今日の朝は、地震の夢で目が覚めました。










忘れられない1年前のあの日、私は職場でした。





今まで経験したことがないゆれに、旦那の実家でひとり留守番しているはずのひっこさんが





どうしているかと気になって、





車で15分くらいの旦那の実家に行きました。





ひっこさんは無事でした。





度重なる余震で家に入れず、しばらく車のなかでひっこさんと過ごしました。










次に気になったのは、子どもたち。





当時中学生1年生のお兄やん、4年生のお姉やんは、





近所のママ友がめんどうをみていてくれました。(今でも感謝しています)





私は職場に戻らなければならなかったから、





自宅に子供たちと戻り、





停電の夜を二人っきりで過ごさなければならない子供たちのため、





懐中電灯を探し、パンやカップラーメンを準備しました。





早く寝てしまえば、明るい朝が来るから!と言い聞かせ、





家に子供たち二人を残し、職場に行きました。





それから2日間は、夫婦ともに帰れませんでした。





幸い、お義父さん、お義母さん、ひっこさんが深夜に我が家に来て、泊まってくれたようでした。











避難所になった体育館で聞いたラジオ放送





緊急地震速報、





ゴォ~~ッという石油のジェットヒーターの音・・・。





1年前のその日のことは鮮明に覚えていても、





2日目以降の記憶はなぜかとぎれとぎれです。











津波であんなに多くの人が亡くなるなんて誰が想像できたでしょう・・・。





そして福島の原発の水素爆発・・。メルトダウンも起きていたなんて・・・。





同じ東北でも、痛みは全く違います。











今日、お姉やんのバレーの大会が地元で開催されました。





去年は3月12日開催予定だった大会です。





2年ぶりに開催することができました。





子供達の歓声と審判の笛の音、親たちの応援の声・・・。





普通にできること、普通に過ごせることが何よりの幸せと分かりました。










今自分にできること、求められることを、





ひとつひとつ確実にこなすことができますように。






家族や友人を亡くし、悲しみのなかにいる人が、少しでも癒えることができますように。






今の私の願いです。