・いったい、どのようにこの宇宙は誕生したのか…最新研究から見えてきた「驚きの仮説」

高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所

※138億年前、点にも満たない極小のエネルギーの塊からこの宇宙は誕生した。そこから物質、地球、生命が生まれ、私たちの存在に至る。しかし、ふと冷静になって考えると、誰も見たことがない「宇宙の起源」をどのように解明するというのか、という疑問がわかないだろうか?

本連載では、第一線の研究者たちが基礎から最先端までを徹底的に解説した『宇宙と物質の起源』より、宇宙の大いなる謎解きにご案内しよう。

本記事は、高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所・編『宇宙と物質の起源「見えない世界」を理解する』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。


※私たちはどこからやってきたのか?

私たちを含むすべての物質の起源、またそれらをすべて包括する宇宙の起源は、おそらく人類が自分と自分以外の関係を考え始めたときから、ずっと大きな関心事であったと思われます。

その記録は、古代ギリシャにさかのぼります。紀元前600年ごろには、ギリシャ七賢人の一人とされる哲学者タレスが、万物の根源、アルケーの存在を考え始めました。その後、すべての物質を、火、水、土、空気という4つの元素が愛という引力と憎しみという斥力で離合集散した結果として考える、哲学者エンペドクレス(紀元前450年ごろ)が現れました。中国でもすべての物質は5つの要素からなるという五行説が生まれるなど、一見複雑に見える世界が少ない要素から成り立っているのではないかという思索が、世界のあちこちに現れるようになりました。

この純粋な思考のみに基づく推論、時に詩的とも思える自然観は、その後、約2000年の時間をかけて、実験という「再現できる事実」に裏付けられ、数学という「普遍的な論理」に支えられた、「素粒子標準理論」として結実することになりました。

この理論では、この宇宙に存在するすべての物質が6種類のクォークと6種類のレプトンから成り立っていて、それらの間に働く力はゲージ原理という数学的構造に基づいている、と理解されています。この理論に結び付く電子や原子核の発見が19世紀末から20世紀初頭にあり、同じ20世紀の後半には「標準理論」という包括的な理論に到達したことは、知識や技術の進歩が指数関数的に加速して進むことを示していると言えるのではないでしょうか。

近代の科学の進展が明らかにしたのは、この宇宙が138億年前に点にも満たない極小のエネルギーの塊から生まれたこと、その塊から私たちが生まれるまでには数々の偶然が重なっているらしいことです。


138億年分の「宇宙カレンダー」が教えてくれること

138億年という長大な時間スケールを理解するために、私たちはよく「宇宙カレンダー」を用います(図:宇宙カレンダー)。



これは、宇宙開闢の瞬間を元日の午前0時、現在を大みそかの真夜中午後11時59分59秒に設定して、138億年の宇宙の歴史を慣れ親しんでいるカレンダーの1年間に圧縮して対応させたものです。

宇宙カレンダーの1日は宇宙の歴史の3781万年に対応するので、例えば今から45.7億年前に起こった太陽系の形成は、大みそかより120日前、つまり9月2日未明の出来事になります。その日の夜(45.4億年前)には地球が生まれて、やがて海ができ、まもなく地球上に最初の生命が生まれた、と考えることができます。地磁気が形成されて宇宙から降り注ぐ放射線から生命が守られる状態がつくられたのが、海洋形成の少し前の9月11日(42億年前)。やがて光合成によって酸素をつくり出すシアノバクテリアも生まれました。

地球全体が氷に覆われた全球凍結(スノーボールアース)は11月1日と12月13日、14日の3度あったと考えられています。12月18日(5億2500万年前)にはカンブリア大爆発と呼ばれる生物の種類の爆発的な増加があり、大型の生物が生まれるようになりました。その後に隆盛を極めた恐竜は、12月30日の早朝6時5分(6600万年前)に絶滅しました。私たちを含むホモ・サピエンスの登場は、除夜の鐘が鳴る大みそかの23時48分(31.5万年前)ということになります。

この「宇宙カレンダー」を用いると、全球凍結が日本で寒くなる時期に当たるので妙に納得したり、宇宙の膨張が加速に転じる約60億年前(7月26日)を夏の始まりの高揚感と結び付けたり、また、海洋の形成を厳しい残暑の疲労感と結び付けるなど、間違った印象を与えかねないのですが、138億年という圧倒的に長い時間を、全体を通して見渡している気分になれるという点は大きな効用だと言えます。


・そもそも、この世界は何からできているのか…2000年以上に及ぶ大論争の末、ついに人類が気づいた「意外すぎる答え」

※宇宙は何でできているのだろう?

「宇宙は何でできているのだろう?」。この根源的な疑問に、大昔からたくさんの人が思いを巡らせました。

古代ギリシャの哲学者たちは、この宇宙、つまり太陽や地球といったものが、何でできているのかを考えました。この宇宙は、火、水、土、空気でできていると考えた人もいましたし、どんどんと細かくしていくと、これ以上分割できないとても細かい粒に行きつくはずだと考えた人たちもいました。

中でも古代ギリシャの哲学者デモクリトスは、この宇宙にあるものはとても細かい粒でできていると考え、これ以上分割できない粒のことを「アトム」と名付けました。このアトムは、私たちが今、「原子」と呼んでいるものとは違い、彼の頭の中だけで考えられたものです。古代ギリシャ人には、ものをこれ以上分割できなくなるまで細かくしていく技術はなかったので、彼の頭の中だけでそう考え、信じたにすぎませんでした。

宇宙は何でできているのかという問題は、長い間、解決しないままでした。考えることはしてきたのですが、これ以上分割できない粒があったとしても小さすぎて実際に見ることができず、答えを決めることができませんでした。


そこに、画期的な仮説が登場…!

