私は元バスの運転手でした。自分の子供達が車を運転するようになり日々感じた事を書きます。

 

 運転で海外で経験した事が強く心に残っています。

 

①もう40年程前にアジアの元イギリスの植民地だった国の首都のロータリー交差点で、大型車がクラクションを鳴らしながら小さな車を蹴散らすように走っていました。夏の暑い時でそんな喧騒が人々の活力の表れと理解すべきか人権無視と考えるべきか頭が混乱しました。

 

②米シアトル近郊の町で教会の前の道路を渡ろうと老人が立つと、来た車はスーッツと止まって、渡り終えるとスーッツと走って行った。横断歩道も信号も無い、手も上げず、もちろん車のクラクションも無く、一連の動きが当然の日常の行動として行われていた。 

 

 経済先進国は心もゆったりした先進国でなければなりません。また民主主義は選挙だけでなく法の下の平等も作らなければなりません。上記の通り、小さくともルールを守り守らせる事が大切です。車の運転では『この程度の違反なら捕まらない。』とベテランドライバー思われるようでは情けない。

 やや混雑した駅の改札口を塞ぐように、花道か茶道のお師匠さんを囲んでの若い着物姿のお嬢さんの一団を見ました。礼を重んじる筈の人達のふるまいが仲間内だけになって、他人にたいする躾がされていない。外国人が良く指摘するのは、扉を連なって通る時、後続の人にぶつからない様に手を添えてくれない。また後続の人も手で受けてくれないと言います。『日本のオモテナシ!』と胸を張っても金を払ってくれる人にだけにでは、未だエコノミック・アニマルと云われても仕方がない。恥ずかしい。

 

ダミヤス

 

追伸

 バスの運転をしていた頃、雨の朝に傘でなく雨具を着て自転車通学する学生を多く見ました。しかし彼らは左右や後方の安全確認のため顔を回しても雨具のフードが前向きののままで、視界を遮られる事が間々ありました。フードの横をチョット引掛けるひも状の物が有ればしっかり安全を確保できると考案したのが、手作りの『みえみえバンド』です。フリマのミンネで検索して下さい。