(拉致問題に何も手を出せなくて、国家と言えるか)





国家には三要素があります。



それは、領土・国民・主権です。



この三つの要素を、いちおう持っていなければ、国家とは言えません。



これは国家論の初歩です。



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まずは領土です。



日本の領土は完全に確定しているといえば、そうではありません。



他の国ともめているところがいくつかあります。



例えば、尖閣(せんかく)諸島です。



この辺の海底には石油がかなり埋まっていて、利権がからんでいるため、中国領なのか、台湾領なのか、日本領なのかをめぐってもめています。



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(途中、省略)




国家の要素の三つ目は主権です。



主権とは、まとまったひとつの国家として、自主的な判断で国家政策を決めて行動がとれることです。



国家であるためには、この主権を持っていなくてはなりません。



例えば、台湾は、「独立するなどと言ったら、武力攻撃をかけるぞ」と中国本土から脅かされているので、独立宣言ができないでいます。



台湾は、主権が制限されている「半主権国家」のようなものです。



同じような面は日本にもあります。



先の戦争についての謝罪をするのは結構ですが、戦後、六十年以上も過ぎて、いまだに、アジアの国々、特に中国や朝鮮半島の国から謝罪を求められることがあります。



また、日本の首相が「靖国神社に参拝に行く」と言えば、他の国から「待った」がかかります。



中国が「参拝してはいけない」と言うと、一国の首相が、国内にある、しかも首相官邸のすぐ近くの神社に、行くこともできないのです。



もしそれがまかり通るのであれば、日本は主権国家かどうか、非常に疑わしいのです。



これでは、隷属(れいぞく)国家、属国、もしくは植民地です。



少なくとも「半主権国家」のようなものであり、台湾に少し似たところがあると言わざるをえません。



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また、防衛も、もちろん、国の主権の問題です。



領土と国民を主体的に守る気があるのかどうかということも、大きなテーマだと思うのです。



もし守る気がないなら、それは主権を放棄しているのとほとんど同じです。



主権がないのと同じなのです。



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政治家は、マスコミに悪口を書かれて選挙に落ちるのが怖くて、言いたいこともいえないのかも知れません。



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しかし、「国家として、日本の国民を守る意思がない。あるいは、守ることができない。守ることを放棄している」ということであるならば、それは、やはり、主権の放棄に当たると思うのです。



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また、北朝鮮による拉致問題についても同様です。



日本国民をさらった」ということを、北朝鮮自身が国家レベルで認めたわけです。



それをはっきりと金正日が述べたにもかかわらず、これに対して、日本は、ほとんど何もできないでいる状態です。



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これで国家と言えるでしょうか。



主権は明らかに害されています。



自国の国民がさらわれても、何もできない状況なのです。



したがって、もう一度、「国家とは何か」という定義から発想しなければならないのではないかと思うのです。