・「マイナ保険証」導入強行で医療機関が廃業ラッシュ 読み取り装置・請求システムの導入費用が大きな負担、「制度についていけないので閉院を考えている」(NEWSポストセブン 2024年7月8日)
※政府は今年12月に紙の保険証を廃止して、「マイナ保険証」への一本化を強行する構えだ。マイナンバーカードを持たない人を中心に不安が広がっているが、カードを取得しているか否かにかかわらず、多くの人に深刻な影響が及びそうだ。マイナ保険証導入により、町の小さな医院や歯科クリニックが廃業に追い込まれている。
〈保険証廃止に伴い2024年4月30日 閉院しました〉──東京・杉並区の住宅地にある歯科医院の入り口に、そんな張り紙があった。
張り紙を出した医院は取材に応じなかったものの、この3月から4月にかけて東京だけで病院・診療所211機関、歯科医院84機関が廃業した。医療機関の廃業・解散が過去最多だった昨年でも全国で709機関(医科・歯科合計)という数字だ。たった2か月間で、東京だけでも300近い医療機関が廃業した今年が、いかに異常な“廃業ラッシュ”であるかがわかる。
3月末に廃業した内科医院の元院長A氏が語る。
「マイナ保険証の導入と紙の保険証廃止が閉院を決めるきっかけになりました。オンライン資格確認(マイナ保険証の読み取り)などのシステム導入には費用がかかり、国の補助があっても、とても足りない。手間もかかる。私と看護師1人でやっていたから、慣れない患者さんにマイナ保険証の認証で質問されたり、認証のトラブルがあれば診察に大きな支障が出てしまう。閉院にあたって連絡を取った仲間の開業医にも、当院同様、制度についていけないので閉院を考えている人が何人もいました」
なくてはならない地域の医療機関が減っていく
全国約10万7000人の医師、歯科医師が加入する全国保険医団体連合会の本並省吾・事務局次長は閉院する多くの医院は同じ事情を抱えていると話す。
「2022年の統計では開業医の高齢化が進み、平均年齢は60歳前後。特に地方では人口減で新規開業に多額の費用がかかり、採算が取れそうになくて新たに開業する人がいないなか、高齢になった開業医が地域医療を支えているのが実態です。後継者が確保できず、医療過疎が進んでいます。
患者が少なく小規模な医院や地方の医療機関には、新規の設備投資をする余裕はない。それなのにマイナ保険証導入・オンライン資格確認システムの設備投資を小さな医療機関まで全国一律に義務付けた。そうなると医師も返済の見通しが立たないのに借金してまで頑張って続けようとは思わないわけです。結果的に高齢医師のリタイアが増え、長年患者さんに慕われてきた先生が廃業していく。なくてはならない地域の医療機関が減っていくのは大きな問題です」
患者にとっては、長年、自分や家族を診察してもらっていたかかりつけ医から突然、「閉院することになりました」と言われることのショックは大きい。神奈川県在住の70代女性はこう言う。
「自宅近くの小さなクリニックに定期的に通っています。私の体質や、これまで罹ってきた病気など、先生がすべて把握してくれていて、新しい症状が出ても、私の病歴を踏まえたうえで薬を出してくれる。なので、急に閉院すると言われたら、不安しかありません。信頼できる病院や医師を紹介してくれるのか、これまでのカルテは共有してくれるのか、など気になることはたくさんある」
閉院する場合、医療機関は継続的に通院している患者に閉院の時期を通知し、患者が希望すれば医師が転院のための診療情報提供書を書く義務がある。カルテも閉院後5年間の保管義務があるが、患者に渡す義務はない。
やはり不安は拭えない。
・《マイナ保険証強行導入の現実》「設備投資に数百万かかる」廃業危機に瀕する開業医の嘆き 「医療機関1万件廃業」試算に現実味も(NEWSポストセブン 2024年7月9日)
※政府が進める紙の保険証の廃止と、「マイナ保険証」の導入。今年12月にはマイナ保険証への一本化を強行する構えを示すなか、影響を受けるのは市民だけではない。町の小さな医院や歯科クリニックがシステム変更による負担増を強いられ、続々廃業に追い込まれているのだ。暮らしを支える「かかりつけ医」の現場で、何が起きているのか。
