ダン降臨
ダンが亡くなり、1ヶ月以上経ちました。
まだ、涙が流れない日はありませんが、
それでも、以前のブログを見たりして、
少しずつ楽しかったことを思い出しました。
辛かった最期の1ヶ月しか思い出せなかった日々から比べれば、
前に進み始めています。
亡くなってしばらくは、ダンのことを思い出すと息が止まりそうになって眠れませんでした。
「こんなふうだと、ダンは私の前に出て来れないな」って思いました。
楽しかったことが思い出せたら、ダンの気配を家の中で感じられるようになりました。
何度か、夢にも出てきてくれました。
2日にフラットのお友達がダンに会いに来てくれました。
5年ぶりの再会です。
11歳イエローのアロマ君と3歳のバジル君です。
ブログを見ていてくれて今回の訃報がわかったようです。
ずっと動き回っていたけど、漸く落ち着いてウトウトし始めたときのこと。
ダンがバジル君の身体を借りて現れましたよ。
まずはダンが生前、おねだりの時によくやっていた映像からご覧ください。
ワンワン言いながらそれに合わせてステップを踏むんです。
急に立ち上がったバジル君がわんわん言いながらステップを踏んだんです。
初めは他の子もダンみたいなことするんだなって思ったんだけど、
バジル君はこんなことしたことないんだって。
そして、デッキに出たがっていたようなので出してあげると、
お父さんのサンダルを持ってきました。
ダン、そっくり!!
涙が出そうになりましたよ。。。
ダンが降臨した瞬間でした。
バジル君、ありがとうね。
今の気持ち
ダンが亡くなり、2週間が経ちました。
皆さんには私たち家族のことをご心配いただき、ありがとうございます。
なんとか頑張っていますが、
以前のように笑えるようになるまではもう少し時間がかかりそうです。
犬を家族に迎えたからには遅かれ早かれこんな日が来ることはわかっていました。
でも、どんなに覚悟していても辛いものは辛いです。
正直、私は自分の親が亡くなった時よりも何倍も辛いです。
あの子の存在は子供であり、相棒であったから。
私は今の気持ちを開放しようと思いブログに書く事にしました。
私は何度も何度も臨終の時のことが頭の中で再生されます。
その時のダンの様子だけではなく
その時の自分の気持ちや
号泣しながら
「ダン、大好き!!
ダン、ありがとう!!」
って叫んでいる自分を何度も何度も感じます。
その度に涙が溢れてきます。
仕事帰りの車の中で神様に向かって暴言を吐いたこともあります。
「ダンを返せ~~!!」と。
でも、本当はわかっているんです。
家族が揃う、この日まで生きていられたのも、
なにより、私たちに巡り合わせてくれたのも、
神様のおかげですよね。
ダンとの思い出は悲しいことより楽しいことのほうが
ずっとずっと多いはずなのに、
今は悲しいことしか思い出せません。
病気がわかってからのことしか思い出せないんです。
その1 発症3日目に地元の病院で診察中、危篤状態になったとき
呼吸が明らかにおかしくなって、激しく、頬にまで息が入ったり出たり。
焦点が合っていない。
先生が応急的に(多分強心剤?)を注射する。
「本来は点滴で投薬するものだが、死んでしまったら仕方ないから。」と。
ダンが死んでしまう!!
それは悲しみというより、恐怖でした。
でも、診察中だったことで、素早く第2診療の病院に行くことができました。
その2 心タンポナーデだったことがわかる
心膜穿刺で一命を取り留める。
医師から症状と原因を告げられる。
心臓と心膜の間に500CCもの血液が溜まっていた。
これが心臓を圧迫して、拍動できなくなっていたこと。
そして、出血しているものは腫瘍の可能性が極めて高いこと。
もう、ダメだって思いました。
腫瘍に打ち勝った子はまずいない。
初めて泣きました。
車の中でオイオイ泣きました。
2日前まではこんな重篤なことになるなんて全く思っていなかったのに。。。
思い起こせば、ダンはバックして方向転換するようになっていました。
あれは胸にパンパンに血液が溜まっていて、身体を曲げることができなかったんだね。
眠りたくても、伏せると苦しくてずっとふらふらと歩き回っていたんだね。
わかってあげられなくて、ごめんね。
その3 心膜中皮腫と診断される
心臓にも密着している腫瘍があり、外科的手術は無理なので完治はない。
とにかく出血が一番の問題なので、止血するために抗がん剤を投与することとする。
しかし、効果があるかどうかはやってみないとわからない。
先生から告げられた言葉は辛い選択を迫られたものでした。
しばらく時間をもらい、ダンと病院の周りを少し散歩しました。
そして、僅かな可能性に賭けてみることにしました。
本当は入院していたダンと一緒に帰る予定でしたが、
抗癌剤投与のため、そのまま入院させることになりました。
いつも、帰りたくても先生にリードを引かれると
素直に奥の部屋に向かっていったダンなのに
この日は必死に帰りたくて足をバタバタさせていました。
この頃には声も殆ど出ていなかったので、
必死に訴える目が今でも忘れられません。
もし、このまま病院で亡くなってしまったらどうしよう。
一生後悔することになるなって思いました。
その4 病院より危篤の電話がかかってくる
抗癌剤を投与するためにはその副作用を弱めるために
投与前12時間も点滴が必要でした。
夜間に点滴をし、翌朝、抗癌剤を始めようとしたとき、また出血しました。
病院から「かなり危ない状態なので、なるべく早く来院した方がいい」
と電話があり、娘と共に来院する。
我が家から病院まで1時間ほどの車内で、
私はダンに「死なずに待っていて!」とそれだけを思いました。
なんとしても家に連れて帰りたかった。
病院に着くと、ダンは横たわり、頭も持ち上げられない状態だった。
なのに、私たちが近寄ったら立ち上がり、
鼻を鳴らしながらケージから出てこようとしたんです。
それを見た先生が言いました。
「僕たちには立ち上がらせることはできませんでした」
抗癌剤なんてやりたくなかったんだね。
私はもう、家に連れて帰るしかない、と思いました。
あとから合流した主人とともにダンを連れて帰りました。
その5 ダンとともに過ごした最後の日
ダンと帰ってきた翌日、私は仕事を休んでダンの傍にずっといました。
何も食べず、水も飲まなくなっていました。
殆ど1日中寝ていましが、たまに起き上がってトイレのために庭に行ったり、
部屋を歩き回ったりしていまいした。
そして、部屋中を眺め回していました。
まるで、忘れないように目に焼き付けているように見えました。
階段は上れず、残念そうに階段を見上げていました。
これがダンの最後の笑顔の写真です。
そして、この部屋に置いてあったいつも水遊びに持っていくバックに足をかけます。
元気だった頃からよくやっていたことです。
この時はおもちゃをダンが遊べるようにと床に出していますが、
いつもはこの袋に入っているおもちゃを自分で出してきて遊んでいました。
また、水遊びに行きたかったね。
連れて行ってあげたかった!!
