日本には様々な武道がありますよね

柔道、剣道、弓道、居合道

柔術、剣術とはどんな差があるのか考えてみたりしました

 

本来柔術や剣術は戦場における格闘術から生まれているのだと思います

実戦から学んだ効率的な戦法

それに対して各種道は精神面を鍛え上げて己と戦う一面があるのだと思っています

だからこそ見ていて美しいと感じてしまうわけですね

 

柔道に関しては海外に柔道家が増えて1964年の東京オリンピックの正式種目となりその後様々な変革があり今のようなスポーツになってしまいましたが

アジア人以外にはアジア人の顔立ちの違いを瞬時に判断することが出来なかったからカラー柔道着が採用されたりとかね

 

同じく日本には茶道というものがありますね

道と付くものに共通するのは所作を大切にすること、姿勢を正しく保つこと、結果だけを大切にするのではなく過程を重んじること

 

型を大切にするという文化は歌舞伎、能、宝塚、相撲にも通じるものがありますよね

 

同じくお茶をたしなむ文化は中国にもありますが、やたらとパフォーマンスが鼻についてしまう

 

 

 

この動画はまだマシですが、お湯を入れる高さがやたらと高かったり、使用する茶葉を確認して貰うために耳かき一杯くらいの茶葉を嗅いでもらったり、二番目に淹れたお茶の香りだけを楽しんで貰ったりというパフォーマンスが入るといつ飲んで良いのか判らなくてパニックに陥ってしまうケースも

まあレストランでロブスターを注文するとシェフが本日料理するロブスターはこれになりますとテーブルまで見せに来たり、ソムリエがワインのテイスティングのためにグラスにほんの少し注いで香りを確かめて貰ったりするのですから必要なことなのかも知れませんけれども

 

対して茶道はご亭主の茶会に対する心配りを作法に則り受け止め楽しむという流れがありますから中国茶を楽しむ型とは少し異なるのかも知れませんね

茶葉の味、香りそのものよりも亭主が下さった案内状や庭の手入れやご用意下さった茶器全てを味わう

私は茶席にお呼ばれするような生活を営んでいないのでざっくりとした違いのイメージだと受け止めて下さい

戦国武将が茶を楽しんだのは相手の腹を探りやすいと云う事と密室であると云う事、そして何よりも収集した逸品を自慢したかったのだと邪推しておりますが作法はきちんと守っていたのだと思います

 

さて、話を元に戻して歌舞伎や宝塚における型の伝承

歌舞伎は同じ演目同じ型を演じていながらもその中に演者の解釈を盛り込んで個性を出す、決して出過ぎないように

成駒屋には成駒屋の音羽屋には音羽屋の型があり代々踏襲され磨かれていく

同じく宝塚にも各組に伝承されている型が存在し同じ演目を演じるときはそれを意識しているのだと思います

宝塚の場合は全通するというつわもがおりますから毎回アドリブを変えてちょっとした楽しみをも与えてくれるというサービス精神旺盛な部分もあるのではないかとも思います

 

もし歌舞伎や宝塚が柔道のように海外の考え方がやたらと入ってきて型を重んじる、型を楽しむという文化が失われてしまったらそれは日本の心が失われてしまうのと同じ事なのだと思います

こうした危機にあるのが今現在の相撲界

モンゴル勢力が台頭しているからではなく利益優先と偏った保守思想から将来を見定めていないような協会の体質

相撲道の押しつけと相撲道に対する反発を朝令暮改で使い分けた結果が今の現状なのかも知れませんね