19世紀の初めに、イギリスの科学者ジョン・ドルトン博士が登場します。彼は、気体が小さな粒子でできていると考えれば気体の化学反応をうまく説明できることに気付き、「ものは原子でできている」と主張しました。

ただし、ドルトン博士も実際に原子を見たわけではありません。化学反応を考える単位として原子という考え方を取り入れると、化学反応の前後で重さが変わらない理由や反応の前後の量を説明できるので、原子があることにしようという「原子仮説」でした。

当時もまだ、この宇宙にあるものが、原子のような粒でできているのか、どこまで細かくしても最小の単位はなく連続で一様な存在が続くのかは、科学の世界を二分する大問題でした。ドルトン博士の原子仮説は化学反応を説明できましたが、ものはすごく小さな粒でできている、とみんなを納得させる証拠を示すことはできませんでした。

この世界は粒でできているのか否か。この論争に決着をつけたのは、20世紀を代表する科学者の1人、ドイツ生まれのアルバート・アインシュタイン博士でした。さらさらと連続しているようにしか見えない水が、実は粒の集まりであることを示したのです。1827年にイギリスの植物学者ロバート・ブラウン博士によって発見された「ブラウン運動」の考察がきっかけでした。

ブラウン博士は、水に花粉を浮かべたとき、花粉から出てくる粒が水の中でブルブルと、せわしなく不規則に動くことを発見しました。それがブラウン運動です。ブラウン博士は最初、「何かの生命現象によってブルブルと動くのだろうか」と考えましたが、化石の粉、鉱物の粉、煙の粒などの生きていないものも同じように不規則に動くので、その理由がわからなかったのです。

アインシュタイン博士は1905年に発表した論文の中で、ブラウン運動が起こるのは動き回る粒の側に理由があるのではなく、水がとても小さな粒でできているからだと結論づけました。そう考えれば花粉から出てくる粒の不規則な運動が説明できる、と論文に著しました。

静かに止まっているように見えるコップの中の水も、もし水が小さな粒でできていたら、その粒は動き回っていることでしょう。コップの中の水の粒は、温度が高ければ激しく、低ければゆっくりと、絶えず動いています。水の粒がまるで「おしくらまんじゅう」のようにあちらこちらから押すので、花粉から出てくる粒がブルブルと不規則に動いているように見えるのだ、とアインシュタインは発表しました。

論文には、花粉の動きの観察から水の粒の大きさや数を予測する数式も記されていました。アインシュタイン博士の論文は、「この数式を実験で確かめて欲しい」との呼び掛けで終わっています。

アインシュタイン博士の呼び掛けに応じて、フランスの物理学者ジャン・ペラン博士が花粉から出た粒の運動を細かく記録し、水の粒の大きさや数を計算しました。この実験によって、水の粒が実際に存在していることや、ドルトン博士が示した原子仮説が正しいことが証明されたのです。ペラン博士は、この功績によって1926年にノーベル物理学賞を受賞しました。

ペラン博士の実験によって確認された水の粒の大きさは、1億分の1センチメートルほどでした。18g(大さじ1杯ちょっと)の水の中には6.02×10²³個という、とてつもなくたくさんの粒が存在していることがわかりました。これは、他のどの実験よりも水の粒の数を正確に計算できていました。

こうしてアインシュタイン博士の論文とペラン博士の実験によって、ものをつくっている小さな粒、原子の存在が決定的になってくると、次に興味を引いたのが、その姿です。


原子はどんな形?

原子の姿を考えるに当たり、アインシュタイン博士の論文が発表される少し前の19世紀終わりごろに、物理学史上とても重要な発見がありました。イギリスの物理学者ジョセフ・ジョン・トムソン博士による電子の発見です。ガラス容器に一対の電極を入れ真空にして電圧をかけると光る線がマイナス極から出ることが知られており、陰極線と呼ばれていました。トムソン博士は、電場をかけると陰極線が曲がることを見つけ、陰極線がマイナスの電気をもつ粒子であることを発見し、「電子」と名付けたのです。

私たちの生活に欠かせない電気。この電気の正体は、トムソン博士が発見した電子という粒子です。電化製品のスイッチを入れると電線を電気が流れます。その電線中を流れるのが電子です。電流はプラスからマイナスに流れると、小学校の理科で習いました。これは、まだ電子という電流の正体がわかっていなかったときに決められたことです。実際には、たくさんの電子が電線の中をマイナスからプラスに流れているのですが、私たちはそれを電子の流れと意識しないで使っています。私たちが便利だなと感じている現代の生活は、実は電子という粒子によって支えられていたのです。

アインシュタイン博士の論文とペラン博士の実験によって原子の存在が明らかになると、次にその形が問題になりました。すでにトムソン博士によって電子が発見されていたので、科学者たちは当然、原子の中には電子が入っていると考えました。ペラン博士の実験から計算された水の粒の大きさと、トムソン博士が実験で発見した電子の大きさを比べると、明らかに電子の方が小さいこと、そして電子はマイナスの電気をもっているということも、原子の形を考えるポイントになりました。

私たちの身の回りにあるものは、電気的には中性のものがほとんどです。本、ノート、机、いすなど、手で触れても電気が流れてはきません。それはプラスの電気とマイナスの電気が同数で、電気的に中性だからです。

マイナスの電気をもっている電子が存在しているということは、電子とは反対にプラスの電気をもっている何かがあって、電子とその何かが同数集まって原子をつくっている。だから、ほとんどのものが電気的に中性なのだ。そう考えられました。


「レーズンパン」か「土星」か…巻き起こった大論争

たくさんの科学者が、原子はいったいどのような形をしているのかと考え、2つの候補に行きつきました。

1つはレーズンパン型モデルです。レーズンパンは、パン生地の中に小さなレーズンがたくさん入っています。原子もそれと同じように、プラスの電気をもったものの中に、マイナスの電気をもった小さな電子がたくさん入っているというものです。

もう1つが土星型モデルです。土星は、本体が中心にあり、その周りを環が回っています。土星の環の正体は、大きさが数mから数センチメートルの氷の粒の集まりであるといわれています。それからの類推で、原子には中心部分にプラスの電気をもった土星本体のような「核」があり、その周りを電子が回っていると考えられました。

どちらが正しいのかで大論争が起きました。そして、その論争に決着をつけたのも実験でした。

1911年に、イギリスで活躍したニュージーランド出身の物理学者アーネスト・ラザフォード博士が、金箔に放射線の一種であるアルファ線をぶつける実験に基づいて原子模型を提唱しました。アルファ線はプラスの電気をもつ小さな粒子です。放射性物質から秒速約1万キロメートルという速さで飛び出します。

