朝の光がカーテンの隙間からやわらかく差し込んでくる。僕はキッチンでせっせとコーヒーを淹れながら、鼻歌を歌っていた。

今日はハートのラテアートを練習する日だ。


カフェのマスターに「もう少し練習してこい」と言われてから三週間。毎朝、出勤前の一時間を使って特訓している。

ミルクを泡立てる。完璧だ。スチームも今日はうまくいった。そして、カップにゆっくりと注ぐ——

「……なんで毎回タコになるんだ」

カップの中には、どこからどう見てもタコにしか見えない模様が浮かんでいた。

背後からスリッパの音がして、ダニエルは肩をすくめた。振り返ると、寝癖のついた髪のまま、スウェット姿のエリックがリビングの入り口に立っていた。

白衣を着ていないと、いつもより少しだけ年齢が若く見える。でも目つきだけはあいかわらず鋭くて、ダニエルはなんとなく視線を逸らした。

エリック

「……また失敗したのか」

ダニエル

「失敗じゃないよ! タコ、かわいいでしょ! タコアートっていうジャンルかもしれないし」

エリックはため息をついてダニエルの隣に立ち、カップの中を見下ろした。しばらく無言で眺めてから、静かに口を開く。

エリック

「確かにかわいい」

そう言って、カップを手に取ってそのまま飲み始めた。僕は目を丸くした。

ダニエル

「え、飲むの? 練習用だから砂糖入れてないよ?」

エリック

「知ってる。いつも飲んでる」

同棲を始めて八ヶ月になる。

最初はお互いの生活リズムが合わなくて、すれ違いばかりだった。

エリックの夜勤が続く週は、朝食を一緒に食べられないことも多い。

だから、エリックが帰ってくる時間に合わせてスープを作り置きするようになった。

エリックは何も言わなかったけれど、いつも空になっていた。

気づけばそれが、ふたりの形になっていた。

僕が出勤の準備をしていると、エリックがソファに腰を下ろして医学雑誌を広げ始めた。今日は珍しく遅番らしい。

鞄を持って玄関に向かおうとしたとき、背後から低い声がした。

エリック

「ダニエル」

ダニエル

「なに?」

エリック

「エプロン」

僕は自分の首元を見下ろして、固まった。

カフェのロゴ入りエプロンを、鞄の上から首にかけたまま、普通のコートを着込んでいた。

ダニエル

「……気づかなかった」

エリックが立ち上がり、無言で近づいてきた。

そして、エプロンの紐をほどいて丁寧に外し、ソファの背もたれにかける。

ただそれだけの動作なのに、なぜか胸の奥がじんとした。

エリック

「行ってこい」

ダニエル

「……うん、行ってきます」

ドアを閉めながら、自分の顔が熱いことに気づいた。外はまだ、少し肌寒かった。


僕の好きなアイスコーヒーだよ↓ラブ