「岡本太郎の“大爆発”」
岡本太郎は縄文土器を始めて見たときの感動を「なんだ、これは!」と表現した。
生命の炎をたたきつけるかのような縄文土器に、芸術の根源的な衝動、呪術の世界を感じたのだ。
岡本太郎は爆発し続けた。
岡本太郎の根本は、いつも危険なほうに自分を賭ける、ということだ。
危険だという道こそ、自分の本来行きたい道であり、危険だからこそ自分の生命を爆発できる。
そもそも生きることと死ぬこととは同じだ。
うすっぺらなことはできない。
幸せだとか成功だとか、目標だとか、自信だとか、名誉や金など、そんなものに手足を縛られてはいけない。
幸せなら手をたたこう、などと言われて手をたたくような、薄っぺらな、他人におもねる、平板な空気に毒されてしまってはいけない。
出るくいになれ。
出っ張れ。
自分を猛烈に突き出せ!
限界なんて考えるな。
誰にも限界はない。
そもそも人間ははじめから限界のふちに立たされている。
惹かれるものがあったら、計画性を考えないでそのままドボンと飛び込むことだ。
自分がそれだけ求めれば、応えてくるものがある。
うまい、へた、一流、二流などというのは「はすっぱ」な考えだ。
爆発的な情熱、生命の燃焼があるかどうかだけだ。
もしも自分には能力がないと思うならなおいい。
今まで世の中で能力とか才能などと思われていたものを超えてしまえばいい。
自信がないなら自信がないというありのままで爆発すればいい。
弱いなら弱いまま、ありのまま進めばいい。
怖かったら怖いほど逆に飛び込むことだ。
岡本太郎はすべての制約、すべての条件を超えようとする。
固定された職業や規約、善と悪の区別、倫理などすべてを超えようとする。
そして、生命の燃焼、矛盾の激突をむき出しにする。
岡本太郎にとっては縄文土器のように生きることが全てだった。