原子がレーズンパンのような姿だったら、アルファ線はほぼすべて金箔を貫通すると予測されていました。

ところが実験すると、撃ち込んだアルファ線の中に大きく角度を変えて跳ね返ってくる粒子があったのです。ラザフォード博士もとても驚きました。アルファ線が大きく角度を変えたということは、金原子の中の何か小さくてかたいものにぶつかったからと考えられます。この実験により、土星型モデルのように、原子の真ん中にはプラスの電気をもつ小さくてかたい核があり、その周りを電子が回っていることがわかりました。そして、このプラスの電気をもつ核は「原子核」と名付けられました。

古代ギリシャのデモクリトスがその存在を主張したアトムは「これ以上分割することのできない粒子」という意味でしたが、20世紀になり、原子は電子と原子核とに分割できることがわかったのです。


・「原子は最小単位じゃない」ってみんな知っているのに…学校で「素粒子」を教わらない「意外な理由」

※原子と分子の違いをブロックで理解する

経済協力開発機構(OECD)が世界の15歳の生徒を対象に行っている「生徒の学習到達度調査(PISA)」で、「原子と分子の違いを述べよ」という問題が出たことがあったそうです。日本から参加した多くの生徒は、「分子は原子の組み合わせのことである」と答えました。この答えは正しいのですが、PISAが意図していた答えは、もう1つありました。「原子の種類は限られるが、分子の種類は無限である」というものです。日本から参加した生徒で、そう答えた人は少なかったそうです。

原子はブロック玩具の1個1個のようなもので、組み上げていくと、いろいろなものができます。そして、このブロック玩具に相当する原子は、これまでの研究から118種類あることがわかっています。身の回りにあるものをすべてバラバラにしていくと、118種類の原子のどれかなのです。



私たちの体や身の回りにあるノートやペン、そして遠く離れている星や銀河まで、すべてのものが118種類の原子でできています。しかし、原子が118種類あるからといって、原子がただくっつくだけでは、人間の体のような複雑なものをつくることはできません。

でも、いくつものブロックが組み合わさった基本パーツがたくさんあったらどうでしょうか。そのいろいろな基本パーツを分解して組み立て直し、車や電車、飛行機などをつくることができます。無限に及ぶ種類の基本パーツを分解し組み立て直すことで、限られた種類のブロック(原子)の組み合わせ以上のいろいろな機能をもった個性あふれるものがつくれます。

私たちの体も、それと同じようにできています。いくつかの原子が集まって基本パーツとなり、いろいろな機能をもつようになります。その基本パーツが分子です。例えば、1個の酸素原子に2個の水素原子がくっつくと水分子になります。水分子になることで、100℃で沸騰し、0℃で凍るという性質が生まれます。

組み合わせる原子の種類や数によって、無限の種類の分子ができます。この分子がいくつも集まってもっともっと複雑な働きをするようになり、私たちの体などをつくっていきます。この仕組みがあるから、地球上には数え切れないほどたくさんの生物や物質が存在しているのです。だから、PISAでは「原子の種類は限られるが、分子の種類は無限である」も重要な答えであると考えたのでしょう。


原子はどうしてくっつく?

ところで、118種類の原子は、どうやってくっつくのでしょうか。それはブロックをピタリとくっつける作業に当たります。これに相当するのが化学反応です。原子や分子は化学反応を起こすことによってお互いにくっついたり、使われている原子を入れ替えたりしながら新しい分子をつくっていきます。




水素分子2個と酸素分子1個から水分子2個ができる

気体の水素は、2個の水素原子がくっついた水素分子(H₂)です。気体の酸素である酸素分子(O₂)も同じように2個の酸素原子がくっついてできています。水素分子2個と酸素分子1個が化学反応を起こすと、原子の組み換えが起きて2個の水分子(H₂O)ができます(「図:水素分子2個と酸素分子1個から水分子2個ができる」)。


たった3種類の粒で世界はできている

古代ギリシャの時代に考えられていたアトムは、これ以上分割することのできない究極の粒でした。ところが、1900年代に実際に発見された原子は、原子核と電子に分けることができました。ラザフォード博士の実験で、原子は真ん中にプラスの電気をもった原子核があり、その周りをマイナスの電気をもった電子が回っていることがわかりました(「図:原子や原子核の内部構造とその大きさ」の左部)。




原子や原子核の内部構造とその大きさ

しかも、原子核は原子の10万分の1くらいの大きさしかなく、そして原子の重さは、ほぼ原子核の重さであることもわかってきました。原子の大きさを東京ドームくらいにすると、原子核はマウンドに置かれたビーズ程度。その周りにある電子は、原子核よりもさらに小さいものです。

原子の中はものすごくスカスカな状態だったのです。私たちは誰も、自分の体がスカスカだとは思っていません。でも、ミクロの世界に入っていくことができたとすれば、私たちの体をつくる原子がとてもスカスカなことに気が付くことでしょう。

原子核もとても小さなものだったので、それ以上分割することはできないと思われていました。しかし、1919年に陽子が、1932年に中性子が発見されて、原子核がそれらの粒でつくられていることがわかりました(「図:原子や原子核の内部構造とその大きさ」の中央部)。

しかも、それで終わりではなかったのです。陽子も中性子も、その中をよく調べてみると、クォークというもっと小さい3つの粒がくっついてできていたのです(「図:原子や原子核の内部構造とその大きさ」の右部)。陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個という組み合わせの違いはありますが、3個のクォークでできているということは同じです。つまり、原子核はアップクォークとダウンクォークの2種類のクォークだけでできていることがわかったのです。これに原子核の周りを回っている電子が加われば、原子ができます。



つまり、原子はアップクォーク、ダウンクォーク、電子の3種類の粒だけでつくられているのです。この3種類の粒が組み合わさることで、118種類の原子になります。結局のところ、この世界はたった3種類の粒からできていることになります。


