・じつは「ビッグバンによって宇宙ができた説」は問題だらけ…残されたナゾと通説に挑む新理論を一挙紹介!

※ビッグバン宇宙モデルの問題点

ビッグバン宇宙モデルですが、ある決定的な問題があることがわかってきました。本記事ではそのお話をしたいと思います。

遠くを見ることは、過去の宇宙を見ることに相当します。例えば、うみへび座銀河団までの距離は約1億6000万光年です。地球で1億6000万年前といえば、ジュラ紀の中期から後期にさしかかるという恐竜が全盛の時代です。その時期にうみへび座銀河団を出た光が、現在、地球で観測されているのです。逆に、うみへび座銀河団に住んでいる宇宙人たちは、ジュラ紀の地球から出た光を、現在観測しているのです。彼らは、現在の地球には恐竜がいると判断してしまうのでしょうが、やむを得ません。

火の玉のなごりの電波は、宇宙誕生から約38万年後に発せられました。その時期に火の玉宇宙が透明になり、光が散乱されずに直進できるようになったのです。現在は、138億年かけて飛んできた138億年前の約0.3eVのエネルギーの光を見ることができます。どの方向を見ても約10万分の1の精度で絶対温度で約3度(マイナス270℃)なのです。宇宙誕生38万年でも、現在から見ると、138億年前の宇宙の地平線から飛んできているのです。138億年から38万年を引いても、近似として約138億年ですね。それは赤方偏移を受けて、現在は絶対温度3度の電波になっているのです。大事なことは、その方向から138億年かけて初めて宇宙の地平線の近辺(138億年マイナス38万年ですが)から地球にたどり着いたということです。一方、その反対からも、観測事実として、同じ絶対温度3度の電波がやって来ています。

ここで、不思議なことが起こっていることにお気付きでしょうか?

光の速度で飛んでも、今まで決して出会うことのなかった宇宙の端と反対側の端から138億年かけて飛んできた光の温度が同じということを言っているのです。反対方向の端から端までの距離を測ると、単純に138億光年の約2倍ということになります。宇宙の年齢は138億歳ですから、2倍の276億光年離れた場所の両者の光子は因果関係をもたないはずです。それなのに、地球で測定されたときに同じ温度になっているのです。この不思議な矛盾は「宇宙の地平線問題」と呼ばれます。


深刻な「平坦性問題

その他、ビッグバン宇宙モデルでは、宇宙が膨張するにつれ、宇宙の時空の曲がり具合(曲率)のエネルギーが支配的になるという理論予想があります。しかし、観測される宇宙の曲率のエネルギーがとても小さくて、現在の宇宙の曲率が平らすぎるという「平坦性問題」なども深刻な問題として知られています。

また、宇宙の温度ゆらぎの起源について、ビッグバンは何も教えてくれません。熱平衡の火の玉の中の粒子の統計的なゆらぎでは、約10万分の1という大きさのゆらぎはつくれないのです。もっと小さいものしかつくれません。

加えて、宇宙初期に素粒子論との大統一理論を適用すると、宇宙年齢10-³⁶秒(100京分の1秒の100京分の1)ぐらいのころに、モノポール(磁気単極子)と呼ばれる、とても重い磁石のような物体が大量につくられることが知られています。そのエネルギーは理論計算により、なんとダークマターの100兆倍以上多くなってしまって、現在の宇宙と矛盾してしまいます。

その場合、重力が強くなり、138億年よりもっと前につぶれてしまって人類は生まれないことになります。これは、「モノポール問題」と呼ばれます。

また、超対称性理論という新理論では、重力を媒介する重力子(グラビトン)の超対称性パートナーである、「グラビティーノ」という重い未発見の粒子の存在が予言されており、宇宙初期の火の玉の中でたくさんつくられるとされています。

超対称性理論は、そのように超対称性という、素粒子特有のスピンを入れ替える対称性をもつ未発見のパートナーがいると予言する理論です。グラビティーノはとても長寿命で、3分以上の寿命をもつ可能性があります。その場合、崩壊して高エネルギー光子を出してしまうことが予想されています。ちょうどビッグバン元素合成でヘリウムがつくられた後に崩壊するならば、高エネルギー光子がヘリウムを壊してしまい、観測と矛盾する危険性があります。これは「グラビティーノ問題」と呼ばれています。


「インフレーション」で問題解決!

実は、前述したビッグバン宇宙モデルの問題点、つまり、1. 地平線問題、2. 平坦性問題、3. 温度ゆらぎの起源、4. モノポール問題、5. グラビティーノ問題を解決する、新たな宇宙モデルの新しい機構が、インフレーションなのです。以下に、それについて紹介します。また、前述した宇宙創成時のインフレーションとは、エネルギースケールが違うことが観測的にわかっているので、ここで説明することは、おそらく2回目以降のインフレーションではなかろうかと考えられています。宇宙初期に加速的に膨張する時期、おそらく大統一が起こるエネルギー、1京GeV、つまり、温度に換算すると1京度の10兆倍ぐらいのエネルギースケールで、インフレーション期があったと仮定されます。その膨張のスピードはすさまじく、光の速さを超えるものだったとするのです。ビッグバンのときのように、時間の1/2乗に比例するなどという勢いではなく、膨張の速度が加速していく加速膨張を通じて急激に大きくなるのです。加速膨張の意味は、後に詳しく説明します。


