最終回
実は最終回は4ヶ月前にほとんど完成していた。
そんな話は置いておいて
ついに終わってしまった。
いつかはやってくるものであると覚悟していたものの、ついに来てしまったかという感情がある。
ただ、困った。
中畑弾は、困っている。
世界的パンデミックが起きて立食パーティーはおろか、卒業式までが中止になってしまったのだ。
納得の行く最後は迎えられていない。
会えていない人もまだ、いる。
まぁ、それも何をどう思ったって怒ったって仕方がないし、いつかは笑い話になる。そういう年があってもいいじゃないかとプラスに考えるようにした。(そうするしかない。)
なんにせよ、SNSでは繋がれているワケであるからして、時代が生んだコンテンツの勝利という事で事態を収めようではないか。
(こういうことを書いていると延々としてキリがないのでここでやめる。)
さて、三回にわたって続いてきてブログもいよいよ最後となる。誰も読まないだろうと思っていたものが、思っていた以上の評価をもらえたので嬉しかった。
ありがとうございます。甘んじること無く、調子に乗らず進んで行けたらなと思う。
最後の最後、大学の何人かの人達に「もっとSNSを更新してくれよな」としっかりと注を打たれた。
そこはしっかり考えているので、期待せず待っていて欲しい。
今日という日は、大学では自分が想像する3倍以上多くの人に支えられてきたことが分かった1日だった。
これらの人たちの中にはもう二度と会えることがない人もいると考えると、悲しい。
最後のあの「終わり」を実感しないまま終わっていくものへの切なさに似た感覚と、それでいてびっくりするほど清々しく、四角い空気に包まれたあの感覚は何とも言えない。
またねを口約束にはしたくない。
寂しいじゃないか、
何度も言うが、遊びの誘いは本当に嬉しい。
誰であっても、どこであっても行く。
誰であっても。
何年後だろうと呼んでほしい。
(呼ぶのが恐れ多い人はこちらからは呼びにくいが出来る限り誘いたい。)
まだ会いたい人もいる。
いつかはまた一度くらいは会いたいと、少しでも思ってもらえているならそれ以上は何も望まないくらい嬉しい。
成長した姿を見せられるように努力を続けていく。
仕事、学校から帰ってもやることやりたいこともなくYouTubeを見て寝るだけ。
そんは生き方にはならないように注意してきた。
「時間がない」なんてのは、その大体が嘘で、しぼり出せば余剰時間は作り出せる。これは間違いない。
日々の、5分10分を大切に使いたい。
時間は限られている。今しかない。
仕事をすればツライことから逃げ出せないこともあると、思う。動物は身の危険を感じると自己防衛本能から逃げ出すように出来ているらしいが、ニンゲンはどれだけつらくっても逃げ出せない。
逃げ道は、必携なのだ。
その逃げ道の話を聞くのは面白いし、逃げ道がある人ほど輝いている(気がする)。
逃げ道ってのは、没頭して夢中になれるものだとか趣味だとかなんかとニアリーイコールな関係にあたる気がする。
難しいことを考えるのは面倒臭いが
所詮、この世界は「仮想現実」らしい。
Take it easy.
適当に生きよう。
それでもやはり社会人にはなりたくない。
社会人を楽しんでいる人がいないのもある。
やりたいことや行きたい場所、自由な時間…
それらを全て「我慢する事」が社会人になることならばなりたくもないなと思う。
お金なんかよりも時間が欲しいのは言うまでもない。
ただ、刺激を与え続けてくれるのなら社会に踏み出してもいいだろうと思う。
すごく上から言ったが、つまらなかったらすぐ辞めるといあことだ。
そう思えば楽しみでもある。
さて、生まれ育った和歌山をついに離れ、人も環境も全く違うところに行く時が来た。
楽しみなんてものはない。面倒臭さだけがある。
刺激は必要だ。いつでも遊びに行こう。
待ってるよ。
最後に…
4年間、本当に楽しかった。これは紛れもなく関わってくれた人達のおかげなのだ。
本当にありがとう。
これまで高校、アルバイト、部活などの人生における分岐点(選択肢)は全て正しい方へと進んできたと心から言えた。が、大学選びにおいて初めて間違った方へ進んでしまったのではないかと悩んだ時期もあった。
もっと自分に合った場所があったのではないかとか、専門性を高められた他にふさわしい場が用意されていたんじゃないかとか、そんな余計なことばかりが頭の中を引っ切り無しに過ぎった時期も、あった。
結論から言うと、間違いはなかった。
人に恵まれ、多方面で環境にも恵まれ、もう一度選び直せるとしても同じ選択をする。
これまでの短い人生の中で、出会えてよかったと思える人たちと出会えたのはこの場所だった。
死んでも忘れる事はない。
まだまだクレープを食べながら噴水に座って話をしていたかったなと思う。(そうすることはもうできない)
この4年間を『人生における最も大切にしたい10のものリスト』に追加したいと思う。認定。
もしかするともしかして、この先どこかの街でバッタリなんてこともあるかもしれない。
その時は時間の許す限り、ノスタルジーを追いかけよう。楽しみだ。
自分という人間が記憶の傍に、小さな一部の欠片としてでも残っていてくれると嬉しいなと、厚かましながら願う。
長くなった。何度も言うが、またいつでも誰でもお誘い待ってます。こちらからも収集をかける。
すぐに飛んでいきますのでね。
この大学に来たのは本当に正解だったと今なら心から言える。皆、本当にありがとうございました。またどこかで。
では、また。
中畑弾
