・なぜゼネラルモーターズは人を死に至らしめる鉛をガソリンに入れたのか?(GIGAZINE 2021年09月15日)

※1900年代、人体にとって有害であるはずの鉛が、自動車会社のゼネラルモーターズ(GM)主導でガソリンに混入されました。当時から鉛は人を死に至らしめると認識されており、実際に鉛入りのガソリンにより多くの健康被害が報告されました。それにもかかわらずなぜGMは鉛を混入させ続けたのか、危険性が指摘されてはいなかったのかなどの疑問について、ジャーナリストのキャット・エシュナー氏が解説しています。


1900年代、自動車のエンジンが独特な打撃音と衝撃を発する「ノッキング」を防止する方法について、自動車会社が研究を行っていました。GMの子会社であったデイトン・リサーチ・ラボラトリーでエンジニアを務めていたトマス・ミジリー氏は、溶けたバターや酢酸エチル、塩化アルミニウムなどあらゆる物質をガソリンに混ぜてノッキング防止の効果がないか試した結果、最も有効な物質はエタノールであると考えました。しかし、エタノールに関してGMが特許を取ることができず、石油会社が「エタノールはエンジンの制御に悪影響を及ぼす」などと認識していたことから、エタノールをノッキング防止剤として用いる試みは失敗しました。

1921年、ミジリー氏がノッキングを防止する策として、ガソリンにテトラエチル鉛(TEL)を混ぜる手法を発見しました。TELはエタノールと同じくらいノッキング防止に効果があったのですが、当時から有毒物質としてその危険性が認知されていました。化学メーカーのデュポンなどもTELについて「甘い匂いの無色の液体であり、皮膚から吸収されるとすぐに鉛中毒を引き起こす、非常に有毒な物質」と記していました。

危険性が知られていたため、デイトン・リサーチ・ラボラトリーはTELを「エチル」と呼んで、新開発されたガソリンに鉛が添加されていることを報告書や広告に記さなかったとのこと。また新しいガソリンについての特許を取得したGMは、ガソリンにTELが使われていることを知りつつも、ノッキングを防止するほかの策がなかったことから、1923年2月にTEL入りガソリンのの販売を開始。しかし、この時ミジリー氏は重度の鉛中毒で病床に伏していました。

TEL入りのガソリンが市場に出回ったことで、鉛中毒による多数の健康被害が報告されることとなりました。翌年の1924年にはTEL入りガソリンを製造する石油精製所で働く32人の労働者がTELへの曝露(ばくろ)で入院、うち5人の労働者が死亡。この際にはアメリカ公衆衛生局や保健当局が死亡を調査し、GMにTELに関する報告を要求しました。

政府による調査が続けられたものの、1926年には公衆衛生局が「製造プロセス中に労働者が保護されている限り、TELによる危険はなく、TELを直ちに販売禁止にする理由もない」と結論付けています。その後もTEL入りガソリンは販売され続けましたが、1970年半ばにようやくTEL入りガソリンの段階的廃止が決定。アメリカは1986年にガソリン添加剤としてのTELの使用を正式に禁止しました。

禁止されるまでに、TELにより非常に多くの鉛が土壌に堆積。約6800万人が危険な量の鉛を吸収し、毎年約5000人のアメリカ人が鉛による誘発性心臓病で死亡したと推定されています。エシュナー氏は「子どもは特に鉛の影響を受けやすく、現代の環境にも鉛はまだ存在しています。次の世代に残すことができない問題です」と記しています。




・「有鉛ガソリン」規制までの長い戦いの歴史(GIGAZINE 2021年12月13日)

※鉛を添加された有鉛ガソリンは、猛毒物質であるテトラエチル鉛などを含むため、記事作成時点では日本を含めた全世界で規制されています。そんな有鉛ガソリンに警鐘を鳴らした1920年代のマスメディアや科学者と自動車産業が1世紀近くにわたって繰り広げた争いを、アメリカ・ラフォード大学のメディア史学者であるビル・コヴァリック氏が解説しました。


有鉛ガソリンで走る自動車が登場するきっかけになったのは、アメリカの自動車大手・ゼネラルモーターズ(GM)が1921年12月にテトラエチル鉛を混ぜたガソリンのテストをしたところ、エンジンの出力が上がり音も静かになったことです。この発見が大きな利益になると見込んだGMは、テトラエチル鉛を添加したガソリンを「エチル」と名付けて自動車燃料として売り出しました。

しかし、GMによる「エチル」の大量生産と販売は、後に多数の労働者が犠牲になった事故や環境汚染など、人命と健康を脅かす深刻な問題へと発展していくこととなります。

有鉛ガソリンの被害を取り上げるメディアに対し、当時の自動車・石油業界は攻撃的な姿勢を見せました。1924年にアメリカの石油会社であるスタンダード・オイルの有鉛ガソリン工場で事故が発生し6人が死亡、さらに十数人の労働者がせん妄などで病院に搬送された際にも、会社側は「何が起きたのかは不明」と主張。メディアに対しては「公共の利益のため、この問題についてはこれ以上口を挟むべきではない」と迫りました。

