ここ数日、読みやすい日本の文学に親しんでいる。


 「痴人の愛」谷崎潤一郎


 堅物でとおっていた29歳の男が、カフェの少女を気に入り、育てあげようとするが、その女が放縦な女であって、それに翻弄されながらも、次第にその女のとりこになっていく話だ。


 文豪谷崎が新聞小説として書いたものだが、時は大正モダニズムの時代。


 文豪が、しかも新聞紙上で、心の中を吐露するかのようなものを書かざるをえなかったほどのパッション。


 芸術家というのは、たいへん魂だと思った。(ゲーテを思い出す。)


 谷崎に懊悩はあったのだろうか。それとも、するりと書いたのであろうか。


 また、これを読み始めた人々は衝撃を受けたであろうか、あるいは、拒絶したであろうか。


 男たちは自分の心の中に潜む同類の願望に心おだやかならずも深みに入るかのように読み進んだのであろうか