なぜ、マイナ保険証の導入が、地域の医療体制を不安にするほど医療機関の経営を圧迫するのか。
政府は昨年4月から医療機関にマイナ保険証の対応を義務化した(完全義務化は今年9月)。それに合わせて診療所や歯科医院に1台、病院には最大3台の「読み取り装置」を無償配布したり、購入する際に補助金を出した。
小規模な医院にかかっても受付にマイナ保険証の読み取り装置が置かれているのはこのためだ。
政府はマイナ保険証導入の医療機関側の実質負担はゼロと説明している。
だが、現実は違う。マイナ保険証とセットで導入された医療費の「オンライン請求」義務化が医療機関に重い負担となっている。これは、医療機関が診療報酬を請求する際、医療費を計算したレセプト(診療報酬明細書)をオンラインで申請しなければならないというものだ。
工事費に300万円
岐阜市で70年以上続く歯科医院の院長B氏(70代)も、廃業を考えている1人だ。こう語った。
「マイナ保険証をオンラインで資格確認するためには診療報酬明細書の作成専用のレセプト・コンピュータ(レセコン)まで全部オンラインでつながなければあかんのです。うちは今もレセプトは紙に手書きして診療報酬を請求しているから、レセコンもネット環境もない。新たに導入するには数百万円の費用がかかるが、あと何年やれるかわからないのに、そんな設備投資はできません。紙の保険証が廃止される12月が辞め時かなと思っています」
負担増はすでにレセコンを導入してカルテやレセプトの電子化を済ませている医療機関にも及ぶ。
全国約10万7000人の医師、歯科医師が加入する全国保険医団体連合会の本並省吾・事務局次長が語る。
「医療機関のなかには、レセコンを導入して電子カルテやレセプトの入力を行なっているが、患者の個人情報が流出しないようにネットにつながず、月1回の医療費請求の際にレセプトの情報を記憶媒体(CD-ROM)に入れて焼いて郵送しているケースがかなりある。だが、今年4月からはその電子データをオンラインで送信しなければならなくなった。厚労省は、すでにデータは入力されているから事務が効率化できると考えているようだが、医療機関側では新たなリスク・コストが経営を圧迫する。システムの全面改修が必要になったケースもある」
しかも、マイナ保険証・オンライン資格確認システムにWi-Fiは使えない。NTTのマイナ専用の光回線・光ファイバーを医療機関内に敷設しなければならなくなった。医療法でサイバー対策も義務化され、高額な機器を導入して防衛しないといけない。
「それなら今まで通りCD-ROMに入れて郵送したほうがコストがかからないし安全でしょう。なのに過疎地域や中山間地で開業していても、わざわざ全部に光回線を引かせた。古い建物に入っているクリニックなどは、コンクリートの壁をぶち抜かなければならないから、工事費に300万円くらいかかったケースはざらにあります。
パソコンもレセコンと別に、マイナ保険証専門のハイスペックなものを買えと言われた。回線、パソコン、ルーターと一式を新たに揃えるのにどれだけ費用がかかるか。電子データをCDで郵送する方式で全く困らないのに、余分な負担です」(同前)
来年4月までに続々消える
このレセプトのオンライン申請が義務化されたのは今年4月。この3~4月から医療機関の廃業が急増したのは、義務化前に駆け込みで辞めたものと考えられるのだ。
手書きのレセプトやCD-ROMに焼いて請求していた医療機関の場合、申請すれば1年だけオンライン請求を猶予される。前出のB院長のように4月までの廃業が間に合わなかった医療機関は、当面は紙やCD-ROMのレセプトで請求しながら、今年12月の保険証廃止のタイミングなど1年の猶予期間中に続々と廃業することが予想されるのだ。
今後どれだけの医療機関が消えていくのか。恐ろしい数字がある。全国保険医団体連合会は昨年10月、記者会見を開いて「オンライン請求義務化反対」を訴えた。
その際にまとめた資料によると、全国の医科診療所のうち診療報酬をCD-ROMや紙レセプトで請求していたのが1万5700機関、歯科医院では4万680機関にのぼる。同連合会のアンケート調査でそのうち19%が、「義務化されると廃業せざるを得ない」と回答しており、最大で「医科」の診療所が全国で2983機関、「歯科」の医院が7729機関、合計1万712機関が廃業する可能性があると試算している。