学校で素粒子を教わらない理由は…

原子をどんどん細かくしていくと、最後にはアップクォーク、ダウンクォーク、電子になります。この3つは今のところこれ以上細かくならないので、このような粒のことを「素粒子」と呼びます。原子は素粒子でできているので、私たちの体や身の回りにあるものは全部、素粒子でできていることになります。中学校の理科では、「すべてのものは原子でできている」ということは習いますが、「素粒子でできている」ということまでは習いません。そのため、素粒子と聞いても、ピンと来る人があまりいないのでしょう。原子と素粒子はまったく違うものだと思っている人もいるくらいです。

人類は、この宇宙のすべてのものはアトムからつくられていると想像して、実際に20世紀の初めに原子を探し当てたわけですが、世界にはそれよりも小さくて根本的な粒があったのです。原子という名前はすでに使っているので、「素粒子(elementary particle)」と別の名前にして混乱を回避しました。図「原子や原子核の内部構造とその大きさ」右にあるように素粒子クォークの大きさは10-18mより小さいとしかわかっていません。同じように原子核の周りを回っている電子の大きさも10-18mより小さいとしかわかっていません。

もう一度整理しておくと、原子は3種類の素粒子からできていて、その原子が集まっていろいろなものがつくられています。素粒子は身の回りのものをつくる一番基本となる粒です。ちなみに、素粒子の「素」というのは、「これ以上分割することができない」という意味の漢字です。デモクリトスのアトムの意味とよく似ていますね。

「すべてのものが素粒子でできているのだったら、学校でもそう教えればいいのに」と思う人もいるかもしれません。でも、素粒子については、まだまだわかっていないことがたくさんあります。素粒子の種類については、1960~1970年代に理論的には予測されていましたが、本当にあると確認できたのは、つい最近のことです。

例えば、2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠博士と益川敏英博士は、1973年にクォークが6種類あると予測したのですが、実際に6種類が見つかったのは1995年でした。また、2012年7月に発見が伝えられたヒッグス粒子の存在は、1964年にイギリスのピーター・ヒッグス博士やベルギーのフランソワ・アングレール博士らによって予想されていました。発展中の内容なので、学校ではまだ教えられないということなのでしょう。


・空から降ってくる「地球外物質X」…素粒子とはいったい何者なのか

※空から降ってくる「地球外物質X」

私たちは原子でできていて、その原子をどんどん細かくしていくと、アップクォーク、ダウンクォーク、電子という3種類の素粒子にまで分解できます。私たちの身の回りのものはすべて、この3種類の素粒子からできています。では、この宇宙はアップクォーク、ダウンクォーク、電子の3つだけでできているのでしょうか。

実は、この宇宙にはもっとたくさんの素粒子が存在しています。ものをつくっている素粒子は3種類だけなのですが、何もないと思っていた空間をよく調べてみると、いろいろな素粒子が飛んでいたのです。

これらの素粒子は、宇宙からやってくる放射線(宇宙線)が大気中の窒素や酸素などの原子核にぶつかることでつくられます。このようにしてつくられる素粒子の1つがミューオン(ミュー粒子)です。

普段の生活ではまったく聞かない名前です。実は、発見した当時の物理学者たちも「何だ、それは!?」と思いました。というのも、ミューオンはものをつくるのにはまったく関係なく、何に使われているのかがわからなかったからです。ミューオンの役割があまりにもわからなかったために、高名な物理学者が「いったい誰がこんなものを注文したのだ」と叫んだというエピソードがあるくらいです。


いったい、ミューオンって何?

ミューオンは、電子より200倍も重い粒子です。重さ以外は電子と同じ性質をもっています。宇宙線が大気にぶつかって、たくさんのミューオンがつくられ、たくさんのミューオンが、この地上に降ってきています。このミューオンもこれ以上細かくならない素粒子で、大きさは電子やクォークと同じように、10-18メートルより小さいとしかわかっていません。

ミューオンは、1平方センチメートル当たり毎分1個の割合で地上に降ってきていて、私たちの体を通過していきます。もし、ミューオンを見ることができる「ミューオンめがね」があれば、私たちの手のひらを1秒に1個ぐらいの割合で、ポツ、ポツと雨粒のように通過するミューオンを見ることができるでしょう。ミューオンは、電子に変化するという性質があるために、すべて電子に変わってしまいます。

地上で観測される素粒子は、ほとんどが宇宙線と大気がぶつかってできます。地球と宇宙の境目あたりでつくられるので、厳密に言うと、宇宙から降ってくる物質ではありません。

宇宙からの物質が直接地上にやってこないのは残念な気もしますが、そのおかげで地球は守られているとも言えます。宇宙線は、とてもエネルギーが高い放射線の一種です。そのままの状態で地上までやってくると、生物の遺伝子を傷つけてしまい、その傷が多くなると生物は生きていけません。大気とぶつかってたくさんの素粒子ができることで、エネルギーが低くなり、私たちが暮らせるようになっています。

では、遠い宇宙から降ってくる地球外物質は、まったくないのでしょうか? あります。ニュートリノです。

2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士は、大マゼラン雲で誕生したニュートリノを地球上で観測することに成功しました。ニュートリノは、この宇宙にあるほとんどの物質を通り抜けることができて、しかも寿命が長い(他の素粒子に変化しない)ので、はるか彼方の宇宙の様子を知る手掛かりになることからも注目されています。

ちなみにニュートリノは、ミューオンとは比べものにならないほどたくさん地上に降り注いでいます。その数は1平方センチメートル当たり毎秒660億個。私たちの体を通過するのは毎秒600兆個にもなります。だから、「ニュートリノめがね」をつくることができれば、ゲリラ豪雨のようにニュートリノが地上に降っている様子を目にすることになるでしょう。このニュートリノもまた、大きさがわかっていない素粒子なのです。


数々のノーベル賞を生んだ「魔法の箱」

宇宙線でつくられる粒子はミューオンだけでなく、湯川秀樹博士が予測した中間子などもあります。中間子はクォークと反クォーク(後述します)の組み合わせでできている粒子で、名前は電子と陽子の中間の重さだったことに由来します。これらの粒子を観測することで、素粒子の世界がだんだんとわかってきました。ただし、宇宙線でつくられた粒子たちは、私たちのそばをいつも飛んでいるのですが、目で見ることはできません。これらの粒子を見るには特別な装置が必要です。