ビッグバンの前の急激な膨張

そうした急激な加速膨張は、アインシュタイン博士が導入した宇宙項が定数であるときに起きることが知られています。それはアインシュタイン方程式の解の1つなのです。その宇宙項をつくっていると期待されているのが、未発見のスカラー場(もしくはスカラー粒子)です。これはヒッグス場のようにスピン0の場で、インフレーションを引き起こすという意味で、「インフラトン場」と呼ばれることもあります。すでに知られているスカラー場には、既出のヒッグス場がありますね。そのインフラトン場が一定のポテンシャルエネルギーをもつときに、宇宙項のような役割を演じます。

ポテンシャルエネルギーとは、素粒子の場の位置エネルギーに対応するエネルギーです。ポテンシャルエネルギーが高いほど、転がり落ちるときの運動エネルギーを大きくする「ポテンシャル」が高いと理解します。そのポテンシャルの高いところに乗っかって宇宙が始まった場合、インフレーションが自然と起こるのです。

加速的な急激な膨張と聞いても、すぐに思い浮かべることは難しいかもしれません。ビッグバン宇宙の膨張は、爆発的な膨張とも形容されますが、実はそこまで速くないのです。そう聞くと驚かれるかもしれませんね。ビッグバンの膨張の速度が速いといっても、その速度がどんどん遅くなる減速膨張であることが、フリードマン解など理論計算で明らかとなってきました。一方、加速膨張とは、膨張の速度がどんどん速くなっていく膨張なのです。もし、宇宙のエネルギー密度が宇宙定数のような一定のエネルギー密度に支配されたならば、前述のフリードマン方程式では、加速度が正となり、加速膨張を起こすのです。その膨張の様子は指数関数的膨張とも称されます。その様子を次に簡単に説明します。

例えば、そのときの宇宙年齢から、同じくらい宇宙年齢がたつと、宇宙の大きさが約2.7倍になるような膨張の仕方なのです。簡単にするために、次からは、きっちり2倍の場合を例として話します。さらに、最初から測って宇宙年齢の2倍たつと、宇宙の大きさは4倍になります。この性質をもつならば、宇宙年齢の10倍たつと1024倍、20倍たつと約100万倍、30倍たつと約10億倍になるというように、倍々ゲームのように急激に大きくなっていきます。これが指数関数的な、つまり加速的な膨張なのです。インフラトン場のポテンシャルエネルギーが一定の場合、そのエネルギーは宇宙定数とみなすことができます。

宇宙の温度が大統一理論のエネルギースケール(1京度の10兆倍)だったとき、宇宙の年齢は約10-³⁸秒、つまり、1000京分の1秒の1000京分の1でした。その約10-³⁸秒の間に、宇宙は約10²³倍、つまり1兆倍のさらに1000億倍ぐらいの大きさに膨張します。この数は、1センチメートルのビー玉が一瞬の間に銀河の大きさ(約10万光年)になるぐらいの急膨張であったことを示しています。


インフレーションはなぜ必要か

そのように、インフレーション前には温度が等しく絶対温度3度になるような条件をそろえた因果関係のある小さな領域が、インフレーションにより一気に地平線の外まで広がったと解釈するのです。その場合、インフレーション前にはそれぞれ近い領域でしたので、上記の因果関係を破るわけではありません。つまり、今まさに光が届こうとしている地平線とその反対側の地平線は、昔は同じ小さな領域の中だったと解釈されるのです。これで地平線問題は解決されます。

また、風船の例をもう一度思い出すと、そうした急膨張は丸まっている風船を一瞬で大きくして、その丸まり具合を伸ばして平らにするほどだったと考えられます。このようにして平坦性問題も解決されます。その一方、インフラトン場は素粒子なので、量子力学の不確定性原理に由来する「量子ゆらぎ」をもち得ます。大きな量子ゆらぎは、激しい膨張の最中に真空から生成されると考えられています。その量子ゆらぎが急激な膨張を受けて地平線の外まで引き伸ばされると、時間とともにゆらいでいたインフラトン場の量子ゆらぎは、地平線の外では、あたかも振動していないように見えるほど長い波長に伸ばされます。そのとき、時間とともに、ゆらぐという量子的な性質を失っていきます。

そうすると、元の振動の波長が凍りついたそのパターンは、場所ごとにゆらぐ、古典的な密度(曲率)ゆらぎとなります。インフレーションが終わり、インフラトン場が光子などに崩壊して火の玉宇宙(ビッグバン宇宙)をつくるわけですが、そのとき、火の玉の温度はその密度(曲率)ゆらぎに沿うようにゆらぎをもってつくられます。そして、その温度ゆらぎは、宇宙マイクロ波背景放射のゆらぎとして、今日、WMAP衛星やプランク衛星に観測されるのです。

加えて、インフレーション後に実現される、そうした火の玉の温度は、必ずしも大統一理論のエネルギースケール(1京度の10兆倍)に戻る必要はありません。この温度を再加熱温度と言います。インフレーションの前にも火の玉があったかもしれないので、再加熱と呼ばれます。インフラトン場の寿命が十分に長いなら、火の玉の再加熱温度は、大統一理論のエネルギースケールよりずっと低い温度になる可能性があります。その場合、モノポールをつくるだけのエネルギーが足りなくて、モノポールはつくられず、モノポール問題は解決されます。また、グラビティーノ問題についても、火の玉の温度が10万GeV以下、つまり100京度以下というさらに低い再加熱温度が実現されているならば、グラビティーノの量が十分につくられず、崩壊しても有意な量のヘリウムを壊さずにすむせいで、観測データに抵触しないのです。このように、低い再加熱温度の実現により、グラビティーノ問題が解決されるに違いないと理解されています。


