(モロッコにて)
「志」について
「志」とは何か。
学問で他より抜きん出たいとか、事業で同業他社に勝ちたいとか、そういう競争するレベルはまだ「志」と言えるような段階ではないと思う。
それはまだ、まだ己れをみがき、出世し、他より秀でることに関心を持っている段階だ。
これはまだ志の段階とはいえない。
それはまだ己れのための精進の段階である、と思う。
このレベルの心境では、他人は「この人を支えよう。自分も身を投じよう。」とは思わない。
志とは、そういうレベルではないと思う。
志とは、そういう段階ではなく、競争のレベルを突破した段階だと思う。
己れをゼロにした段階、己れを空しゅうした段階、もはや己れのためには生きることのない段階、もはや己れはゼロとなり、己れの全生命は他の人々のために全世界のためにささげている段階。
これが志の段階だと思う。
もはや己れのためには生きていない段階、己れのために生きることはすでに卒業している段階である。
己れの悩みはすでに消化し、己れの立身出世のために生きることは、もはや卒業した段階、これが志の段階である。
そうでなければ、どうして他の人々が「この人のために自分も力を貸そう」とするであろうか。どうして他の人々が感動し興奮するであろうか。
人は、遠大な理想、高邁な思想に接して、燃え、興奮し、参加したいと思うのである。
志の条件とは、
①遠大で、高邁な理想であること。
②己れのためではなく、人々のため、理想の社会のため、人類のためであること、
であると思ふ。
