平野恵一という男 | タイガース時々競馬

平野恵一という男

新加入、平野恵一の背番号が【5】となるコトが正式発表されました。




先日、オリファンでもあるトラトモから平野を紹介したメールをもらいました。




平野の差し出すグラブの先


いつからそうなったのか、自称・一流選手たちが
「真剣勝負ごっこ」を優雅にお楽しみの、プロ野球のオールスター戦。
打って感動、打たれて感動、安っぽい夢の大安売り。
テレビ局主導の予定調和。


昔と違って、初出場の若い選手でさえも愛想よくひらひら「祭り」に溶け込んで。。
しかし。オリックスから唯一選出された男の思いつめた表情は、
祭りの雰囲気から浮いていた。
まるで上流社会の仮装パーティー(ホスト:新庄)に
まぎれこんだ靴磨きの少年のように。
ひとりベンチで自分のバットを抱きしめて


出番を待っていたこの男の名は、平野恵一。
そしてそのときは、きた。
平野はいつもの試合と同じ眼差しで、
晴れの初舞台を駆け抜けたのである。まっすぐに。


第1試合の9回。話題集中の豪腕・クルーンの速球に、
パの打者は「半笑い」できりきり舞い。2アウトで打席は平野。
誰もが「この知らない奴がさっさと三振して大団円!!」を期待する中、
切迫した顔で粘りに粘る、平野。次第にうんざり顔の、クルーン。
他の打者がテレビ局の注文どおり「フルスイング」演技をしてみせる中、
平野だけは「体をボールにぶつけていく」いつものバッティング。
そしてついに!「魂のセンター返し」を打ってしまうのである。かーん!と。
平野の「ひ」の字も発すことなく
「クルーン!」「すごい!」「クルーン!」「夢の162キロは?!」と
連呼していたアナウンサーは、絶句。この上ない痛快なシーン。


球宴2試合で、3安打。
しかし、平野の真髄はバッティングよりむしろ、
センターに起用された2試合目での守備だ。
取れるわけない飛球に飛びつこうとして、
甲子園のフェンスに「ブレーキ痕なし」でぶつかっていった、あのプレイ。
まるで、真夜中に車道に飛び出す猫のような勢いで!
オールスターでそこまでする奴はいない。そんな必要は、ない。
はるか届かなかったボールは、フェンスを跳ね返ってころころ転がる。
それを、ひとり顔を歪めて悲しそうな顔で見ていた、平野。
打たれた投手ですら、笑っているのに。




平野恵一 #9。東海大から02年ドラフト自由枠でオリックス入団。26歳。
オールスター初出場までの道のりは、順調とはとても言えなかった。

「アマチュア球界を代表する守備の名手」で入団してきたはずが、いきなり手痛い失策の数々。
学生時代から守っていたショートは失格で、セカンドへコンバート。
それでも信じられない凡エラーを連発。
平野に飛んだだけで本人もファンも「どきどき」して悪い予感がそのまま的中する、
精神的ドツボ・ショー。エラーをした後の悲しそうな、目。
でも自分を奮い立たせて次のボールに立ち向かい、またエラー。
球場全体を覆う、気まずいムード。「なんか平野て。。見てられへん」。。


それでも、来る日も来る日も誰が見ても届かないボールにでも
必ず体ごと飛び込んでいく、平野。でもまたやらかす、失敗。
そんな平野にその頃のわしは正直、うんざりしていた。
元来こういうタイプが、好きではない。
なんだか目に見えて頑張ってるのに、ダメな奴が。プロなんだから。
涼しい顔してやれよ、と。で。エラーして呆然とする平野を、笑っちゃうのだ。
でもそれは、苦い笑いだ。


しばらくして平野は、2軍に落ちていた。

しかしきらめく才能は、確かにあった。
切れ味鋭い内野手としての動き、誰よりも勝負強いバッティング。
2軍に落ちても変わらぬ、ボールに飛び込んで飛び込んで、体ごと飛び込んでいく姿勢。

そんな平野をサーパスのライバル・ベテラン内野手たちが
ややうんざりしたような顔で見ていた表情が、忘れられない。


しかし勝ったのは、平野だ。
2年目の開幕時にはしっかり1軍に定着していた、平野。
今年こそ。しかし、そんな平野をいきなり絵に描いたような悲劇が、襲う。
開幕したばかりのロッテ戦で、「あとひとり」の最終回2アウトからの、大落球。
なんでもないフライを「ぽろり」で同点に追いつかれる、信じられないプレイ。
チームは結局敗戦。
憔悴しきった平野の顔のアップは、目をそむけたくなるほど「茶の間にそぐわない」ものだった。
そして、なんとその日に石毛監督の解任が決定されてしまうのである。


数日後。それでも平野を起用し続けた石毛監督の「最後の試合」で。
監督の無念の思いにこたえるべく、いつもにも増した鬼気迫る表情で
試合に臨んだ平野を待っていたものは。。


きわどいタイミングで本塁突入を試みた平野は、
相手キャッチャーのブロックするレガースに「まっすぐ」頭から飛び込んで行ったのだ。

まるで映画「バニシング・ポイント」のラストシーンのように。
平野の顔が、もげたように見えた。
一目でそれとわかる、尋常じゃない事態。
ボールはファールグラウンドを転がっているプレイ続行中なのに、
まっしぐらにサードコーチボックスから駆け寄る石毛、ぴくりともしない平野。。
なんかそれは、野球の試合にしたらあまりにもヘビーな光景で、ほんと映画みたいで。