・宇宙の運命を握る「ナゾの物質」ダークマター…最新研究から浮かび上がった「意外な正体」

※宇宙の運命を握るもの

本記事では、宇宙には見える物質のエネルギーより、ダークマター(暗黒物質)がその5倍近く多く存在し、その強力な重力により物質を引き寄せて、これまで多くの銀河がつくられてきたことを解説します。ダークマターが、銀河同士すらも引き寄せて、より大きな天体である銀河団や超銀河団をつくるなど、これまでに観測されている宇宙の大規模構造をつくってきたのです。

その一方、引力ではなく斥力をもつダークエネルギー(暗黒エネルギー)の量が徐々に増えてきて、ダークマターの3倍近くほどのエネルギーをもつに至り、現在の宇宙を加速膨張させ続けていることを紹介します。つまり、ダークエネルギーこそが、将来の宇宙の運命を握る、極めて重要な役割を担っているのです。

物質という言葉が意味するものは、さまざまな背景により、その定義が異なってきます。しかし、これまでの章で述べられてきたように、素粒子物理学では物質とは、主にクォークでつくられた陽子や中性子のような核子を指します。もしくは、その材料であるクォークやレプトンなどの素粒子を指す場合が多いようです。

核子は3個のクォークでつくられています。陽子はアップクォーク2個と、ダウンクォーク1個です。核子が集まって原子核をつくり、原子核に電子が捕られて原子がつくられます。原子が組み合わさったものが分子ですね。私たちの体は原子・分子からできていますが、最小の単位という意味で、クォークからできていると言っても過言ではないでしょう。この、クォークつまり核子からつくられた物質は、「バリオン物質」と呼ばれます。バリオン物質は光を散乱するので、目に見える物質です。これまで述べてきた反物質も、「反」と付いていますが、核子からつくられているのでバリオン物質であり、目に見える物質です。

実は、宇宙全体の進化を研究する学問である宇宙論では、宇宙の膨張に与える影響の性質から、物質を定義します。それは、宇宙の体積が2倍になればその密度は半分になる、そのようなエネルギー状態をすべて物質と呼ぶことにする、という定義です。ここでいう密度とは、数の密度でもよいですし、質量、もしくはエネルギー密度でも同じ意味となります。質量密度とは、アインシュタインの相対性理論ではエネルギー密度と同じ意味なのです。

見える物質であるバリオン物質は、当然、宇宙論の定義でも物質です。そしてこの宇宙論の定義に従うと、物質とは、バリオン物質である必要すらないのです。


ダークマターは存在する

次に、見えない物質、ダークマターが存在するという話をします。ダークマターが物質と呼ばれるためには、光のように速いスピードで飛び回ってもいけません。速度が遅い(エネルギーが低い)という意味で、冷たい(コールド)ダークマターと呼ばれることもあります。見えない物質、ダークマターが存在すると信じるに足る、科学的な宇宙観測について3点紹介します。1. 銀河の回転曲線、2. 衝突する銀河団の重力レンズ効果、3. 宇宙の大規模構造の種です。

1つ目は、他の銀河内の天体の運動に関する観測によるものです。ここで天体の運動とは、恒星やガスの塊の領域が、銀河の中心を円盤状に回っている回転運動のことを指します。

ここで先に、われわれの太陽系内の惑星の運動を復習しておきましょう。太陽系の形成の起源を考えれば明らかなように、太陽系内の惑星の運動は太陽という恒星の重力のみが主に支配していて、太陽の周りを惑星がそれぞれの公転周期で回っています。例えば、地球が1年で回るのに対し、最も太陽に近い水星は約90日、最も太陽から遠い海王星は約160年など、その周期はさまざまです。

公転軌道の円周の長さも違うのですが、その回転の速度もそれぞれ異なっています。観測により、地球が秒速約30キロメートルで公転しているのに比べ、水星は地球よりも速くて秒速約47キロメートル、海王星は地球よりずっと遅くて秒速約5.4キロメートルです。ニュートンの法則から導出された運動方程式によると、速度は太陽の質量の平方根に比例し、それぞれの惑星の質量に無関係で、太陽からの距離の平方根に反比例するという関係にぴったり合っています。

ところが驚くことに、他の銀河の円盤全体の回転の速さを測定したところ、中心からの距離に関係なく、ほぼ一定だったのです。この半径ごとの速度は「回転曲線」と呼ばれます。これは、太陽系のような惑星の重力が支配的な小さな領域と、銀河全体の大きな領域とではまったく状況が異なることを示しています。

この、銀河の回転曲線(半径ごとの回転の速度)が半径を変えても一定という不思議な現象は、実はダークマターを導入すると解決されるのです。これまでは、銀河の光っている円盤部分のみに着目して、太陽系の惑星の運動のような計算をしていたため、誤っていたのです。光っている円盤部分すら十分に覆い隠すほどのダークマターがつくる球対称の分布を仮定するのです。

その場合、そのハローとも呼ばれる球対称のダークマター分布が、円盤部分の物質の重力源を上回り、むしろ支配的な重力源になります。そして、ニュートンの運動方程式により計算すると、この回転曲線がちょうど一定になるという、一見、非自明な性質が導かれます。1980年にアメリカのヴェラ・ルービン博士らが、銀河中を回転する水素ガスが放出する21センチメートル線(波長が21センチメートルの特殊な電波)の観測から、この回転曲線がダークマターの存在により説明できることを論文として発表しました。銀河の回転曲線は、非常に決定的なダークマターの証拠となっています。


