今年のお願い事

 

 

 

僕とB型の妻は今年で結婚13年目を迎える。


僕の妻へのお願い事はお金の管理を一緒に考えてもらうことである。



結婚当時からお金の管理は僕である。というのも妻はお金のやりくりが出来ない と常日頃言っている。

確かに結婚した当時によくわからないリボが30万近くあったり、貯金は全くしないし、お金があったらそれは限りなく使い切る派の人間である。


さて、そんな妻だが、今は僕からお金を渡し、それをもとに生活費のやりくりをしている。

少ない金額ではないが、さほど多くはない金額を渡している中で、子供は成長しているし、そして自身の浪費癖を考えるとよくやっているなと思う。


そこで湧く疑問が、果たして妻はお金の管理が出来なくて僕に任せているのか。


ここで思い浮かぶことは、妻の性格である。


細かいことが嫌い、保険貧乏のような万が一に備えるが故にお金がないのは嫌い、将来に備えるのが嫌い、目的なく貯めるのが嫌い


こうやって書いてみると、人生100年時代と言われる中、今の風潮の真逆をいく方針なのである。

貯めても意味がないし、それでひもじい思いをして何の意味があるのだ。しいては、お金は天国には持っていけないと、本当に寅さんのようなことを口にする。


今の日本の経済を悪くしているのは、お金を稼いでも使わない日本人だと豪語している。以前のブログにも書いたが、特別給付金の件は未だに憤りを感じているようであった。


そんな妻が最も嫌いなのが質素倹約である。もちろん、お金がなければそうするし、それを受け入れるだけの度量はある。


しかし、お金があるにも関わらずそれをするのが耐えられないらしい。やはり、美味しいものを食べたいし、良い服を着たいし、旅行も行きたいのである。

しかし、その懐事情を自身で知りながら、それを抑制し、耐えるのは彼女には出来ないらしい。


つまりだ、妻が僕にお金の管理をさせるのは、僕の管理下で与えられたお金でやりくりし、その中で僕が財布の紐を締めれば、それに対して猛反発したり、そりゃしょうがないと自戒したり出来る。

しかし、これを自分が管理するなら、そうもいかない。時としてそれに従う昭和の妻のようであり、時としてそれに反発する昭和の旦那のようになる。


さて、時は令和。今年こそは妻にお金の有り難みと将来の備えについて、願いを込めるも、あいにく七夕の夜は曇りであり、今年もその思いには暗雲が立ち込めたところで今に至る。