スナコー通信359号
2006/6/15
「ディオニュソス的混沌」
ディオニュソスとは人間を動かす情念そのものである。
それは、歌うことであり、踊ることであり、抱き合うことであり、泣くことであり、笑うことである。
情念のほとばしりであり、エクスタシーであり、感動であり、愛であり、矛盾していて意味の分からない激情である。
ディオニュソスとはギリシャ語で「激情的」という意味だが、ゲーテも言っていたように矛盾を含んだ爆発的な生命力のことである。
こうした情熱を女性や若者たちはたくさん持っていると感じる。
従って、女性や若者たちは美をこよなく愛し、文明を推し進め、政治家より先に世をひっくり返すような革命を起こしてしまうのだ。
例えば「日韓友好」などと政治家が言っている前に韓流スターを追いかけているとか、永続を望んでいた江戸幕府を若者があっという間にひっくり返してしまうとか、そういうことを起こしてしまう。
反面、守りに入っている男たちはこうした激情を前にするとつまらない説教を始めてしまう。
しかし歴史をひもとくとわかるが、こうしたディオニュソス的混沌こそが世を動かしてきたのだ。
たとえば、ケネディの有人月旅行計画もそうだった。
わけの分からない激情だけが理由だった。
エジソンの発明も、ライト兄弟の飛行機も、ディズニーの構想もわけの分からない激情がその出発点だった。
聖路加病院理事長の日野原重明さんは「ときめき」こそがすべての行動の『上位概念』であると語っていた。
これは「燃えさかる情念が大事なのだ」ということであり、「そういった情念を君は持っているのか?」と私たちに問うているのだ。
情念とは「ときめき」であり、それを日野原重明さんは「最高の行動原理である」と喝破した。
さすが日野原さんだと思った。