「弾丸銀河団」に残された証拠

2つ目は、弾丸銀河団と名付けられた、衝突する2つの銀河団の観測によるものです。2つの銀河団には、バリオン物質が含まれているので、それらが衝突してX線を出して光ります。その画像から銀河団の位置がわかります。

ところが、重力レンズ効果という別の方法で2つの銀河団の位置を測定したところ、衝突せずにすり抜けている成分がとても多いという結果となりました。重力レンズとは、重い天体の周りでは、一般相対性理論の効果により空間が曲げられ、光が直進できずにレンズとなる天体を中心に集光される現象です。弾丸銀河団の背後にある天体から出た光は、弾丸銀河団の重力レンズ効果によって曲げられます。そこで、背後の天体から出た光を逆算して、弾丸銀河団の質量成分の空間的な分布の画像をつくったのです。その結果、バリオン物質とは異なり、お互いに衝突せずにすり抜けている物質の存在が描き出されました。これは、ダークマターが存在する証拠です。

3つ目は、本章のテーマでもある、宇宙の大規模構造の種としての役割です。宇宙の始まりにおいて、銀河がなかった状態から、太陽質量の約1兆倍もの重さの銀河がつくられるためには、その種となる、密度が濃い(高い)領域が必要です。そうした空間的な密度の濃い薄いは、「密度ゆらぎ」と呼ばれます。元はインフラトン場の量子ゆらぎだったものが、インフレーションを経て、密度ゆらぎとなりました。最初に密度が高いところには、重力により、どんどん物質が集まってきて、どんどん密度が高くなっていきます。逆に、最初に密度が薄い(低い)ところは、どんどん密度が低くなっていきます。このように一方向にどんどん進んでしまうことは、不安定性と呼ばれます。重力の不安定性により、宇宙年齢をかけて、大きく重い銀河がつくられるのです。先に紹介した銀河団は、その銀河が重力で集まった天体、銀河団が重力で集まった天体が超銀河団です。

ところが、宇宙の進化において、質量を担う物質が、見える物質、つまりバリオン物質だけしか存在しなかった場合、大変な問題を引き起こします。見えるということは、光を出したり、光と散乱したりするという意味です。宇宙の火の玉の中で、光とバリオン物質だけがゆらぎをもっていたのであれば、それらは激しく散乱して、それぞれがもっている密度ゆらぎをならして平均化してしまいます。その結果、密度ゆらぎがなくなってしまい、大きく重い銀河がつくられないという問題を引き起こします。これを防ぐためにも、光と散乱しない、つまり見えない物質であるダークマターが必要不可欠なのです。ダークマターの密度ゆらぎの大きいところに、見える物質がどんどん落ち込んでいって、銀河をつくります。最近の理論と観測との進展から、ダークマターは見える物質の約5倍の量で存在しないと観測と合わないことがわかってきました。


未知の素粒子か、原始ブラックホールか?

ダークマターとは、いったい何なのでしょうか。実は宇宙と素粒子の研究の業界では、ものすごくホットなトピックとして、数十年もの歳月を要して活発な議論が行われてきています。

先の議論のように、すでに見える物質は除外されています。赤色矮星や褐色矮星のような発見されていない小さな恒星が大量にあるという可能性はどうでしょうか。それらは見える物質(バリオン物質)なので、上記の構造形成における、ゆらぎをならしてしまうというネガティブな効果によって候補となりません。同じ理由により、恒星が最期を迎えたときに形成される天体、例えば、中性子星や白色矮星なども、元はバリオン物質でしたから、ダークマターとはなり得ません。重い恒星がつぶれてつくられる天体起源のブラックホールも、同じ理由で駄目なのです。銀河・クェーサー・活動銀河核などの中心に鎮座する約数十億太陽質量にも上る超巨大ブラックホールの質量を足し挙げても、ダークマターの0.1%程度にしかならないことも、観測から明らかになってきました。

長年、候補かもしれないと考えられてきたニュートリノも、条件を満たしません。宇宙に満ち満ちている火の玉のなごりである3世代(電子、ミュー、タウ)存在する宇宙背景ニュートリノは、数はとても多いのですが、個々の質量が小さいために、ダークマターとはならないことが判明してきました。

スーパーカミオカンデでニュートリノの質量の存在自体が発見され、梶田隆章博士がノーベル物理学賞を受賞しましたが、皮肉にもダークマターとなるには量が足りなかったのです。ニュートリノの質量は、最新の宇宙マイクロ波背景放射などの観測から多めに見積もっても約0.1eVです。1eVは1gの約1033分の1、つまり1兆分の1の1兆分の1の10億分の1です。

その軽いニュートリノは、スピンと呼ばれる自転に相当する性質が、左巻きであることがわかっています。左巻きという性質は、左回転という意味なのですが、地球の自転のように下から見たら逆回転に見えるような本当の回転とは異なり、概念的に名付けられただけのものです。

理論的に予言される筆者お薦めのダークマター候補は、次の4つです。1. WIMP、2. アクシオン、3. 原始ブラックホール、4. 右巻きニュートリノ。他にも、それこそ山のように候補はあるのですが、近い将来に決着がつきそうな候補という観点から、筆者の独断で4つ選びました。それらの性質の違いなどと、どうやって検証するのかについてのアイデアは、次回の記事で説明します。


・「ナゾの物質」ダークマターの正体がついに明らかに…?「最有力候補」を科学的検証とともに一挙解説!