実は、宇宙線でつくられる粒子を見ることに初めて成功したのは、気象学者でした。イギリスの気象学者チャールズ・ウィルソン博士が、実験室で雲や霧を再現する箱形の装置をつくったところ、その中を白い筋状のものがたくさん飛ぶのが見えたのです。それが、宇宙線でつくられた電気を帯びた粒子でした。

この箱の中には、とても冷やされた水蒸気がたくさん入っています。そこに電気を帯びた粒子が飛んでくると、その粒子が空気を蹴散らすことで電気のトンネルがつくられます。電気のトンネルに集まってきた水蒸気が小さな水滴になり、粒子の軌跡をなぞる飛行機雲のようなものが見えるのです。この装置は、「ウィルソンの霧箱」と名付けられました。
ウィルソンの霧箱の原理はとても簡単で、身近なものを使って簡単につくることができます。私たち高エネルギー加速器研究機構(KEK)の出張授業でも、この霧箱をつくって観察するプログラムがあります。



でも霧箱が発明された当時は、たくさんの物理学者が驚きました。顕微鏡でも見ることのできない小さな粒子を見ることができたからです。実際には、粒子そのものではなく、小さな粒が通過した跡(飛跡)が見えるのですが、飛跡の密度から電荷を算出でき、磁石を使って飛跡の曲がり具合から粒子の勢いがわかります。このように工夫をすれば必要な情報を十分に得ることができることから、人類は粒子そのものを観測できなくてもいいのだと気が付きました。

最初に素粒子を観測した装置が霧箱でしたが、その後、飛跡の通過位置や時刻をより正確に記録するために電気信号を利用するなどと発展し、現代の素粒子測定器につながっています。ウィルソン博士は、この霧箱の発明によって1927年にノーベル物理学賞を受賞しました。


物理学史上、最も独創的な装置

ウィルソンの霧箱は、物理学の歴史を通じて最も独創的な装置といわれています。それは、この装置により数々の重要な発見がなされたからです。

まず1つは、アメリカの物理学者カール・デイヴィッド・アンダーソン博士による陽電子の発見です。陽電子とは電気的な性質だけが反対になっている電子のことです。電子はマイナスの電気をもっているので、陽電子はプラスの電気をもっています。それ以外の性質は電子とまったく同じという、変わった粒子でした。プラスの電気をもつ陽電子の存在は1928年にイギリスの物理学者ポール・ディラック博士が予測していたのですが、アンダーソン博士が1932年に発見するまでは、本当に存在するとはあまり信じられていませんでした。地球上では発生してもすぐに消えてしまうので、誰も気付かなかったのです。

ところが、当時27歳のアンダーソン博士が霧箱を使って陽電子の飛跡の写真を発表したことで物理学の常識が書き換わり、世界の物理学者の間で大騒ぎになりました。アンダーソン博士は、霧箱を使って撮影したこの1枚の写真のおかげで、1936年にノーベル物理学賞を受賞しました。そしてまた、陽電子の存在を理論的に予測したディラック博士自身はアンダーソン博士が陽電子を発見した翌年の1933年にノーベル物理学賞を受賞しています。



図「アンダーソン博士が霧箱を使って撮影した陽電子の飛跡」はアンダーソン博士が論文に発表した、霧箱を使って陽電子を発見したときの写真です。

アンダーソン博士は霧箱の中央に6ミリメートルの鉛の板を置きました。霧箱が捉えた陽電子の飛跡は、左下から左上に伸びる髪の毛のような細い線です。霧箱全体が磁場の中に入れられているので、荷電粒子の飛跡は曲げられます。鉛の板を通過した後は荷電粒子は勢いを落とすので、曲がり具合が大きくなります。この写真では、荷電粒子が左下から入って左上に抜けたことがわかるのです。

記録された荷電粒子の飛ぶ向きが判明したので、磁場情報からこの荷電粒子はプラスの電気をもつことが判明しました。また、撮影された荷電粒子が形成した飛跡の密度から電荷の大きさがわかり、電子のもつ電荷の絶対値に一致したのです。


対で生まれる素粒子

アンダーソン博士が発見した陽電子は、実は、人類が初めて出会った「反物質」でした。反物質というのは、普通の物質と電気的な性質が反対の物質のことです。

陽電子は、マイナスの電気をもっている電子の反物質になるので、プラスの電気をもっていて、その他の性質は電子とまったく同じです。電気の性質さえ関係なかったら見分けがつきません。なぜ、そんな粒子がこの世界に存在するのかというと、それは素粒子の生まれ方に関係があります。

ものをつくるのに関わっている電子やクォークなどの物質素粒子は、基本的に独りぼっちで生まれることはありません。いつも自分とパートナーになる反物質と一緒に生まれます。

後から詳しくお話ししますが、素粒子のもととなるのはエネルギーです。何もないように見える場所でも、エネルギーがあれば素粒子が生まれます。でも、電気を帯びた素粒子が1個だけ生まれてしまうと、電気の量のバランスが崩れてしまいます。そのバランスを保つために、その素粒子と電気的な性質が反対の、対になる反物質が生まれる仕組みになっています。

一緒に生まれた素粒子と反物質は、とても仲良しなので、消滅するときも一緒です。電子と陽電子のように、その素粒子と対になる反物質がぶつかると、消えてなくなってしまいます。合体してエネルギーになってしまうのですね。このように素粒子が反物質と一緒に生まれることを「対生成」、一緒に消滅することを「対消滅」と言います。



イギリスのパトリック・ブラケット博士は、光が電子と陽電子に変化する現象を見つけました。光は電気をもっていないので、霧箱で観察してもその飛跡を見ることはできません。でも、電子や陽電子が通ると飛跡が見えます。

ブラケット博士は、何もなかったところから、突然、2本の飛跡が生まれる現象を発見しました。しかも、その2本の筋は磁力をかけると逆方向に曲げられたことから、マイナスの電気をもった電子と、プラスの電気をもった陽電子だということがわかりました。つまり、ブラケット博士は、電子と陽電子が対生成する瞬間を撮影したのです。霧箱を使ったこの対生成現象の確認に対して、1948年にノーベル物理学賞が贈られています。