タンカで運び出されるその光景は、悲劇の野球選手のラストシーンにすら、見えた。
なんと、アゴの複雑骨折。


しばらく平野がラインアップから消えたことで、なぜかほっとしたことを覚えている。

「笑っちゃうほど深刻な奴やったなぁ。
そんな奴にかぎって、あんな目にあうんやなぁ、人生てなぁ・・」
わしは残酷にも平野のストーリーを自分で終わらせていた。


しかし。びっくりするほど短期間で平野は復帰してきた。
そして。のんびり余生を楽しむおじいちゃんのような後任のレオン監督の前でも、
またぞろどんなボールにも飛び込んで飛び込んで、どんなボールにも食らいつき、
またぞろ凡エラーをして「この世の終わり」みたいな顔をして。。をくり返し始めたのだ。
「う。うわわ。平野劇場こんてぃにゅー・・」と思いながらも、
目が離せなくなっている自分がいる。笑えなくなってる自分が、いる。


「プロの壁」というものに、これほど文字通り体ごと愚鈍にぶつかった選手がいるだろうか?
なんかイマドキの若い選手ってみんな、かっこいい。
ほんの一握りのエリートはかっこいいままレギュラーを獲るだろう。
しかし、ほとんどの者は、泥にまみれることなく、かっこいいまま消えていく。あくまで印象だが。
2軍の選手を見てても、学生時代のヒーロー気分が抜けなくて、
壁を「かっこよく越えようとして越えられない」選手が多いように、見える。
もちろんみんなそれなりに一生懸命なんだろうけど、
その一生懸命の「次元」が平野ほどの選手っているかな?
失敗してあれほど悲しそうな顔をする奴が、いるかな?


石毛以来、レオン、伊原、仰木といった歴代の監督たちは、
いくら失敗しようと常に平野を起用してきた。
もちろん「一生懸命」だけでは使われるわけはない。
もともと高い能力を、野球に対する誰よりも真摯な態度を、
チームの指導者が見逃すわけはないからだ。
そして、いまや平野は攻守ともにオリックスを代表する選手に育ちつつある。
何度もすり抜けたレギュラーの位置を、ボールに飛び込んで飛び込んで、手に入れたのだ。
まだまだ失敗もするけれど。


平野を厳しくしごいて、今年スカパーの解説をしている伊原が彼に与えたコメントに、

わしは胸が熱くなった。
「いまや平野は、日本一のセカンドです」

そして。
かつて凡フライを落としてチームの勝利をフイにした男が、逆のことをやってのける日が、来る。


6/28大阪ドームでの楽天戦。1点リードも9回表1アウト満塁の大ピンチで。沖
原がオリックス無敗の守護神・大久保から放ったフライともライナーともいえない打球は、
打った瞬間「明らかにライト前ヒット」だったのだ。
誰もが「逆転!」と思ったそのとき。
背番号9がむこうを向いたままボールに飛び込んでいく姿が、目線をさっと横切る。
平野が飛んだのと、振り返って打球を確認しようとしたのは、同時だ。
そして、精一杯差し出したグラブの先に「ぱすっ」とボールが収まったのも、同時だ。


「ええっ!?ええっ!?」あのとき試合を見ていた、
あるいは試合に参加していた全員があげた素っ頓狂な叫び声と顔が、
このプレイの信じられなさを、物語る。
捕った平野ですら、信じられなかった。
全力疾走でスタートしていた3人のランナーが呆然と塁間で立ちつくす中、
どこのベースに投げてもいいのに起き上がってしばらくきょろきょろ首を回す、平野。

まるで地上に首を出した小動物のように。
二塁ベースに入ってグラブをひらひらさせてるショート・阿部にボールを投げ、ゲームセット。
そのまま座り込んでしまった平野を、ふだんからマジメな彼をからかってる先輩たちが

底抜けの笑顔で蹴飛ばし、地面をずるずる引きずってxンチに運んでいく。
アナウンサーは「オリックス史上に残る大ファインプレー!」と叫び、
わしは滅多にない野球の奇跡にテレビの前で、「あうあう」言うばかり。
そして、初めて見たのだ。


平野が笑っているのを。

・・・


球場に足を運ぶ。試合が始まる。平野が全力疾走で守備位置につき、
地面にはいつくばって捕球体勢に入る。いつでも見られる、日常の光景だ。
そして、誰がどう見ても届かない打球に飛び込んで、グラブを目一杯差し出す。
「捕れるわけないやろ・・」と笑いそうになる。でもそれは、苦い笑いなのだ。
飛び込めば、ひょっとしたら捕れるかもしれないから。
飛び込まなければ、捕れるわけはないから。
わしはそのことを見るためだけに、球場に通うのかもしれない。


我々は「ええかっこ」して人生をやりすごしている。
何がほしいのか何が望みなのかわからない、なんて言う。
本当にほしいものがこちらに向かってきても、「知らん顔」なんか、してる。
それがかっこええ、なんて思ってる。

それでは何も、つかめない。

平野の差し出すグラブの先に、それはあるのだ。






平野というと、この超ファインプレーと、あの千葉マリンでの壮絶なフェンス激突プレーが印象的だが、彼のプレーを見るのが楽しみになってきた♪