※どうやってダークマターを見つけるのか

先の記事で、理論的に予言されるダークマターの有力候補について、ちょっとだけご紹介しました。本記事では、それぞれについて詳しく説明してみたいと思います。

最も有力な候補と目されているのは、WIMPと呼ばれる未発見の素粒子です。「弱い相互作用をする重い粒子」という意味の英語の頭文字を取って、そうした性質をもつ粒子の総称として名付けられました。重さは、陽子の100倍(約100GeV)程度以上です。他の粒子との相互作用が弱すぎて散乱の頻度が低くて見つけられない粒子なのです。英語の単語wimp自体が弱虫という意味なので、名は体を表していますね。具体的な粒子としては、まだ仮説である超対称性理論に現れる光子、もしくは、Z粒子かヒッグス粒子の相棒の総称であるニュートラリーノが、WIMPの候補として注目されています。

ニュートラリーノの見つけ方は単純です。キセノン原子などの重い原子核を数トンも用意して、ニュートラリーノがぶつかってくるのを待つ方法が、最も有力とされています。キセノン原子の中の陽子や中性子との相互作用は弱いのですが、大量にキセノンを用意すれば、確率が上がって、直接検出できるという考え方です。しかし、これまでにニュートラリーノが確実に発見された、とする報告はありません。また、高エネルギー加速器研究機構(KEK)も参加するスイス・ジュネーブにある欧州合同原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)での加速器実験でニュートラリーノがつくられると期待されていたのですが、見つかりませんでした。

その一方、宇宙観測を用いるアイデアもあります。銀河の中心など、ダークマターの密度が濃いところで、ダークマター同士がお互いに衝突して対消滅することが期待されています。対消滅した後、ニュートラリーノならば、光や電子、クォークなど見える粒子を対生成によりつくることが理論的に予想されています。そうした2次的につくられた見える粒子を検出し、間接的にWIMPを検出するのです。現在の理解では、質量が約100GeVよりずっと重いせいで、数も少なく衝突頻度が低いのではないかという解釈がなされています。今後、ターゲットの原子の量を多くする、もしくは、検出器の感度を高めるなど装置の改良を重ねて、将来的に検出されることが期待されています。


「光の親戚」アクシオン

次の候補はアクシオンという、これまた光の親戚のような新粒子です。

もともとは、前述されたグルーオンとクォークの間の強い相互作用において、実験データと合うようにCP対称性の保存則を保つべし、という理論的要求から、その存在が予言された粒子です。アクシオンがなければ、CP非保存となってしまい、実験と矛盾します。アクシオンは強い磁石がつくる磁場の下で光子に変身するという性質をもちます。この性質を用いて、地球の周りに大量に存在しているアクシオンや、太陽の中の散乱で新しくつくられて地球に向かって飛んできているアクシオンが、磁場の下で光子に変換される様子を観測しています。アクシオンは、典型的に約1eVの質量をもつと期待されています。はmicro(マイクロ)で100万分の1を表します。しかし、依然として未発見で、現在の検出器の感度では足りないのではないかと解釈されています。

もしくは、前述の強い相互作用におけるCP非保存と無関係なアクシオンに似た粒子、アクシオン・ライク・パーティクル(ALP)がダークマターになっている可能性すら、活発に検討され始めています。ALPの場合は、これまでの実験では見つからないため、新しい地上もしくは宇宙での実験が数々提案されてきています。KEKのBelle II 実験では、電子と陽電子を衝突させて、数十GeVの質量をもつALPをはじめとする、典型的なWIMPより軽いダークマター候補の痕跡を探る解析も並行して行われています。

KEKも参加する日本の大型低温重力波望遠鏡KAGRA実験では、アメリカのLIGOとイタリアのVirgoという重力波検出器との共同で、重力波のデータを解析しています。KAGRA等に取り付けた検出器内のレーザーの偏光について、ALPの存在によりその偏光面が回転してしまうという性質があります。この性質を用いてALPを検出できる可能性があります。


原始ブラックホール

3つ目の候補は、筆者の推しダークマターである原始ブラックホールです。通常のブラックホールが重い恒星の最期につぶれてつくられる天体であるのと異なり、原始ブラックホールは宇宙初期に密度ゆらぎが極めて大きな部分がつぶれることで生成されます。見える物質からつくられたのではなく、火の玉の放射がつぶれてつくられたブラックホールなのです。通常のブラックホールの重さは、およそ太陽質量以上、つまり約100京トンの10億倍以上です。それに対し、原始ブラックホールがダークマターになる場合の重さは、約1000億トンから約10京トンの間と予想されています。つまり、太陽質量より桁違いに軽いのです。

これは筆者の研究で示したことなのですが、もし原始ブラックホールが約1000億トンより軽い場合、ホーキング輻射として知られているように、ガンマ線の熱輻射を出して蒸発してしまい、現在のガンマ線の観測で蒸発する様子が見えるはずです。しかし、これまでの観測からそうした現象は見られないので、原始ブラックホールがダークマターになっているなら、もっと重くないといけないということになります。

その一方、重さが約10京トンより重い場合というのは、すばる望遠鏡の観測により否定されてしまいます。すばる望遠鏡でアンドロメダ銀河の恒星をずっと観測していると、その恒星の前を原始ブラックホールが通り過ぎる場合があります。そのとき、原始ブラックホールによる重力レンズ効果で、恒星の明るさが増光することが期待されていました。しかし、実際は観測されなかったことから、重さ約10京トン以上の原始ブラックホールを完全に否定してしまいました。