・もはや魔法では…この宇宙を支配する「4つの力」が秘めた「不思議すぎる性質」

※世界に存在する「4つの力」

前回の記事で、この宇宙にあるものは素粒子でつくられているという話をしました。でも、宇宙は「もの」だけではできていません。例えば、サッカー場にボールを持って選手が集まっただけでは、サッカーの試合をしたことにはなりません。ドリブルして、パスして、シュートをすることで、サッカーをしたと言えます。このドリブルして、パスして、シュートしてという動きについて、ここまでまったく触れてきませんでした。この動きを生み出す作用を「力」と呼びます。

この宇宙では、ものだけがあっても、力が働かないと何も起きません。力と聞いて、皆さんはいろいろな力を思い浮かべると思います。ボールを蹴ったり、ゴールに点が入らないようにボールを止めたりする力。ボールを投げたり、バットで打ったりする力。鉛筆の芯を折ってしまう力。「おしくらまんじゅう」をする力もあるでしょう。私たちはいろいろな種類の力を使っている、と思っています。

でも、本当にたくさんの種類の力を使っているかというと、そうではないのです。この宇宙に働いている力を整理していくと、作用ごとに分類できることがわかりました。そして、最終的に残ったのは4種類。その4つの力を順に見ていきましょう。


感謝しかない「電磁気力」

4つの力の大きさと、それぞれの力を伝える素粒子

「表:4つの力の大きさと、それぞれの力を伝える素粒子」を見てください。まず、私たちが一番お世話になっているのが電気の力と磁気の力を統括して捉えた「電磁気力」です。私たちは24時間365日、一瞬たりともこの力を使わないときはありません。

私たちの身の回りにあるものはすべて原子でできています。実は、原子が分子としてくっついていることができるのも、電磁気力のおかげです。ものに触れて蹴ったり、止めたりと力を加えるときにはすべて、この電磁気力が働きます。もちろん、「おしくらまんじゅう」のときも、鉛筆の芯を折るときも、日常生活で私たちがものに関わるときはたいがい、この力が働いています。

寝ているときは、何も力がかかっていないのでは? 果たしてそうでしょうか。寝ているときでも、ベッドや布団と接していますから、そこではやはり電磁気力が働いています。しかも、ベッドや布団が動かないで止まっているのは、ベッドや床との間に摩擦が働いているからです。この摩擦も、床と布団の間に電磁気力がかかることで発生しています。

私たちがご飯を食べて動き回るとき、食べ物から吸収したエネルギーは最終的に電気になって筋肉を動かします。また、目や耳などで捉えた情報は電気信号の形になって脳に運ばれますし、考え事をしているときも、神経細胞の中を電気が走ります。こう考えると、さまざまな場面で電磁気力に仕事をしてもらっていることがわかります。私たちは実に電磁気力をたくさん使っています。


「落ちるリンゴ」と言えば…

私たちが普段接している力は、電磁気力の他にもう1つあります。それは地球からの「重力」です。

重力はイギリスのアイザック・ニュートン博士が発見したことで有名です。ニュートン博士はリンゴが落ちる様子を見て、重力を発見したといわれています。

ニュートン博士は、リンゴは落ちるのに、なぜ月は宙に浮かんでいるのか? それが気になったのです。そしてニュートン博士は、実は月だって落ちていることを数学によって導き出しました。落ちているけれども地上に対してすごいスピードで水平に動いていて、落ち切らずに地球の周りを回っているのだと。月もリンゴも何でもかんでも落ちるのだと。

地球が引っぱっているのはリンゴと月だけではありません。すべてのものの間で働く引っぱり合う力という意味で「万有引力」と教わった人もいるでしょう。

私たちが地球上で暮らしていけるのは、地球が大きな重力で私たちを引っぱってくれているからです。月が地球の周りを回っているのも、地球と月が重力で引っぱり合っているからです。もし、地球の重力が月に働いていなかったら、月はとっくの昔に、どこか遠くに飛んでいってしまっています。同じように、地球は太陽の巨大な重力と引っぱり合っているから、太陽の周りをぐるぐると回っていられるのです。


その他の「2つの力」はどこへ?

4つの力のうちで私たちが日常的に接しているのは、電磁気力と重力の2種類だけです。

4つの力のうち、電磁気力と重力以外の力は、原子核よりも狭い範囲にしか働かないので、20世紀になって原子核を研究することによって初めて、そういう力があることがわかってきました。

明らかになった2つの力は、「強い力」と「弱い力」と言います。冗談のように聞こえる名前ですが、れっきとした物理学用語です。でも「強い力」と「弱い力」だけでは何のことだかわかりません。

実は、この名前は大事な部分が省略されています。強い力は「電磁気力よりも強い」力、弱い力は「電磁気力よりも弱い」力なのです。強い力は強い相互作用、弱い力は弱い相互作用とも言います。

強い力は、クォーク同士をくっつけて陽子や中性子をつくるときに使われる力です。この力があるおかげで、プラスの電気をもったアップクォークが複数あっても、マイナスの電気をもったダウンクォークが複数あっても、それらをくっつけて陽子や中性子をつくります。また、プラスの電気をもっている陽子と電気をもっていない中性子をくっつけて原子核をつくるのにも役立っています。

一方、弱い力は他の3つの力と違い、何かを引き寄せたり、押しのけたりする力としては働いていません。例えば大理石からは微量の放射線が出ていますが、このとき、弱い力が働いて粒子の種類を変化させ放射線が出ます。弱い力は、粒子の種類を変える錬金術のような力です。


・これが無いと、私たちの身体はすぐバラバラに…宇宙で最も重要な「強い力」の正体とは

※「重力」はこの世界で一番小さい力

この宇宙で働く4つの力を整理すると、私たちが常に感じることのできる電磁気力と重力、感じることがなかなかない強い力と弱い力に分けることができます。

私たちは、地球の重力によって常に、地球に引っぱられています。普段意識することはなくても、重力は私たちにとって感じやすい力なので、それがとても大きい力だと思い込んでいます。しかし、それは勘違いです。

例えば、クリップでも釘でも、鉄でできたものを机の上に置きます。そして、クリップや釘の上から磁石を近づけてみます。すると、クリップや釘は机を離れて磁石に吸い寄せられます。クリップや釘には下向きに重力がかかっています。重力がかかっているにもかかわらず磁石に引き寄せられたということは、重力よりも磁石の力、つまり電磁気力の方が大きいということです。