だが、同連合会や開業医らの反対にもかかわらず、政府が方針通り今年4月からオンライン請求を義務化した途端、かつてない規模の廃業ラッシュが起き、「医療機関1万件廃業」が現実味を帯びてきた。本並氏が指摘する。
「患者にとってマイナ保険証もレセプトのオンライン請求義務化もメリットは全くない。医療機関も負担が増えるだけ。その結果、医療機関の廃業が増えて地域によっては医療が受けられない事態になりつつある。地方で医療機関がなくなれば安心して子供を産めない、育てられない。高齢者も安心して暮らせない。そんな医療限界集落、歯科医療限界集落が全国に増えています」
患者にとってあまりに深刻な危機が、すぐそこに迫っている。
※週刊ポスト2024年7月19・26日号
・「マイナ保険証」のリスクは「セキュリティ技術面」だけじゃない!? 国民の生命を脅かしかねない致命的な“法的問題点”とは(弁護士JPニュース 2024年7月12日)
※マイナ保険証にはセキュリティリスクだけでなく「法的リスク」も…
健康保険証について、政府は12月をめどに「マイナ保険証への一本化」を進めている。また、7月8日には厚生労働省が、介護保険証についてもマイナカードへの一体化を進める方針を明らかにした。

(上)「マイナ保険証」低迷する利用率の推移
しかし、紙の保険証を廃止して「マイナ保険証への一本化」をすることには様々なリスクが指摘されている。そのなかにはセキュリティ技術面でのリスクだけでなく、法的なリスクもある。どのようなものか。元総務省自治行政局行政課長で、弁護士でもある神奈川大学法学部の幸田雅治教授に話を聞いた。
マイナ保険証の強制は「憲法41条違反」の疑い
神奈川大学法学部 幸田雅治教授
紙やプラスチックの保険証を廃止してマイナ保険証への「一本化」をすることについては、法的にみてどのような問題点があるのか。
幸田教授によれば、マイナ保険証への一本化は憲法41条に違反するという。同条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定めている。
幸田教授:「憲法41条は国会を『国の唯一の立法機関』と位置づけています。これは、国会に法律を作成する権利を独占させるものです。
この規定については、『法律』とはどのようなものをさすかが問題となりますが、判例・実務も学説も、最低限『国民の権利を制限し義務を課する法規範』は必ず含まれるという理解で一致しています。
つまり、『国民の権利を制限し義務を課する法規範』については、人権保障の見地から、国会が決めなければならないことになっています。これを『侵害留保原則』といいます。
もちろん、一定の例外は認められています。それは、国会が法律で行政機関に『委任』した場合です。すべて国会の議決が必要だというのは現実的ではないからです。
ただし、判例・学説によれば、その場合、委任は相当程度、個別具体的に行うことが要求されています(最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決等参照)。
しかし、マイナ保険証の強制については、委任の根拠となる法律の規定がなく、委任立法の要件さえ満たしていません」
さらに、幸田教授は、マイナ保険証によって、国民の以下の3つの「人権」が侵害されるリスクがあるという。
・医療アクセスを求める権利(憲法13条、25条参照)
・法の下の平等(憲法14条参照)
・情報プライバシー権(憲法13条)
幸田教授:「それぞれの人権の内容については後述しますが、マイナ保険証への一本化はこれらの人権を侵害する危険性があります。したがって、憲法41条に照らせば、少なくとも法律で委任事項について相当程度、個別具体的に定めなければならないはずでした。
それなのに、政府は、厚生労働省の省令の『療養担当規則』で、2023年4月以降のマイナ保険証のオンライン確認の義務化を決めてしまいました。
療養費担当規則に違反すれば、最悪の場合、保険医療機関の指定を取り消しのペナルティを受ける可能性があるというものでした。
もし保険医療機関の指定が取り消されると、事実上、その医療機関は保険診療を取り扱うことができなくなり、廃業を迫られることになります。