将来、ガンマ線観測の感度が上がれば、残っている質量領域である、約1000億トンより重く、約10京トンより軽い原始ブラックホールが、ゆっくりと蒸発する様子が観測されるかもしれません。また、原始ブラックホールをつくる密度ゆらぎは、同時に非線形重力波をつくることが知られています。将来の感度の高い、レーザー干渉計宇宙アンテナLISAや0.1ヘルツ帯干渉計型重力波天文台DECIGOなど人工衛星での重力波観測で、その非線形重力波を観測できれば、原始ブラックホールのダークマター説が検証される可能性があります。


右巻きニュートリノ

4つ目の候補は、未発見の右巻きニュートリノです。

その質量についての条件として、すでに検出されている左巻きニュートリノの質量の30倍程度あれば、質量だけなら、ダークマターに十分足りるのです。しかし、その程度だと軽すぎて光のように飛び回るせいで、銀河をダークマターとしてつなぎ止められません。つまり、「冷たいダークマター」とはなりません。

要求される条件は、左巻きニュートリノの数万倍以上の重さ、つまり、数千eVの質量をもつ必要があります。重い右巻きニュートリノは、X線光子を出して崩壊することが理論的に予言されています。その光子を検出できれば、右巻きニュートリノがダークマターであると確定する可能性があります。また、大強度陽子加速器施設J‐PARCでのニュートリノ振動実験T2Kなどでは、ニュートリノが右巻きニュートリノに崩壊もしくは振動する痕跡も探っています。

KEKが参加するLiteBIRD衛星実験では、将来得られる詳細な宇宙マイクロ波背景放射の偏光のデータから、右巻きニュートリノダークマターを検出する可能性があります。


・このまま膨張し続けたら、宇宙はどうなってしまうのか…「最悪のシナリオ」と「人類に残された希望

※宇宙全体の70%を占めるダークエネルギー

前の記事で述べたように、ダークエネルギーもしくは宇宙定数が現在の宇宙に占める割合は、観測から約70%です。このダークエネルギーの多さが、インフレーションと同様に、現在の宇宙で、宇宙の加速膨張を引き起こしています。

Ia型と呼ばれる超新星爆発からの光を観測すると、宇宙の大きさが1/3から1/2の昔と比べて、現在の宇宙年齢に近づけば近づくほど、加速膨張がどんどん激しくなってきていることがわかってきました。Ia型とは、恒星の終末期の1つの姿である白色矮星にガスが降り積もって臨界質量を超えることで爆発するタイプの超新星爆発です。1998年に同時に発表された宇宙の加速膨張を示す観測データの業績により、アメリカのソール・パールムッター博士たちと、オーストラリアのブライアン・シュミット博士とアメリカのアダム・リース博士たちの2つのグループに2011年、ノーベル物理学賞が与えられました。

ダークエネルギーは、現在では宇宙全体のエネルギーの70%と、大きな量となっています。しかし、本当に定数であることを仮定するならば、宇宙が生まれた宇宙初期では、ものすごく小さな量だったことを意味します。宇宙が始まったときに、なんらかの物理過程により、この小さな種が仕込まれたのではないかと考えられています。また、近い将来、ダークエネルギーが宇宙のエネルギーの100%を占めるようになり、完全に支配的になると予想されています。しかし、その小ささの起源は、現代物理学では説明できません。未解決であり、新しい物理学の理論の発見が必要だと考えられています。この章の最後に、唯一あり得る科学的ではない解決方法である、人間原理での解決方法を解説します。人間原理は、人間の存在がこの宇宙の性質を決めているかもしれないという不思議な概念です。


宇宙は再び加速膨張期を迎えた

宇宙が誕生したエネルギーとされるプランク(質量)スケール(約1000京GeV)から、宇宙はさまざまな相転移を経験して、その相を変えてきました。それを水の3相に例えるならば、水蒸気、水、氷というように、温度が低くなるにつれて、エネルギーのより低い、まったく異なる相に変わってきたというものです。それらの相とは、大統一理論の相転移(1京GeV)、電弱相転移(100GeV)、量子色力学の相転移(100MeV)などです。その一方、ダークエネルギーのエネルギースケールは、0.002eVで、最も低いエネルギー状態の真空だと理解されています。この、ダークエネルギーのスケール(0.002eV)だけは、現在の物理学では説明できません。以下に説明するように、その数字をもつ物理量が存在しないのです。

大統一理論が正しいかどうかは、まだ実験では検証されていませんが、理論の整合性だけから、その存在の確からしさが予言されています。大統一理論の相転移後、1京GeVのエネルギースケールの真空のエネルギーが残っている可能性があります。また、電弱相転移を引き起こすヒッグス粒子は、2012年にCERNのLHC実験により発見されました。2013年にヒッグス粒子の存在を予言した2人の理論家、ヒッグス博士とアングレール博士にノーベル物理学賞が贈られています。電弱相転移により、100GeV程度の真空のエネルギーが残っている可能性があります。加えて、温度1兆度(100MeV)の火の玉宇宙の中で、大量のクォーク・反クォークが一斉に対消滅するうちに、約10億分の1個だけが陽子や中性子などの核子として残ります。この量子色力学の相転移の真空のエネルギーは、約100MeVのエネルギースケールだと考えられています。

つまり、現在の物理学における素粒子の標準理論では、ダークエネルギーのエネルギースケールの約0.002eVで起こる相転移は知られていません。約0.002eVのスケールの真空のエネルギーは、現在の物理学では理論的に説明不可能なのです。これは、重力を修正するようなエキゾチックなモデルを考えたとしても、加えてそのエネルギースケールをさらに仮定しなければならないことに変わりはありません。このことは、未発見の新しい物理法則の存在を予感させます。

その真空のエネルギーが支配的になりエネルギー密度が近似的に一定になると、アインシュタイン博士が唱えた宇宙項、つまり宇宙定数とまったく同じ働きをします。宇宙定数を含む、もっと広い概念としてダークエネルギーという、完全に定数でなくても緩やかな変化であればよいという考え方も、観測からは否定されていません。第7章で説明した通り、宇宙定数つまりダークエネルギーが支配的になると、宇宙の大きさは倍々ゲームのように再び加速膨張により時間発展していきます。


ダークエネルギーとは何か?

