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その翌日は、ゼリクマン先生のレッスン見学でした。
その様子を「ベリョーザ会員」さまにお届けしている「しらかば通信」より抜粋でお届けします!
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今回は駒場にあるサロンにてゼリクマン先生の公開レッスンがありました。
ピアノの先生たちの間でゼリクマン先生の知名度はかなり高いようで、ピアノの周りを埋めるように配置された100席ほどのイスには座りきらずに立ち見の先生がたも続々。後方から高く手を挙げてビデオカメラを回し、なんとかゼリクマン先生の出す音色や言葉一音一句聞き逃すまいという姿勢でとても熱心に聴いていらっしゃる先生方を見て、「本当にすごい先生に8年間もレッスン見ていただいていたんだな」と改めて実感しました。
生徒さんが演奏しおわって、ゼリクマン先生が同じ曲を弾いた瞬間、音楽の本質を切り取られたような、なんともいえない説得力のある音楽、惑うかたなきホンモノを目の前に圧倒されてしまいます。はたして本当に同じ曲なのか、疑いたくなるほどに豹変します。
一体どうやって、あののっぺりした音楽があんなに生き生きと生まれたてのようなフレッシュ感を出しているのでしょう。まるでマジックを見ているようです。
ところが、以外にもそのやりかたはシンプルなのです。
それは、楽譜に書いてあることをちゃんとやる。それだけです。
普段楽譜を読むときは、皆おそらく音の高低、長さ、リズムやテンポなどから読んでいきます。それができてくると、更に強弱や音楽記号などを読み込んで、音楽の解釈を広げていくのですが、皆さん以外と指使いや独立した声部の違いなどを軽視してしまい、本来のものと異なった音楽になってしまうのです。
ゼリクマン先生は、楽譜から基本的な情報を読み取ったら、あとは自分のセンスと今までの素晴らしい演奏家たちの演奏方法などを掛け合わせ、楽譜に書いてある音楽記号に新たな解釈を加えます。それはその楽譜にあらかじめ書いてある事ですが、「どうして作曲家はそうしたかったのか」をしっかり、作曲家と一緒になって考えるのです。すると、確かにそうした方が音楽が素晴らしくなる、と共感できたときに、まるで自分がその音楽記号を書き込んだかのようにフレッシュな演奏ができるのです。
それをする為にはいろいろな演奏家の音楽を聴く事、その素晴らしさに感動すること、自分もそんな素晴らしい演奏に近づきたい!と思う事。
音楽は、「こうでなければならない!」という気持ちで弾くのと、「自分がこう弾きたい!」と思って弾くのには雲泥の差が生じます。
作曲家の思い描いた音楽に「自分がこう弾きたい!」を重ねられるようになるよう、日頃から上質な音楽を楽しみ、ひとつひとつ発見し、驚き、感動する心を育てていかなくてはと思ったのでした。