しかも重力は、電磁気力より小さいだけでなく、4つの力の中で一番小さい力です。4つの力の大きさを比べてみましょう(「表:4つの力の大きさと、それぞれの力を伝える素粒子」)。




4つの力の大きさと、それぞれの力を伝える素粒子

電磁気力の力を1としたとき、強い力は電磁気力の100倍で、弱い力は1000分の1くらい。ところが重力は電磁気力の10の38乗分の1倍! もし、電磁気力が太陽を持ち上げる力があったとすると、重力は0.1ミリグラムの小さな薬のカプセルすら持ち上げられないくらいの小さな力です。


私たちが生きていられるのも「強い力」のおかげ

では、私たちはなぜ、重力が大きな力だと勘違いしているのでしょうか。

電磁気力にはプラスとマイナスがあり、お互いを打ち消してゼロになることが多いのに対して、重力は引き合う力しかないので、打ち消し合うことがありません。また、質量が大きくなればなるほど重力は大きくなります。私たちは、大きな質量をもつ地球の上で暮らしていて、地球の重力を常に受けているので、重力が大きな力だと感じているのです。



ちなみに、電磁気力と強い力の関係も重要です。強い力が電磁気力よりも小さかったら、クォーク同士をくっつけて陽子や中性子をつくることができません。

電気はプラス同士、マイナス同士が狭い空間にあると反発します。陽子の中にはプラスの電気をもったアップクォークが2個あり、中性子の中にはマイナスの電気をもったダウンクォークが2個あるので、反発して離れようとしています。でも、離れずに陽子や中性子をつくれているのは、強い力が引きとどめてくれるからです。陽子や中性子がバラバラになっていたら、私たちの体をつくる原子ができなくなってしまいます。

私たちが生きていられるのも、強い力があるおかげです。


力の運び役としての素粒子たち

この宇宙に存在するものは素粒子でできています。実際、原子をつくる素粒子と、それによく似ている仲間の素粒子が発見されました。実は、素粒子にはもう1つのグループがあります。それが、力を伝える素粒子たちです。4つの力は、それぞれ異なる素粒子によって伝えられます。

磁石が鉄を引き寄せるときは、磁石と鉄の間で電磁気力を伝える「光子」という素粒子がキャッチボールのように交換されることで、力が働きます。電磁気力の場合は、電気の符号によって異符号なら引き寄せ合い、同符号なら反発します。



強い力が働くときも、いくつかのクォークの間で強い力を伝える素粒子「グルーオン」が交換されることで、それぞれのクォークに関係が生まれ、くっつきます。

弱い力の場合は、例えば、中性子の中のダウンクォークに弱い力を伝える負電荷の「W粒子」が働いて、中性子を陽子に変化させます。また、弱い力を伝える「Z粒子」も見つかっています。

クォークや電子など、ものをつくる物質素粒子の仲間は、グルーオン、光子、W粒子、Z粒子といった力を伝える素粒子を交換することで、お互いに関係ができ、それらの素粒子の間で力が働いて素粒子の状態を変えます。

今のところ、4つの力のうち、電磁気力、強い力、弱い力の3つでは力を伝える素粒子が発見されています。重力にも力を伝える素粒子が存在すると考えられており、一応「重力子」という名前がつけられているのですが、まだ発見されていません。


・「重いダンベル」と「軽い風船」の違いを本気で考えてみたら…アインシュタインの相対性理論にたどりついた「深すぎるワケ」

※「重いダンベル」と「軽い風船」の違いとは?

前の記事で紹介したW粒子、Z粒子、物質素粒子。これらに質量を与えているのは、素粒子の標準理論に組み込まれたヒッグス機構という仕組みです。ただし実は、原子核を構成する陽子や中性子の質量は、ヒッグス機構で与えられているのではありません。では、陽子や中性子に質量を与える仕組みとは? 本記事では、あらためて質量とは何かという話をします。

重いダンベルと軽い風船。2つの違いは、どこからくるのでしょう。それを考える前に、まずは「重い」というのがどういうことかを考えてみましょう。

私たち自身の体はもちろん、地球上の物質はすべて重力によって地球に引き付けられています。重い物質は強く、軽い物質は弱く。つまり、重さとは重力の働く強さだと考えてもよさそうですね。実際、ニュートン博士の万有引力の法則によれば、すべての物質には質量に比例した大きさの重力が働きます。地上では、物質の質量とそれに働く重力の間に比例関係があり、比例定数を「重力加速度」と言います。中学や高校の理科で、「9.8メートル毎秒毎秒(9.8m/s²)」という数字が出てきたのを覚えている人もいることでしょう。

地球から遠く離れた宇宙空間ではどうでしょう。あるいは宇宙ステーションの中のような無重力状態が実現している場所では、質量をどうやって決めればいいのでしょう。重力のない世界で質量を体感するには、その物質を押してみればいいですね。質量の小さい物質は楽に動かせるのに対して、質量の大きい物質を動かすには大きな力を必要とします。すべての物質には「慣性の法則」が成り立っていて、静止した物質は静止したまま、ある速度で動いている物質はその速度のままにとどまろうとするのです。慣性の大きさはその物質の質量に比例するので、その物質を加速するために必要な力に応じて質量を定義することができます。

通常、「質量」と言うときは、後者のように慣性を通じて定義されるものを指すことが多いです。これを「慣性質量」と呼びます。ただし以下で述べるように、この慣性質量は、重力に関わる質量である「重力質量」とも密接に関係しています。


質量の「正体」とは?