宇宙定数を素粒子論の言葉で表現するなら、未知のスカラー場が、そのポテンシャルエネルギーの底に落ち着いている状況だと考えられています。ポテンシャルエネルギーとは、スカラー場が固有にもつ位置エネルギーのようなエネルギーのことで、低いエネルギー状態に行けば行くほど安定であることを意味します。ダークエネルギーとなる未知のスカラー場の正体は、実験的にも、観測的にも、まったく明らかになっていません。そのため理論上は、その存在を仮定して宇宙モデルをつくることになります。

ここでは、ダークエネルギーとなるスカラー場を「φ」と呼びましょう。このφのポテンシャルエネルギーの底のエネルギー密度の大きさが、重要なのです。エネルギースケールでは、約0.002eVです。ポテンシャルエネルギーもしくは、エネルギー密度で表すならば、約0.002eVの4乗、つまり約16eV⁴の1兆分の1となります。もっと想像をたくましくした場合、必ずしも、現在ポテンシャルエネルギーの底に落ち着いていなくてもよいという考え方も可能となります。つまり、ポテンシャルエネルギーの底では、特別なエネルギースケールなどはなくて、エネルギー密度は確かにゼロとするのです。

しかし、将来そこに落ち着けばよいと考えて、今はポテンシャルの途中をゆっくり転がり落ちていると解釈するのです。つまり、宇宙定数ではなく、動いているダークエネルギーというより広い概念を導入することになります。そして0.002eVの4乗は、ゼロに向かう過渡期のポテンシャルエネルギーの値と解釈します。そうすれば、現在の宇宙が偶然、このエネルギースケールをとっているだけで、新しいエネルギースケールを説明しなくてもよいという解釈となります。このスカラー場は、光子、ニュートリノ、バリオン物質、ダークマターとも違う、第5の成分という意味で「クインテッセンスモデル」とも呼ばれます。

そして、そのゆっくり動く度合いは、理論と観測から厳しい制限を受けます。ポテンシャルの式中にφの逆べき、1/φの項が現れる理論モデルの場合、宇宙膨張からくる摩擦力とポテンシャルを落ちていく力が釣り合ってゆっくり転がるモデルとなります。そのため、最も無理のない自然なモデルだと考えられました。これを「トラッカー場モデル」と呼びます。

しかし、最新の観測より、トラッカー場モデルは、ファイが速く動きすぎるとして棄却されました。現在では、その真空に落ち着く直前(フリージング)か、別の真空から動き始める瞬間(ソーイング)かの、2つのモデルが観測から許されています。

これまで、スカラー場のモデルと書いてきましたが、理論的には何一つ確定していません。強いて候補を挙げるなら、前述の軽いALP(正確な分類では、スピンの場ですが、鏡に映す変換により場の値の符号がマイナスになる擬スカラー場です)のような量子場かもしれません。しかし、その約0.002eVというエネルギースケールをもつポテンシャルについては、第一原理から導かれるわけではなく、仮定するしか、現在は方法がありません。前述のALPでも、理論的にはそのエネルギースケールが必然ではありません。また、繰り返しますが、重力を修正したとしても、このエネルギースケールのエネルギー密度を第一原理から自然に導出するわけではないので、さらにエネルギースケール自体について仮定を追加する必要があるというのが現状です。つまり、重力を修正しても解決されていないのです。


宇宙の未来

次に、最低限の仮定の下、このままダークエネルギーのエネルギー密度がほぼ定数だとして、この宇宙の未来がどうなっていくのかを見ていきます。現代物理学の知識で予想する、標準的な宇宙の運命は以下のようです。

まず、このまま加速膨張が続けば、基本的に銀河団に属していない銀河と銀河の間の距離は遠ざかり、宇宙は、どんどん空っぽになってしまいます。約40億年後、われわれの銀河とアンドロメダ銀河が合体します。形成される超巨大銀河には「ミルコメダ」という名前がすでに付けられています。約50億年後、太陽が死を迎えます。そのとき、地球は肥大した太陽に飲み込まれるという説と、地球の公転軌道が広がって飲み込まれないという2つの説が唱えられています。いずれにしても人類は、そのままでは生き延びることは不可能でしょう。

約1400億年後、ミルコメダは、激しい加速膨張で独りぼっちの銀河となります。約1兆年後、われわれの銀河にある一番の長寿命の恒星である赤色矮星まで、すべての恒星が燃え尽きます。約1000京年後、すべての銀河はブラックホールだらけになります。

約10³⁴年後、つまり、約1000京年の1000兆倍後、大統一理論の予言により、宇宙のすべての陽子が陽電子などに崩壊します。原子や分子などの普通の物質はなくなることになります。そして、約10⁸³年後、つまり約1000京年の1000京倍の1000京倍の1000京倍の1000万倍後、それぞれの銀河の中心にある超巨大ブラックホールが蒸発します。それ以後、天体と呼ぶことのできる物体は、宇宙から消え去るでしょう。

