原発事故を受けて、計画的避難区域に指定された飯舘村の女性たちが、福島市内の仮設住宅で、古い着物の良さを生かし、上下の服に再生する「までい着(ぎ)」作りに取り組んでいます。

http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111119t65007.htm

以下は、記事からの抜粋です。


福島市内の仮設住宅で暮らす福島県飯舘村の女性たちが、「までい着(ぎ)」作りに取り組んでいる。古い着物の良さを生かし、上下の服に再生する。戦中から戦後のものがない時代、村の女性が普段着にしていたという。「村の『までい』精神の象徴に」と、メンバーは張り切っている。

までい着を作っているのは、松川工業団地第1仮設住宅自治会(111世帯)。10月下旬から毎週水曜の午前中、集会所に50~80代の女性20人余りが集っている。
呼び掛けたのは、入居者の一人で仮設の管理人も務める主婦佐野ハツノさん(62)。独り暮らしの高齢者が多く、部屋にこもる人もいることから「おばあちゃんたちを主役に、何かできないか」とアイデアを練った。
村の家庭では、古い着物を活動的な上着とズボンにリフォームする習慣が戦後まであり、「その名人だった」という80代の女性も仮設にいた。材料の古い着物を農業関係の媒体に依頼して募ったところ、端切れも含め全国から30箱も集まった。
これまで2回の作業では、着物の糸を解き、型紙に合わせて裁断し、縫う工程を分担し、それぞれが居室に持ち帰って夜なべで二十数着を仕上げた。いずれも古風で華やかな色、模様が絶妙に生きる服に仕上がった。
「手間暇を掛けて、丁寧に」を意味する村のモットーから、服は「までい着」と命名された。師匠役の年配者たちは「生まれて初めて先生と呼ばれた」と喜んだという。
「7月の仮設住宅開設以来、村を離れて精神的に落ち込んだ人もいて、心配が続いた。洋裁が得意な人には、端切れで小物を作ってもらうのもいい」と佐野さん。仮設の女性たちの楽しみの中から、までい着を飯舘発の新しい特産に育てられたら、と夢を膨らませる。



「までい」とは、福島県北部で使われる「ていねい」「じっくり」という意味の方言です。までい着が、飯舘村の女性たちの夢を育む製品になることを、心から願っています。