元気な時には絶対できなかった。
おやつを手に乗せているなんて。
何も口にしないので夕方、地元の病院で皮下点滴をし、流動食をもらいました。
首の後ろにラクダのコブのようになった皮下点滴は吸収しきれず
天国まで持っていくことになったね。
流動食を注射器であげたらびっくりした顔をしていたね。
もう、身体を空にして綺麗にしておくつもりだったのかしら。
それにしても、病院に行くとき、車に飛び乗ったのには驚いたよ。
お出かけ、大好きだったね。
夜はいつもの格好で座椅子に座る私に甘えてくれました。
私たちはダンのこの様子を「ペットン」て呼んでいました。
とても安心して寝ています。
この夜は主人と私の間で寝ました。
二人の足を交互に枕にしたりして甘えながら寝ました。
この時、ダンはお別れを言っていたように思います。
その6 臨終の時
朝、7時前に起き上がったので、トイレだと思い、庭に出しました。
足を上げてトイレを済ませると、庭を半周してデッキに繋がっている窓から入ってきました。
ちゃんと自分の足で!!
でも、足を拭こうとしたらもう足を上げることができませんでした。
「そのままでいいから、お入り」
と私が言うと、ヨロヨロっと布団に倒れ込みました。
それから数分後、呼吸が止まりました。
あっという間のできごとでした。
主人が倒れ込んだときすぐに子供たちも呼んだので、
最期の瞬間、家族揃って見送ることができました。
まだ暑いこの季節、板氷でまだ暖かいダンを冷やさなければならなかったのは
とても悲しかった。
その7 火葬
亡くなった翌日、火葬場に行く前に生前に行けなかった2階に連れて行ってあげました。
本当は生きているうちに連れて行ってあげたかったけど、
ぎゅっと抱っこするのは出血の危険があったから、できなかったんです。
私たちの寝室です。
いつも一緒に寝ていたベッドに乗せてあげました。
たまらなく悲しかった。
声を上げて泣きました。
火葬場で、ダンを花で飾ってやるときも、
骨を拾った時も涙が止まりませんでした。
こんなにたくさんのお花とおやつに囲まれて、
ダンが如何にたくさんの方に可愛がられていたかがよくわかります。
物だけでなく、メールやコメントでたくさん応援もいただきました。
私を支えてくださる方がいるから、私はこれから元気になります。
少しずつだと思いますが。
ダンが亡くなった日から私は少しも前に進めていないと思っていましたが、
このブログを書きながら、1歩前に進めた気がします。
いっぱい泣いた日
ぼく、小さくなっておうちに帰ってきました。
たくさんの涙、ありがとう。
たくさんの追悼のブログ、ありがとう。
たくさんのお花、ありがとう。
たくさんのウマウマ、ありがとう。
たくさん一緒に遊んでくれて、ありがとう。
たくさんおもちゃ投げてくれて、ありがとう。
たくさん撫でてくれて、ありがとう。
そして、いつも優しい笑顔をありがとう。
ぼくはいつもご挨拶を忘れない男です。
だから、必ず皆さんの所へ行きます。
行ったら、気づいてね。
今まで、本当にありがとう!!
by ダン
ダンはお花畑の中に帰ってきました。
ダンは最期まで自力で立っていました。
立派な最期でした。
亡くなる前日、何も口にしないため、
緩和ケアに地元の病院に行ったときのこと。
玄関の段差もヨタヨタなので介助しながらでした。
私と娘しかいなかったので、
車に乗せるのが大変だな、って思った瞬間、
助走を付けていつもの特等席に飛び乗ったんです。
68センチもジャンプしたんですよ!
いったいどこにそんな力が残っていたのか。。。
本当に、車でお出かけが大好きだったんだなって思いました。
雨予報をもろともせず、今日も晴れにしてしまった晴れ男、ダン。
きっといつか私の心も晴れにしてくれることでしょう。
今まで、本当にありがとうございました。
自由にどこでも行けるようになったぼくに、ぽちっとお願いします。










