※出産の記録を振り返って書いてます。
私が唸ってるのを可哀想と感じたらしい母は、5分間隔を~と、言っていた病院の指示を無視し、何と病院に電話をしてくれました。
ただ、病院と繋がってしばらくすると
「本人と話しないとダメだって。」
と、陣痛の波が来てるなか受話器を渡され(苦笑)、痛みに耐えつつ状況を説明。
電話先の助産師さんは、直ぐには産まれないと思いますが、来ていただいてもいいですよ。
と、言うことで、再度病院へ。
でも、車まで歩くのも辛い。(多分一番辛かったのは、このタイミングでした。)大体8分前後の陣痛間隔なので、収まったタイミングで歩き、来たら立ち止まる。を、繰り返して何とか病院へ。
この頃には破水したかとかどうかも気にせず、ぐぅーっと押されるような陣痛の感覚を我慢することに必死でした。
病院の産婦人科病棟に着くと、診察室のNSTにどなたかいらっしゃったのですが、気にせずに診察台に座って下さい~。と、促され、余裕もないので、診察台へ。
内診してもらうと何と、
「既に子宮口10cm開いてますね。さっき帰さずにいてもらえば良かったですね。」
と、助産師さんに言われてしまいました。(帰るのめっちゃ大変やったんですけど、とは、言えず。。。
)そのまま入院することに。
入院時、個室希望だったのですが、満杯とのことで、唯一空いていたLDR室での出産をすることになり、LDR室へ直行しました。
ただ、数メートルのはずの診察室からLDR室への移動が辛い!
恥ずかしながら、便意なのか赤ちゃんなのかわからないながら、何かが出てきそうな感じとともに激しい痛みが数分おきに来るので、歩けないんです。牛歩のように遅い歩みで何とかLDR室のベッドに到着。
助産師さんに促されるまま、下着も何もかも脱いで、入院着に着替えてベッドによじ登るように上りました。踏み台を置いてもらった気がするのですが、この辺り記憶曖昧です。
呼吸法も誉められた気もするのですが、とにかく必死で、助産師さんの声だけを頼りに、ここからべびちゃんが出てくるまで正直言えていたのは、たった二言だけ。
「痛い。」
「出てきちゃダメなのにいきんじゃう」
↑まだ、いきんじゃダメですよ。と、助産師さんに言われるので、いきんじゃダメと頭のなかでぐるぐるでした。
しかも、叫ぶんだろうな。と、思っていたのに、ひたすら呟くだけだし。
気づいたら夫が到着し、「間に合って良かった!」と、助産師さんとお医者さんに言われてるのを聞いたな。と、思ったら結構な痛みが!!
助産師さんはいきむのは我慢!と、言われるので、私を見ておろおろしていた夫に思わず、「テニスボール、テニスボール」
と、指示をしてしまいました。今思うと、駆けつけたばかりの彼に厳しい対応だったな。。。と。(苦笑)
でも、テニスボール
本当にいきみ逃しには良かったです。
どのくらいたったのか、助産師さんが待望の「そろそろいきみましょうか。」と、言う言葉を言ってくれたのを合図に次の陣痛の波で、心置きなくいきんでみたところ、、、
「めちゃくちゃ上手です!そのままいきみましょう!」
と、誉められた私。誉められると舞い上がるタイプなので、痛みよりいきむことに夢中に。

助産師さんがかけてくれる掛声(「はい、いきんで~」とか、「はい。いったん力抜きましょう」とか)にあわせてたところ、先生と助産師さん同時に「頭出ました!」とのこと。
いきみ始めてからは5回目の波くらいだったのに、早くない?!と、思ったのですが、続けて「肩まで出すから少し長めにいきんでくださいね~」と、言われてしまい、波とともにいきみ開始!ここからは、本当にスピード加速で(私が悪いのですが、、、)、肩出た後「一旦、休みましょうか。」という助産師さんの言葉を無視して、「出ちゃう~」と、いきんでしまったため、べびちゃんが にゅるん っと、飛び出して来ました。
祝
べびちゃん誕生
まさに1月7日に日付が切り替わったタイミングでの誕生となりました!
このあと、少しバタバタする事態になるのですが、この瞬間は本当に幸せでした!
