道内のとある市役所からその人の戸籍「さかのぼれるものすべて」ということで戸籍を請求したのですが・・・、
そのお役所から
「これ以前の戸籍は樺太にあるので、外務省に問い合わせてください」
とのお返事・・・
ちなみに旧樺太の戸籍&除籍は戦争時に大部分がなくなってしまい、
現在、外務省で保管しているものは
大泊郡遠淵村(とおぶちむら)
大泊郡知床村(しれとこむら)
大泊郡富内村(とんないむら)
元泊郡元泊村(もととまりむら)
敷香郡内路村(ないろむら)
敷香郡散江村(ちりえむら) (外務省HPより引用)
のそれぞれ一部のみ(多くても15冊程度だったはず・・・)
それ以外の旧樺太の村や町の戸籍だった場合には、その段階で外務省に問い合わせるのも無駄
で今回の件では、眞岡町という町だったので
そこで調査終了・・・・・

つうか、その人のおじいさんじゃん・・・・

おじいさんの代で止められてしまうと
またしても
「えきぞち~~~っく状態」なのですが・・・・・

しか~し
樺太で止められたぐらいであきらめていては
行政書士の名がすたる

つうか依頼者の方もそこまでなら自分ででも調べられる程度
いろいろな箇所から取れる戸籍を片っ端から取り寄せていき、
そしてついに

おばあさんの実家の戸籍から、
そのおじいさんが「とある県のとある村」の出身だということをつきとめたのでした

「ん
・・・・とある県
」となんかいやな予感がしながら
その「とある村」が現在のどこかを調べてみると・・・・
前回の「80年ルール」を厳格に適用してらっしゃる「とある町役場」だということがわかりました

いやいやいや

今月はその町とやたら因縁があること・・・・・

などと感心してる場合でもなく
ここで当然新たな問題が・・・・・
そのおじいさんとおばあさんが結婚したのが大正時代のお話・・・・
結婚してすぐ樺太に転籍したとすると
その町にはもうそのおじいさん・おばあさんの戸籍もない可能性も高い・・・

まぁ そんなことを取り寄せる前に考えてたってなんにも始まりません
というわけでダメもとでその町役場に戸籍請求しました
数日後、その役場から戻ってきた返信封筒には1通の除籍謄本が・・・・

そのおじいさんの生年月日やその父母の名前、戸籍編成理由などが書かれていました
とりあえず、無事樺太で途絶えた消息を取り戻すことができたのでした・・・
メデタシメデタシ

あ ちなみに先日の日記の「養子」さんの戸籍もいまだにあきらめていません
まだ80年ルールの町の外に戸籍を請求して継続調査中です