にっき
待ち合わせ場所に指定した駅の改札脇で、けだるそうに壁によりかかり、うつむいて携帯をいじる彼女の姿を見つけて、なんて声をかけようか迷う。
「お、ひさしぶり」 陽気すぎるな。 「どうも」 よそよそしいな。 「げんき?」 わざとらしいな。
迷っているうちに、何気なく顔を上げた彼女と目が合う。
なにかいわなくちゃ。
「あー、おはよう」
潤んだ瞳のすこし上に居座っているきれいなへの字をした眉毛と、濡れたように艶のある唇の片方をくいっとあげてにやりと笑い、ゆっくりと、もったいぶって、昼寝をしている幼稚園児を起こす保母さんのようなやさしい口調で彼女はいう。
「おはよう。3分12秒の遅刻ね」
まいったね。
ドトールのできるだけ奥まった席に座って、最近仕事はどうとか、太ったとかやせたとかなんとか正直どうでもいいことをとりとめもなく話す彼女は、鼻の頭にうっすらと汗が浮かび上がっていて、緊張感が僕にまで伝わってくる。だから、僕も鼻の頭を中指で掻く。
ポリポリ。
話したいのはそんなことじゃないだろう。早く本題を話せよ。なんでことは直接的に言えないから、
「で、今日はなんだっけ?これから田植えでもやるんだっけか?」
なんて、よくわからないことを口走ってしまう僕を、上目遣いにちらりと見遣ってこう言った。
「相談があったんだけど、やっぱりやめた。」
「そう。いいの?」
「ええ、 ま。いろいろあるのよ。女の子は」
「なんだよ、わけなかんねぇよ」
「とにかく、、もういいの!」
「そうかい。わかったよ」
「また、今度ね」
「ああ」 ポリポリ
<彼女の相談>ってのは、もちろん僕は受け入れるつもりだったのだけれど、実際に会って話しているとなんだか間違っている気がしてきて、でそれを彼女はきっと感じ取ってしまったのだろうな。
で、彼女が飲んでいたまだ半分くらいアイスコーヒーが残っているグラスの、外側の表面を滑り落ちる水滴を見つめながら、多分これでよかったんだろう。と、僕は思う。ポリポリ。
すぐ右横にある窓ガラスを見ると、うっすらと僕の顔が映っていて、
その鼻の頭が赤く、擦り剥けている。
東野圭吾「レイクサイド」
いかにも東野圭吾らしい、後味の悪い(しかし考えさせられる)作品。
大切なものを守ろうとするとき、ひとはどこまで常識を逸脱できるのだろう。あるいは、どういったときに常識から逸脱する気になるのだろう。狂ってるってどういうことだろう。狂っているとしたら誰が狂っているんだろう。その人が狂っているとしたら、何でそんなことになったんだろう。そんなことを考えさせられながら読み進めた。
主人公<俊介>の妻は、息子の受験のために金と身体を提供するという逸脱した行為をする寸前では迷いがあったのに、子供たちの犯行を知ったときには迷わず隠し通すという道を選んだ。俊介は、一度はすべてを警察に話そうとしたが、しかし、息子の一言で藤堂側に考えを改めてしまう。それらの間にはどれだけの差があるのだろう。
常識と、それらからの逸脱。
それはきっと、本当に些細なきっかけで十分なのだ。
ところで、この事件の犯人だが、話の半ばで大体想像がついてしまったのがもったいない。
ばら撒いた伏線で話の中盤で気づいてしまうのだ。
あとは、物語の進行上しょうがないのであろうが、主人公の妻<美菜子>が一番微妙な立場にいたわけで、彼女のの感情の動きとかがもっとうまくかけていればなぁと思う。
佐藤友哉「フリッカー式」
物語の全体の流れからすると脇役になるはずの人間から語られることで
読後の気持ち悪さを増幅させていてよい。
なんで、ほとんどの章の一人称が「僕」なのか、というのはなかなか気になる。
例えば、「明日実」の一人称だったら、
もう少しまともな小説になっていただろうし、感情移入もしやすかっただろう。
「綾子」が語っていれば、もっと爽快感があるだろうし、
「安楽死」的な倫理の話をもっと深堀りできたし、
「レイプより死を選ぶ女性」についてももっとうまく描けただろう。
で、なんで「僕」から語られたんだろう。。
「妹」かな。
「妹」との関係、妹を殺して、犯して、で、最後は殺される。
「僕」のなかで、妹はその処女性と無邪気さによってほとんど神格化されていて、
でも、結局その処女性が失われたとき、僕はどうするのか。どう思うのか。
まぁ、そんなとこかなぁ。
あと、いかにも20代~30代の世代が触れてきた漫画やら音楽やらネタが
わざとらしくてむずがゆい。
文体が、ちょっとね。
