百年近く前のアメリカの小さな協会で牧師が始めて唱えた祈りがある。
神よ私達にお与えください。
変えることのできないものを、受け入れる冷静さと
変えることのできるものを、変える勇気を。
そしてその二つを見分ける知恵を
これは映画の中で、酒や薬やギャンブル依存症の患者の集団セラピーでの祈りだ。難解な哲学書より自分で自分を助け、立ち直りを促す知恵が要約されていると思った。人には必ず運と実力がついて回る。不運な自分の弱さや後悔で悩み、救いを求める人々が、変えられないものを受け入れ、変えていく知恵と行動を学びあっていた。
健康麻雀はその運と遊ぶ脳トレである。お金は賭けないので、麻雀好きな仲間達と勝った負けたを繰り返す。そこに毎回運が絡むのが面白い。つきだすと、つきまくるがつきに見放されたら、どうあがいても勝てない。ジタバタせずにともかく黙々と続ける。そして「勝つかもしれない、負けるかもしれない」という「不確実性」を受け入れる。必ずしも思いどうりにならない。ベテランの実力者が初心者に負けることもある。だが、運も不運も、勝ち負けがあっても、毎回の引く牌には何故かワクワクするのだ。脳内麻薬のもたらすスリルとトキメキは脳ホルモンの喜々薬なのかもしれない。
健康体操に運、不運はない。思いどうりになる。確実に変えられるのだ。
筋肉には気まぐれなんてない。毎回働く、働く、働く。過保護や無理をせず、賢く育てれば確実に育つ。特殊な進化を遂げた二足歩行のホモ-サピエンス(知恵ある人)は高齢になっても筋肉は学習し、実力が育つ。知恵ある筋肉だ。スポーツも麻雀も他者との勝ち負けだが、からだ育ては自分との勝負。自分で自分を助ける
地道な行いだ。どの人の筋肉も「知恵ある人」
が育ててくれる行動習慣をきっと待っているだろう。
変えられないものと変えられるもの。運と不
運。確実と不確実。思いどうりにならないものを避けては通れない。変えられないものを受け入れる冷静さは脳にちょうどいい負荷ならば、変えていく行動への情熱に繋がるだろう。「知恵ある人」の脳も筋肉もしたたかに学んでいく。