夫と不倫相手のLINEトーク履歴を自分のスマホに保存したものだから、そこからの数週間、寝ても冷めても、通勤電車の中や仕事中もとにかく寸暇を惜しんでトーク履歴を見る事に没頭するようになる。

読めば読むほど明らかになる不倫の詳細。
動悸がおさまらない。
手が震えてる。
ときおり襲ってくる吐き気。

そして、その夫と女のやり取りの一言一句が脳裏に焼きつく。
普段あれほど物事を忘れっぽい私なのに、超人的な勢いで内容を脳が記憶していく。

もう一人の私が、「これ以上見てはダメ。見れば見るほど苦しまないといけないのだから」と叫んでいたが、やめる事はできなかった。

不倫発覚から四日程が経過していただろうか。
この頃の私は食べる事も眠る事も、普通に息をする事も難しくなっていた。
立っていても地面がグニャリと歪む感覚。

いわゆる急性ストレス反応である。

脳が混乱を極めている。

いつも子供の事で頭がいっぱいだった私の何かが消えてしまったのか。愛してやまない子供の事を考える事もできなくなっていた。

肝心の夫に対し、どういう反応をしたら良いのか皆目検討がつかない。

泣いて喚いて、夫へ怒りをぶつける事ができればどれほど楽だろう。

夫の目の前でスマホをぶち壊し、泣いて叫んで、夫につかみかかり、全身で怒りをぶつけられたらどれほどいいだろう。

ところが、私は性格的にそういう事ができない。
肝心なところで怒りや感情に蓋をして溜め込んでしまう性格。

そして何より怖いのが夫の反応。

不倫がバレた事で離婚を切り出されたら?

勝手にスマホを覗いた事を激しく非難されたら?

不倫相手を擁護してきたら?

弱りきった私に夫に対抗する気力も話し合える程の冷静な判断力も完全に失っていた。

そんな状態だが、毎日仕事に行き、夫と子供に食事を作り、家事をして…不思議と身体は動いていた。

全く食べられない眠れない妻がそばでこれほど苦しんでいるのだが、それに全く気付かない夫。

相変わらずLINEトーク履歴を読みふける日々。

テレビを見ながら、呑気に私の作った食事を食べている夫に聞いてみた。

「ねぇ、私が何も食べてない事に気付かない?何とも思わない?」

何を言われたのか理解できない夫。
キョトンと私の顔を見つめている。

「どうかした?お腹減ってないの?」

無性に腹が立ち、私は勢いよく立ち上がり、ドアをバタンと閉めてリビングを出ていくが、追ってくる気配もなく、リビングからテレビを見ながら笑っている夫の声が遠くに聞こえていた。
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