福岡県訪問3 松田聖子さん関連 | respect Seiko Matsuda and 80s pops

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松田聖子さん関連 柳川市を訪問して博多駅に帰る途中についてのブログです。写真で修正が必要なものが多々あり編集都合上、タイトル順番が前後しています。写真は市のホームページの交通案内です

 

あちこちの神社を参拝したときに、筑後国一之宮が「高良山」にあって、是非ともお参りした方がいいと聞き 柳川市から国道経由で久留米市方面に北上しましたが、

その神社に行く途中に神社に似た名前の場所を発見しました。

 

地理的には筑後川と筑後平野があってその東方の耳納山系に連なる丘陵がこの地名で、国道は丘を南北に縦貫する位置関係で、勾配がある道沿いに気になるバス停を発見しました。有名人が利用していたバス停だそうです。

 

 

バスを待っていた人に聞くと、近くに遺跡!があるとのことで興味がわいたのでさっそく寄り道して見学しました。

たしかに公園とその隣に古墳があり、千数百年前のふるいものですが、案内板ではさらにこの古墳から近い場所に他の古墳の痕跡があるとのことでさらに見学しました。

 他の古墳をさがしている時に病院を発見。敷地の隣は勾配が急でこの付近は古墳の斜面にあたるのかと想像しました。ちなみにある有名人の方もここで誕生されたとのことです。

 

 

 古墳公園の敷地には、老人憩いの家、コミュニティーセンターなどが位置しています。道路を挟んだ敷地には公立保育園がありました。

古墳のすぐ前の道路脇が池になっていて散歩すると楽しそうです。

 このちかくに工場があり大型車が通り道はかなり狭く感じます。喉が渇いたので信号前のセブンイレブンでお茶を買おうとしたところ八女茶のシュークリームを発見しました。

 

鉄道の踏切の向こうにある公立小学校も古墳の跡で古くは前方後円墳があったそうです。学校は静かな住宅地にありますが良い雰囲気で確かに昔の古墳があってもおかしくないなとおもいました。


 古墳の南に公立中学校があり、この中学校の付近も古墳の跡地らしいのですが、学校の敷地は平坦になっているため、古墳の境界がよくわかりませんでした。テニスコートからの練習音とセミの鳴き声が印象的でした。

 

よくみると学校の敷地は周辺の住宅よりも若干高そうです。

 この角度で見るとたしかに学校の敷地が周辺より高く勾配があるのが確認でき、古墳の跡の雰囲気があります。

 

すぐ南方には川があって、筑後平野の田園風景がひろがり、高架をものすごい速度で電車が走り去っていました。

 

ちかくで農作業をしている方にききましたが、古墳について詳しいことはわからないとのことです。川の方から見ると公立中学校周辺敷地が丘のように高くなっています。学校下の敷地が売却に出されていました。この辺に住むと古墳の雰囲気が味わえるかもしれません。

古墳周辺を歩いている途中に素敵な門を発見しました、校内に無断で立入れないため部活の先生の退勤時間だったため事情を話して一瞬だけ写真をとらせてもらっています。

 

学校の創立50周年記念に卒業生の方が寄贈されたそうです銘板には元柳川城主の子孫の方のお名前が刻まれていました。


古墳見学で相当時間をとられて帰りの時間が気になったので出来て数年のバイパスを経由して高良山へ直行するはずだったのですが、

 喉が渇いたので食料品店でお茶とお菓子を買ったところ、おしゃれな建物を発見しました。私立学園で有名な歌手の方も通われていたとのことです。

 


高良山は大型バスでも神社まで行けるようにむかしにくらべて道が広くなったとのことです。

 

 

中世の柳川城主の先祖もこの神社がご縁で結婚されたそうです。最近では有名な歌手の方もこの神社で初詣をされたとのことで、筑後地方を訪問された方には是非とも参詣をお勧めしたいです。

 

筑後川、筑後平野をみわたせる展望台があるのですがこの時期工事中で入れませんでした

 


駐車場の茶屋で冷たいものを食べた時に少しだけ流域の風景が見えました。戦国時代はいろんなひとがこの山に布陣しており、当時もこんなふうに筑後平野を眺めていたと考えると不思議な気分になります

 


高良山を下山後はバイパス経由で数分で久留米インターに出れます。九州道に乗れば博多までほぼ一直線でした。※連休の繁忙期、レンタカーで乗捨の方なら久留米駅、新鳥栖、鳥栖から電車に乗り換え時間を短縮される方もいるようです。

 

わたしは別の目的(立花氏史跡関連)があったので高速経由で博多まで移動しました。  歴史については素人なので文がおかしい点があるかと思いますが、その辺はご容赦願います。

 

不動産屋さんの看板ですが写真の一番下の部分が今回の古墳の付近となります。