小さいころから、「東京」には悪いイメージばかりだった。都会・排気ガス・沢山の色分けされた電車・緑が少ない・物価が高い・事件が毎日起こってる…エトセトラ、エトセトラ。何より、皆があくせくしてる気がする。つんと澄ましたひとだらけで、なんとなく意地悪そう…。

わたしは、競馬場のある田舎の街で育った。小さいころから田んぼや土手を探検したり、朝顔で色水を作ったり、ザリガニをとって、毎日行く広場のクローバー畑で子供の宝物こと四葉のクローバーを探す。映画館は1つしかなかったし、デパートも2つだけで、お洋服の好きな女の子たちが集まるお店は限られていて、ちょっと可愛い雑貨が売っているお店もいくつかだけ。テープに好きな曲を入れて、いつも自転車に乗っていた。電車は、高校生になるまでほとんど乗ったことがなかった。

大学も、東京の大学は第一志望にしなかった。だって、やっぱりなんだか嫌だったから。だけど、映画と音楽が大好きだったから、映画館とレコード屋さんが沢山あるのはちょっとうらやましいし、いいなぁって思ってはいた。通うことになったのは一応関東の大学だったけれど、やっぱり田舎。都心は遠くて就職活動をするにはとても不便な場所だったので、大学の後半に東京に引越しをした。あんなにも嫌だった「東京」で一人暮らし。

それからもう何年も経って、わたしはそのままこの街で働いている。凄く忙しい日は電車で家に帰れずに大きな道路を流れる沢山の車のライトを見ながら、街を横断していくタクシーに乗る。夕方、得意先のある高層ビルから眺める沢山の明かりに、沢山の人が同じように働いているなってなんだか嬉しいような悲しい気分になる。そして、年に1回は東京タワーに行って、いつのまにか「東京が好きだなあ」と思うようになった。

……なんでこんなことを書いているかというと、昨日通勤時に読んでいた文庫本が終わってしまったのです。今朝、乗る電車の時間が迫っていたので、ブックカバーに入れる次の本をじっくり探す暇もなくたまたま伸ばした手の近くにあった本を手にとりました。電車に乗って、かばんに入れた本を出してみたら、私が東京を好きになるきっかけになった本だったんです。時々、本の右上が三角に折れていて「これはなんだろ?」と思ったら、自分が好きなページを折っていたんだということに、会社に着いたころやっと気づきました。



さよなら快傑黒頭巾 (中公文庫)/庄司 薫

………でも、そんな東京でも時にはすごくきれいで、ほんとうに思わずため息がでてしまうように美しく見える時があるのだ。たとえば、ある夜、ケバケバしいネオンにしてもビルのあかりにしても街灯にしても遠く行きかう車のライトにしても、澄みきった高原の夜空の星にも負けないように素晴らしく美しく見えることがある。いや、ただ美しいだけじゃないんだ。たとえば、そういうネオンの色一つにしても、またたく車のブレーキ灯に一つにしても、みんないろいろな人たちが一生懸命知恵をしぼってあの手この手でつくったんだなんて思うと、なんとも言えない親しいあたたかい気持がわいてきて、どうしようもなくなってしまったりすることがる。病気とかストレスとかスモッグとか騒音の巣、いかがわしい現代のエゴイズムの見本市みたいにけなされているこの変てこな大都会を、ぼくは実はすごく好きなんだってことを、身にしみるように感じてしまうことがある。人間がとにかくいっぱい集まって、しょっ中ヘマばかりやって、お互いにまいったまいったの連続でいながら、でもしょうこりもなく次から次へといろんなことを工夫し、そしていろんなものをつくっていくこの都市、そうやってバラバラにつくられたいろんなものが、まるでいそがしがり屋の子供の玩具箱よろしくいつでもめちゃくちゃにひしめきあっているこの大都市、現代文明のいかがわしい欠点ばかり集まったように悪口ばかり言われる東京というこの巨大なまち……。でもぼくは、誰がなんと言おうと、このぼくが今生きているこの変てこな場所がやっぱりどうしたって好きなのだということを、つくづく感じてしまうのだ。………
(「さよなら快傑黒頭巾」庄司薫/中公文庫より)


庄司薫の本は全て好きです。そして、彼の本を読んでいるときに、いつも頭に流れているのは小沢健二の最初の2枚のアルバムです。そういえば、大学生のころ、合コンで「好きな人のタイプは?」って聞かれて「東大文三のひと!」って答えてたことがありました(もちそんその2人をまとめてです)。今は合コンにもそうそう行かないので、そんな質問をされる機会は減りましたけれど、たまに聞かれる時は、「年上なら水上学さん。年下なら藤岡佑介くん。」と答えてます。わかってくれる人はちょっと限られますけど…。


 dogs/小沢健二
 LIFE/小沢健二


下は、年末の東京タワー。見えにくいのですが、真ん中にハートがついてました。

東京タワーwithハート