アインシュタイン博士の特殊相対性理論は、時間と空間について、さまざまな驚くべき予言をしています。高速で移動している宇宙船では時間がゆっくり進む、というのもその1つです。ここでは、特殊相対性理論が質量について何を予言するか考えてみましょう。

慣性の法則は、「運動量の保存則」と呼ばれることもあります。運動量、つまり質量と速度の積は、時間がたっても変わらない、つまり保存されます。速度がゼロならゼロのまま、ある速度ならその速度のままにとどまる、ということになります。でも、運動量は、その物質のもつ固有の性質ではありません。それを見る人によって異なるからです。高速で飛ぶ宇宙船の運動量は、地上から見ると非常に大きなものになりますが、宇宙船に乗って一緒に動いている人にとってはゼロのままですね。

運動量は観測する人がどう運動しているかによって異なり、それらの関係は特殊相対性理論が教えてくれる通り、「ローレンツ変換」と呼ばれる操作で結び付けることができます。ローレンツ変換の驚くべき特徴は、空間的な座標と時間とが互いに絡み合っていることで、このおかげでさまざまな驚くべき性質が導かれるのです。ここではその一例を紹介しましょう。ローレンツ変換は、空間座標と時間を混ぜるのと同じように、運動量とエネルギーを混ぜます。

ある速度で運動する物質は決まった運動量をもちますが、その物質と同じ速度で動く観測者にとっての運動量はゼロですね。しかし、両者を関係付けるローレンツ変換によれば、運動量はエネルギーと混ざるので、運動量ゼロのこの物質もあるエネルギーをもつことになります。これが静止した物質がもつエネルギー、つまり静止エネルギーです。その大きさは質量に比例します。エネルギーEを静止質量mに関係付ける、E=mc²というアインシュタイン博士の有名な公式です。ここでcは光速を表す定数。つまり、質量とは静止した物質のもつエネルギーということです。


エネルギーこそが重力の源

アインシュタイン博士は、ここからさらに考えを進めました。質量、つまりエネルギーと重力との関係はどうなっているのか。ニュートンの万有引力は質量に比例して働く力でしたが、特殊相対性理論によって質量とは静止した物質のエネルギーに相当することがわかったのです。そうであるなら、重力もエネルギー、そしてエネルギーと混ざる運動量に働くことになります。

ここでは一般相対性理論について詳しく解説することはできませんので、関係する結果だけを述べます。アインシュタイン博士の一般相対性理論に現れる重力の源は、エネルギーと運動量です。これらが空間を曲げ、曲がった空間の中を走る物質は、あたかも重力を感じているかのように運動するのです。曲がった空間こそが、重力の正体だということです。

ここにきて、2つの異なる質量、重力質量と慣性質量の関係が見えてきました。慣性質量はエネルギーとみなすことができます。そのエネルギーが重力の源になっているのです。そういうわけなので、両者は相対性理論を通じて深く結び付いているということになります。


・いまさら聞けない、「クォーク」とはいったい何なのか…「厄介な素粒子」と呼ばれる理由

※陽子・中性子の質量はどこに?

前の記事で、原子の中の質量は原子核に集中していると紹介しましたが、これがわかったのはラザフォード博士の実験によってでした。原子の中に粒子ビームを撃ち込み、それがどう跳ね返ってくるかを見る実験でした。その結果、多くの粒子は素通りする一方で、ごく少数の粒子は大きく跳ね返されることがわかったのです。つまり、原子の中には何かもっと小さいものがあって、それが粒子を跳ね返しているに違いないのです。

陽子・中性子の中に質量がどう分布しているのかについても、同じようにして調べることができます。陽子に粒子ビームを撃ち込んで、跳ね返ってくる様子を見るわけです。その結果は?中心に何かあるのか。あるいは全体に何かが分布しているのか。それとも……?

この実験の結果は驚くべきものでした。陽子の中には、やはり何か小さなものがあることがわかりました。ただし、その電荷は陽子の電荷の3分の1や3分の2といった変な値でした。しかも、この小さなものは、粒子ビームをぶつけるたびに、そのエネルギーが異なったのです。陽子全体の何分の1とかいうはっきりした値ではなく、ぶつけるたびに変わり、ぶつかった何かのもつエネルギーは連続的に分布していました。この妙な「何か」こそ、クォークと呼ばれるようになった素粒子です。


クォークは実在するか

陽子・中性子の中に分布していると思われるクォーク。さまざまな実験結果を組み合わせると、どうやら陽子・中性子はそれぞれ3つのクォークでできているらしいのです。ただし、質量を3分の1ずつ仲良く分け合うのではなく、個々のクォークがおよそ3分の1のエネルギーをもちました。でも正確に3分の1ではなく、測るたびにかなり違っているという不思議なことになっていました。

さらに不思議なのは、いくら探しても単独のクォークが見つからないことでした。クォークは陽子・中性子の中には存在しますが、そこから取り出すことができません。「クォークの閉じ込め」と呼ばれるこの性質のおかげで、クォークは実在する粒子なのかどうかさえ怪しいと思えてきます。

誰も見たことのないクォークでしたが、その存在を仮定した理論と実験とはあらゆるところで一致しているので、その存在を疑う専門家は少ないです。ただし、閉じ込めという性質も含めて理解する必要があり、クォークはやはり厄介な素粒子には違いありません。


「質量の起源」は迷宮入り?

単独で取り出せないクォークの質量を、直接測定することはできません。陽子・中性子の中に粒子ビームを撃ち込む実験である程度調べることはできるはずですが、やるたびに変わるという問題がありました。これでは質量の起源の探求は迷宮入りではないのか……。

こういうときには、別の角度から考えてみるべきでしょう。まずは、素粒子標準理論の一部であるクォークの基礎理論から考えてみることにしましょう。

クォークに働く力は、4つの基本的な力のうちの1つで、「強い力」あるいは「強い相互作用」と呼ばれます。他の3つとは、重力、電磁気力、弱い力です。強い力は、文字通り力が強いので、電磁気力による反発をものともせず複数の陽子をつなぎとめて原子核をつくることができます。もともとは、陽子や中性子に働く力を強い力と呼んでいました。現在では、クォークに働く強い力が少しだけ陽子・中性子の外にまで漏れ出したものが、陽子・中性子の間に働いていると理解されています。

クォークに働く強い力。その基礎理論は「量子色力学」と呼ばれています。クォークがもつ「色」という、ある種の電荷に働く力です。ここで登場する「色」は、私たちが見る色とは関係ありません。クォークがもつこの特別な電荷には3つの成分があって、その混ぜ合わせでできているので、光の三原色との連想でそう呼んでいるにすぎません。