過去一年間政府のコロナ対策を見ていて、違和感を感じる言葉がいくつもありました。

 

①『医療逼迫

  コロナにかかっても入院出来ず、自宅療養や病院外施設で亡くなる方がいました。これは『逼迫』でなく『崩壊』です。

  今関西圏で感染が急拡大していますが、これからも『医療崩壊』崩壊と言わず『逼迫』と 言い続けるのでしょうか。

  『逼迫』なら何とか乗り切れたことになり、『崩壊』では対策の失敗になるから------との為政者の思惑が透けて見えます。

 

②『緊急事態宣言発出しました。』

  なんとも冗長な緊張感の無い物言いではありませんか。『緊急事態です。』、或は『緊急事態だ!』と何故言えないのでしょうか。

 以前に津波災害の避難に、避難勧告・避難指示・避難命令の用語の議論がありましたが、硬くて肌感覚の無い言葉と思いました。

 役所や法律用語は中国由来の漢字を使った言葉が多いですが、緊急時には和語で『逃げろ!』とか『危ない!』、

 或は具体的に『着の身・着のままで逃げろ。』とか『家族・友達は分らなくとも,兎も角てんでんに逃げろ。』の方がしっかり伝わります。

 

➂『非常事態宣言』から『蔓延等防止措置』に何故変わったのか、何が変わったか?アクションの主体が中央政府から各地方知事に移ったように見えます。 これまでもどちらに対策の責任と権限があるか分かりにくかったが、まさか中央が一年してみて成果が出せなかったから、知事に責任を持たせようとの姑息な意図はないのでしょうね。なるべく多くの人や組織に権限をを持たせ万一の責任を分散させるようなら、主任・係長・課長・部長・統括・社長と稟議書を回す無責任体制と変わらなくなります。

 また思い切った対策をしようにも、地方分権と言いながら税制の権限が無く資金力の弱い自治体は、中央に行って尻尾ふらないと交付金がもらえない構造なのでしょうか?もしそうなら隣の中国の様に、チベット自治区・ウィグル自治区・香港・内モンゴル自治区の様に中央政府に異を唱えられない国とどう違いうのでしょうか。

 

 以上の考えは、コロナの性で家に閉じこもっていて、疑いの目で物事を見るようになったせいでしょうか。本当はもっと素直な明るい性格の私なのです。