しかし1925年になると、有鉛ガソリンに関する多くの記事が紙面に載るようになりました。当時ニューヨークで発行されていた日刊紙・New York Worldは、イェール大学の有毒ガスの専門家であるヤンデル・ヘンダーソン氏とGMのエチル研究者であるトーマス・ミドグレイ氏に、有鉛ガソリンの毒性に関する取材を行いました。その中で、GMのミドグレイ氏が「燃料の出力を上げるには有鉛ガソリンしかない」と主張したのに対し、ヘンダーソン氏は「ニューヨークの5番街に毎年30トンの鉛が、ほこりが混じった雨となって降ってくるようになる」との試算結果を報告しました。

2人の専門家の主張を取り上げた記事に対し、自動車業界の関係者は怒りをあらわにしました。1948年に公開されたGMの広報資料は、New York Worldの記事のことを「当社のアンチノック剤入りガソリンの販売に反対するキャンペーン」と表現していたとのこと。また、GMは「メディアが有鉛ガソリンを『loony gas(気狂いガソリン)』と呼んだ」としていますが、実際には有鉛ガソリンの被害を一番最初に受けることになった工場労働者自身が使っていた言葉なのだそうです。

GMやスタンダード・オイルが有鉛ガソリンの安全性について訴える一方で、公衆衛生学者らは有鉛ガソリンの必要性に異議を唱えましたが、アメリカの公衆衛生当局は科学者の意見を無視し、1926年に「有鉛ガソリンを規制する正当な理由はない」との見解を公表しました。

有鉛ガソリン規制の道が閉ざされたことで、有鉛ガソリンは多くの問題を抱えたまま世界各地で使われ続けることになりました。WHOは、数十年間にわたり有鉛ガソリンが使用され続けたことが、年間120万人以上の早死にや知能指数(IQ)の低下、約5800万件の犯罪発生などの被害をもたらしたとしています。

1960年代に入ると、有鉛ガソリンに関する公衆衛生上の問題が再び取り沙汰されるようになりました。カリフォルニア工科大学の研究者であるクレア・パターソン氏は、有鉛ガソリン由来の鉛があちこちにあるせいで、鉛の同位体の測定が難しくなったことに気づき、1965年に発表した論文の中で「アメリカ人は慢性的に鉛の被害を受けている」と訴えました。

そして、1970年代に入りアメリカの環境保護当局は、「有鉛ガソリンは自動車の触媒コンバーターを詰まらせ大気汚染の原因となるため、いずれは有鉛ガソリンを禁止しなければならない」と報告。さらに、1970年代から1980年代にかけて、ピッツバーグ大学の小児科医であるハーバート・ニードルマン氏が、「子どもの鉛中毒はIQの低下やそのほかの発達障害の原因となる」と唱えたことで、有鉛ガソリンに対する懸念はさらに高まりました。

パターソン氏やニードルマン氏に対し、業界は「不正な研究をしている」とのバッシングを行いましたが、1996年にアメリカの公衆衛生当局はついに有鉛ガソリンの販売を正式に禁止し、EUやそのほかの国々がこれに続きました。そして、2021年8月に世界で最後に有鉛ガソリンを販売していたアルジェリアが有鉛ガソリンを禁止したことで、有鉛ガソリンは100年にわたる歴史に幕を下ろしました。

こうした経緯からコヴァリック氏は、「有鉛ガソリンの事例は、利益重視の産業界に対する規制が失敗すると、いかに深刻で長期的な被害がもたらされるかを物語っています。このようなリスクに対抗するには、人々の公衆衛生意識と、健康や環境問題に関するメディアの積極的な報道が不可欠です」と結論づけました。




・古代ローマによる「大気の鉛汚染」が人々のIQ低下を引き起こしたという研究結果(GIGAZINE 2025年01月19日)

※古代ローマは非常に高い技術力を有していたことで知られていますが、同時に人間による環境汚染が問題となった時代でもありました。新たな研究では、古代ローマでは大気が鉛によって汚染されており、この影響で広範な地域に住む人々のIQが低下した可能性があると示されました。


鉛は人間の健康にさまざまな悪影響を及ぼすことが知られており、鉛中毒になると神経系や心血管系に障害を引き起こすほか、血中鉛濃度が高い子どもはIQが低くなることもわかっています。世界保健機関は「既知の安全な血中鉛濃度はありません」と主張しており、血中鉛濃度が3.5μg/dL程度でも子どもの知能低下や行動・学習障害に関連していると述べています。

かつては鉛を添加した有鉛ガソリンが自動車燃料として用いられてしましたが、20世紀半ばには有鉛ガソリンの有害性が広く取り上げられるようになりました。これを受けて日本では1970~80年代にガソリンの無鉛化が完了し、2021年には最後まで有鉛ガソリンを販売していたアルジェリアでも禁止されました。規制が進んだことで人々の血中鉛濃度は減少しており、現代のアメリカに住む子どもの平均血中鉛濃度は0.6~0.8μg/dLほどです。