さらに仮定することを増やすと、ダークエネルギーが時間とともにより多くなるエキゾチックなモデルで、ビッグリップと呼ばれるより激しい加速膨張によって未来にすべての天体が引き裂かれることを提案した研究者もいます。このシナリオはとても刺激的ですが、その理論を示唆する観測・実験結果は今のところ得られていません。


残された大問題

これまで、真空のエネルギースケール約0.002eVを説明する物理法則を探ることが、ダークエネルギー問題の科学的な解決であることを説明してきました。つまり、現在の宇宙は、なぜ放射(約0.01%)、見える物質(約5%)、ダークマター(約25%)、ダークエネルギー(約70%)と、すべての成分が数桁の範囲でだいたい同じ程度のエネルギー密度なのか? そして、ダークエネルギーの量は、定数だというのに、なぜ、理論物理の知られているあらゆるスケールと比べてこんなに小さいのか? という問題でした。その小ささには、大変なチューニングが必要で、その値がもし約1000倍でも大きい宇宙だったら、宇宙はもっと早くに速く膨張してしまい、銀河はできないし地球は生まれないことからも、極めて深刻であることがわかります。

実は、物理学ではなく、哲学的にこの問題を解く試みがあります。それが、フランスの哲学者ルネ・デカルト博士が提唱した「我思う、故に我あり」という考え方を人間原理に適用したものです。それを、宇宙論の文脈で言い換えると、「宇宙の法則がこうなっているからこそ、この問いを発する人間が(必然として)生まれてきたという原理」などとなります。「必然として」を入れると、強い人間原理と呼ばれます。われわれは、ダークエネルギー(宇宙定数)が小さい宇宙に住んでいます。実際、観測される約1meVのスケールから、自然なスケールである1TeVまでが約15桁、その4乗の約60桁も小さいのです。この60桁というずれの程度は、理論的に説明するためには、ゼロ点からのずれ具合がすさまじく小さい数を仮定してチューニングしなければならないことを意味します。

その異常さを、標準理論を例にとって見てみます。標準理論にも、さまざまな質量が現れます。しかし、例えば、ヒッグス粒子の質量のスケール(約100GeV)から、一番軽い素粒子である電子の質量のスケール(約500KeV)までの、そのずれ方は大きく見積もっても6桁くらいに収まっているのです。多くの素粒子物理学者は、この6桁くらいのずれ方はなんらかの理由により説明できると考えています。そのため、この6桁のずれ程度ならば、普段、標準理論のほころびだとはそれほど思っていないように思います。筆者が発表した理論モデルの1つに、ニュートリノ質量(単位meV)の4乗がダークエネルギーのエネルギー密度になるかもしれない、というものがあります。しかし正直に申し上げて、この場合でもスケールを手で置いているという範疇を出ないものです。将来の観測で筆者のモデルが正しいと証明されるか、それとも棄却されるか、個人的には楽しみにしています。ぜひ、若い方々も、この問題に科学で真っ向からトライしてみてください。

宇宙は唯一ではないとするマルチバースの考え方を採用するならば、われわれの宇宙は、唯一の宇宙ではなく、それこそ天文学的な大きな数字の数だけ生まれた宇宙の中のただの1つにすぎないのかもしれません。そして、それぞれの宇宙は、物理法則が違っている可能性すらあります。宇宙定数が約60桁小さい宇宙も、確率的には有り得ないほど低くても、天文学的数字のマルチバースの中では、偶然に、たった1つでも誕生する可能性があるかもしれません。そして、その宇宙は人間が生まれる条件が整っているのです。その場合、人間が生まれる条件に合った宇宙だけに、人間が生まれただけにすぎないのかもしれないのです。そして、その人間が、自分たちの宇宙は「なぜ、こんなにも自分たちに都合がよくできているのか?(宇宙定数が小さくなっているのか?)」という疑問を発しているという解決方法なのです。

このように、「宇宙定数問題」または「ダークエネルギー問題」を人間原理で解決する場合、驚くことに人間の存在が、その宇宙全体の性質を決めてしまっていることになってしまいます。つまり、人間が住む宇宙のみ人間に観測され得ると言っているのです。

人類は、古来より信じられてきた天動説を捨て、精密な観測データの蓄積により得られたコペルニクス原理を採用し、地動説を信じるようになってきました。さらに、宇宙は一様で等方だとする宇宙原理を信じて、われわれの銀河や太陽系が特別な場所ではないと受け入れてきたのです。現代の人類が、より観測技術が進んだことにより、われわれの住んでいる宇宙は例外的な宇宙だったと受け入れなければならない状況になってきているのは、大変皮肉なことです。

説明なしの原理の導入は、その背後に隠れているかもしれない未発見の物理法則の探究を止めてしまう可能性があるのですが、現在、エキゾチックな宇宙モデルを仮定する以外には、人間原理による解決方法しかあり得ないようにも思えます。しかし、科学的な問題に人間原理を適用することは、最終手段として取っておくべきものだと思われます。

つまり、これまで解決不可能とされてきた問題に対して、新しい物理学の法則を見つけることこそ、科学による勝利なのです。繰り返しますが、ダークエネルギー問題は、今のところ人間原理の適用以外に解く方法がないように見え、人間原理を適用する最初の例になるかもしれないという大変に面白い問題と言えるでしょう。人類は、宇宙誕生の秘密に迫る、最も根本的な科学の問題に直面しているのかもしれませんね。