火曜日の朝
おかしいな帝国は妙に静かだった
砲撃もない
使者も来ない
鬼嫁からの新しい書簡も
今のところ届いていない
ターザン王は
布団の中から片目だけを出した
「・・・今日は何もないな」
枕元には
忠実なる近衛兵たちが並んでいた
バーガーキングから持ち帰った
ケチャップ小袋三個
少し潰れたストロー
昨日のコーラの空きカップ
そして何の鍵だったか
もう誰にも分からない鍵が10本
王は彼らを見渡した
「よし」
誰も返事をしなかった
しかし帝国軍法典によれば
王が「よし」と言った場合
それは必ずしも
何かが“よい”ことを意味しない
むしろ
何も解決していないことを
いったん解決した気分に
なるための儀式であることが多かった
王はスマートフォンを手に取った
メールを開く
閉じる
裁判所のページを開く
閉じる
もう一度メールを開く
閉じる
そしてInstagramを開いた
世界は平和だった
少なくともInstagram上では
一方そのころ
はるか南方ブエノスアイレス
鬼嫁ヨーコは
コーヒーを飲みながら
スマートフォンを眺めていた
「へえ」
帝国軍法典・第七条
「へえ」=関心薄
鬼嫁は画面を閉じた
その瞬間
おかしいな帝国中央情報局では
警報が鳴った
「陛下!」
大臣が王室寝室へ駆け込んだ
「鬼嫁が『へえ』と言いました!」
王は飛び起きた
「何についてだ!」
「分かりません!」
「じゃあ、なぜ報告した!」
「軍法典上、記録対象です!」
王はしばらく考えた
「・・・へえ」
大臣は青ざめた
「陛下、それを陛下がお使いになりますと意味が違います」
「どう違う」
「陛下の『へえ』は
だいたい現実逃避です」
「失礼だな」
「過去の統計でございます」
昼
帝国財務省では
また会議が開かれていた
議題は
『鬼嫁に払うお金について
払わずにどうにかならないか』
である
財務大臣が説明した
「陛下、現在の選択肢は三つございます」
「言え」
「一、払う」
王は眉をひそめた
「次」
「二、払う」
「同じじゃないか」
「若干遅れて払う案です」
「次」
「三、裁判所に言われてから払う」
王は身を乗り出した
「それだ」
財務大臣はため息をついた
「陛下、それは通常最も
面倒になる案でございます」
「だが、自分から払ったことには
ならない」
会議室が静まり返った
書記官が小さな声で尋ねた
「・・・そこ、重要なんですか?」
「重要だ」
「なぜです?」
王は胸を張った
「負けた感じがするからだ」
全員が黙った
帝国には時折
誰も反論できないほど
馬鹿馬鹿しい理屈というものが
存在した
そういう時、大臣たちは反論をしない
議事録に
『王、感情的理由により
高くつく方を選択』
とだけ記録する