ところが、古代ローマの時代には鉛の有害性がよく知られていなかったため、酢酸鉛(II)が溶け込んだシロップがワインの甘み付けや果物の保存に使われていたほか、水道管にも鉛が使われていました。そのため、古代ローマでは慢性的に鉛中毒の被害が発生していたともいわれています。

今回、アメリカの砂漠研究所やオーストリアのウィーン大学など研究チームは北極圏の氷床コアを分析して、紀元前500年~紀元600年の大気中の鉛汚染レベルを測定しました。この期間は、共和政ローマの興隆から帝国化したローマ帝国の衰退までをカバーしています。

調査の結果、紀元前1世紀後半~紀元2世紀後半に大気中の鉛汚染レベルが急激に上昇したことが判明。研究チームはこの大規模な鉛汚染について、古代ローマの経済を支えた銀の採掘と製錬が原因だったのではないかと考えており、およそ200年間で500キロトンもの鉛が大気中に放出されたと推定しています。

また、鉛汚染のデータと大気モデリングを用いた分析では、古代ローマの大気汚染はヨーロッパ全体に影響を及ぼし、子どもの血中鉛濃度は約2.4μg/dL上昇したとのこと。これにより広範な認知機能の低下が引き起こされ、IQは推定で2.5~3ポイント下落したそうです。

論文の共著者である砂漠研究所のネイサン・チェルマン氏は、「IQが2~3ポイント低下するのは大したことではないように思えますが、それをヨーロッパの全人口に適用すると大きな問題となります」とコメントしました。




・生まれる前や小児期に鉛を過剰摂取するとその後の人生で犯罪をする可能性が上がるという研究結果(GIGAZINE 2023年08月19日)

※金属の一種である鉛は融点が低く加工しやすいことから、古くから世界中のさまざまな地域で利用されてきましたが、生物の体内に蓄積して毒性を持つことから、近年では鉛の使用を取り締まる動きが進んでいます。新たにアメリカのジョージ・ワシントン大学の研究チームが、「出生前や小児期に鉛に暴露するとその後の人生で犯罪をする可能性が高くなる」という研究結果を発表しました。


鉛は有毒な重金属であり、鉛中毒になると生殖系や神経系、心血管系に深刻な損傷が生じるほか、血中鉛濃度が高い子どもは他の子どもと比較してIQが低いこともわかっています。また、小児期の鉛への暴露が非行や反社会的行動に関連していることも指摘されており、アメリカで1970年代後半~1980年代にかけて進められた有鉛ガソリンの廃止が、1990年代の暴力犯罪の大幅な低下の要因だとする研究結果もあります。

しかし、依然として鉛への暴露と犯罪行為との関連性について個人レベルで調べた研究データにはばらつきがあり、詳しくわかっていない点も多いとのこと。そこで、ジョージ・ワシントン大学の公衆衛生学部で博士課程に在籍するマリア・ホセ・タレイロ・スケッティーノ氏らの研究チームは、2022年8月以前に発表された鉛への暴露と犯罪・非行・暴力・攻撃性などの関連性について調べた論文をレビューしました。

鉛の暴露や暴力的行為の不適切な分類、研究のバイアスといった基準に基づいて正確性が不十分な論文を除外した結果、13件の研究結果に基づく17件の論文が残ったとのこと。これらの研究における鉛濃度の測定には血液や歯、骨などのサンプルが用いられており、アメリカ・イギリス・南アフリカ・ブラジル・イタリア・ニュージーランドなどで実施された長期にわたる追跡研究(コホート研究)が含まれていたそうです。また、鉛の暴露について測定した期間は「出生前」が2件、「幼児期(0~6歳)」が5件、「小児期後期(6歳~11歳)」が5件、「青年期および成人」が5件でした。

系統的レビューのバイアスを調査するツール「ROBINS-E」などを用いた分析の結果、鉛への暴露とその後の犯罪的傾向の関連は研究によってばらつきがあったものの、全体として鉛への暴露がその後の人生における犯罪行為や攻撃的な特性との関連があることが判明しました。

研究チームは、犯罪行為とされるものの幅が広すぎることや、個人レベルのデータに乏しいため、鉛への暴露と犯罪行為の関連性の強さについて調べるにはさらなる研究が必要だと指摘。その上で、「このような限界はあるものの、入手可能な生物学的証拠とあわせた今回のレビューは、個人が胎児の頃または小児期に鉛に暴露した場合、成人期に犯罪行動を起こすリスクが高いことを示しています」と述べています。


鉛への暴露はさまざまな健康問題を引き起こす可能性がある上に、成人より体が小さい子どもはより高い割合で鉛を吸収するため、小児への影響はより深刻なものになる可能性があるとのこと。鉛への暴露は必ずしも発展途上国だけの問題というわけではなく、先進国でも老朽化した水道管や子ども向けのおもちゃなどが原因で発生しうるほか、バングラデシュではターメリックの添加物に鉛が含まれていた事例も報告されています。

スケッティーノ氏は、「今回のデータは、すべての国が鉛曝露を防ぐための政策を実施する必要性を明確に示しています」「子どもにとって安全なレベルの鉛曝露はなく、各国は子供と妊婦を鉛汚染から保護するためのあらゆる努力を拡大する必要があります」とコメントしました。