (君はカンパニーへの新メンバーだ)』という言葉をアルヴィンから頂きました。
誰かの代理じゃない。僕という人間を認めて受け入れてくれた、という事実が 嬉しかったですね」



  体格がいいアフリカンアメリカン達が中心の同カンパニーで踊ることは、難しい面もたくさんあった。
しかし、「世界で君は一人しかいない。自分を大切に個性 のあるダンスをすべき」というアルヴィン氏の考えに大きくインスパイアされたという。
「静の中に動を創造したり、日本人の心を表現したり…。
僕だからできる僕の個性を出せる踊りを追求しました」と茶谷氏。 




 その後、アルヴィンエイリーで、15年間ダンサーとして活躍。
カンパニーにとって不可欠のトップダンサーとなった1986年に、彼は引退を決意する。
「自分の想いが全身で表現できる絶対的な自信があるクライマックスでやめたかったんです」。
ダンサー引退後はNYで習得したノウハウを日本で教えるつもり であった茶谷氏だが、アルヴィン氏の強い意向によってカンパニーに留まることになった。




Page.3 Next» 『ニューヨークでサバイブする秘訣』 


正しいときに、正しい場所に居ること



 「ダンスは僕の人生のパーツの一つ」と茶谷氏は言う。ダンスだけに一生を捧げるのも一つの生き方。でも、茶谷氏は、ダンスだけでなく、色々な側面の自分を大切にする。ダンスから離れた自分も客観的に見つめ、人生の可能性を広げるしなやかな生き方が彼らしい。

 「英語で 『In the right place at the right time (正しいときに、正しい場所に居る)』 という言葉があるけど、まさに僕の人生はその通り。常に誰かの存在やサポートのおかげで今まで歩んでこれたような気がします。だから、僕も、自分が得た教訓や経験を、まわりの人達に分け与え、次の世代を支援していきたい」と語る。

今も日本に帰国すると、米国のダンス界の仕組みや現状について、日本の仲間と朝まで語り合うのだという。将来は、日本で、米国の非営利ダンスカンパニーの 運営ノウハウなどをボランティアで教えたいという。「自分のため」だけでなく、「他の人のために」という慈善の心を大切にする茶谷氏の優しさが伺える。





ニューヨークでサバイブする秘訣


 「ゴールに向かってフォーカスすることが一番。その次に大切なのは、自分らしさを磨くこと。
心を開くと、まわりにある色々なものが見えてくる。自ら選択・体験しながら、自分のテイストを醸成することが大切ですね。特にNYは競争の街だから、しっかり自己や個性を確立しておかないと、自分を見失ってしまいます」

「あとは、愚痴を言える友達を持つことかな。一人でこもるのはよくない(笑)。
失敗してもクヨクヨせずに、同じ失敗を繰り返さないように、新たな一歩を踏み出さなくては」

現在も過密なスケジュールをこなす茶谷氏。貴重な休暇時は何をしているのだろう?
「ハワイに行っているんです。でもビーチには行かず、仕事してるんですよね…」

そう微笑んで「こういうことをしてるんですよ」とデスク上にあるノートを開いてくれた。
そこには、一人一人のダンサーのプログラムのキャスティング・ディテールやスケジュールが、何百ページにもわたり、細かい字でビッシリ書き込まれている。目が眩みそうな細かい作業だ。
2~5月の北米ツアー後、夏は3週間パリで講演。
その後、欧州でのツアーなど、2010年まで、すでに予定はビッシリ詰まっているという。



「若さを保つ秘訣?若いダンサーたちと一緒にいることかな。彼らは色々なことを教えてくれる。楽しいですよ」



まだまだ、彼のフォーカスは鋭敏で、みなぎる情熱とともに、夢は膨らんでいく。



【2009年1月 取材/文 吉藤美智子】



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茶谷正純 氏の紹介 と  そして、 彼の Mr.Aileyとの出会いについて etc… 
 サイトは こちら。。。 ↓
http://www.iseeny.com/success/success_28.html


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Dance"MOVE"!!キラキラスタジオチャリティーパフォーマンス無事終了音譜
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 2010.8 ~ 2011.5
Alvin Ailey American Dance Theater Ailey Ⅱ インターナショナルツアー中 
アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・フランス アイルランドetc…
NewYorkシーズン最終日 → お誕生日の日 沢山メインで踊るらしいですビックリマーク
 小森 悠冊 (NewYork在住 4月17日で21歳キラキラ)

 2011.4. 3 (日) 18:30~ & 20:30~
Dance"MOVE"!! Company  Studio Performanc ☆
MIKI MIKA KYOKO  & REIJIRO, YUKI
 無事終了 ありがとうございました音譜ビックリマーク

 2011.7.23 (土)
Dance"MOVE"!! Student's Performance Vol. 10
10周年記念公演 練馬文化センター

 2011.8.7(日)
日本ジャズタンス芸術協会主催 特別公演 『レジェンド・オブ・ジャズ』
新国立劇場  小森 美紀
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☆YouTube紹介☆ Dance"MOVE"!! Company " Seacret Garden " 2002
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歴代作品 カンパニー  息がぴったり! これがあったからこそ 今がある!!!

☆YouTube紹介☆ Dance"MOVE"!! 研究科生 " Seacret Garden " 2003
http://ameblo.jp/dancemove/entry-10872913443.html
歴代作品 研究科生

☆YouTube紹介☆ Student Performance Vol.1, 初の発表会 オープニング ナンバー 2002, 
http://ameblo.jp/dancemove/entry-10879702797.html
Yusaku を 探してみて~~~!

☆YouTube紹介☆ Dance"MOVE"!! Company " The Prophecy " 2003
Student"s Performance Vol.2 より 

http://ameblo.jp/dancemove/entry-10871204080.html
ホーヘイ先生の振付作品、 カンパニー 

☆YouTube紹介☆ 素晴らし~い!!! 頑張れ日本! 私達も もっと頑張ろ~!!!! http://ameblo.jp/dancemove/entry-10873989356.html
足がなくても 手がなくても 踊れる~~~! すごい!!

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