その結果、その医療機関を従来『かかりつけ医』として利用してきた人々にとっては、生命が脅かされる危険性さえあるのです」
河野太郎デジタル担当相の“憲法・地方自治無視”の「暴走」
また、幸田教授は、憲法が保障している地方公共団体の自治権(憲法92条~95条参照)が蹂躙(じゅうりん)されているとも指摘する。
幸田教授:「重大な問題は、河野太郎デジタル担当相が2022年10月に唐突に、保険証を2024年秋に廃止し、マイナカードと保険証を一体化した『マイナ保険証』に一本化するという方針を発表したことです。
そもそも、国民健康保険業務は市町村の業務であるにもかかわらず、自治体にまったく相談も協議もせずにこのような方針を打ち出すことは、まさに地方自治の侵害にほかなりません。
自治体の業務にかかわる政策について、このようなことはいまだかつて一度としてありませんでした。河野氏の暴走であり、憲法や一般的な法治主義に反し、到底許されない行為と言わざるをえません」
2023年成立の「改正マイナンバー法」でカバーされなかった“致命的欠陥”
紙の保険証の廃止・マイナ保険証への一本化については、2023年6月にいわゆる「改正マイナンバー法」が成立した。そして同年12月に施行日が2024年12月と決定され、現行の保険証が廃止されることになった。
これによって、前述した憲法41条違反の瑕疵(かし)がカバーされたとはいえないだろうか?
幸田教授:「マイナ保険証のオンライン確認の義務化について、『療養担当規則』に委任する法律の規定が定められたわけではないので、憲法41条違反の瑕疵はまったく治癒(ちゆ)されていません。
そもそも、法律で定める前に閣議決定などで既成事実化し、あとから法律で追認するという手法自体に問題があります。そんなことが許されては、憲法41条がなし崩しにされてしまいます。
また、前述のように、法律による政令・省令等への委任は、相当程度、個別具体的なものでなければなりません。『白紙委任』は許されないのです。
ところが、具体的な運用に関する細かい事項は事実上、ほぼ白紙委任に近いといわざるを得ません。個人情報漏えい防止や、マイナカードを取得していない人のため必要な措置を講じることなどの付帯決議が採択されてはいますが、付帯決議には法的拘束力がないため、憲法との関係では何の意味も持ちません。
昔は、委任事項を定める政令は、国会の場で法律と一緒に審議され、その内容が明らかにされていました。国会議員、とくに与党の議員は本来の役割を果たしているとはいえません。また、内閣法制局にも問題があります」
このように、幸田教授によれば、紙の保険証廃止・マイナ保険証への一本化は、国民の人権を侵害する危険性があるにもかかわらず、立法による規律が不十分であり、憲法41条違反の欠陥があるという。
そして、前述した通り、幸田教授は、マイナ保険証への一本化により侵害される国民の「基本的人権」として以下の3つを挙げている。
・医療アクセスを求める権利(憲法13条、25条参照)
・法の下の平等(憲法14条参照)
・情報プライバシー権(憲法13条)
以下では、これらの権利がどのように侵害される危険性があるか、検討を加える。
切実な「医療アクセスを求める権利」の侵害のリスク
まず、「医療アクセスを求める権利」とはどのようなものか。
幸田教授:「『医療アクセスを求める権利』とは、病気になった場合にすみやかに必要な医療サービスを受けることができる権利です。
たとえば、離島に住んでいる人が本土に行くのは、多くは医療のためです。必要なときにすみやかに医療機関を利用できることは、人間らしい生活を送るための前提なのです。
憲法の条文でいえば、『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利』(幸福追求権・13条)、『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』(生存権・25条)ということになります。
日本が批准している『国際人権規約』では『健康に暮らす権利』がうたわれています。また、日弁連も2023年の人権擁護委員会で『医療アクセスを求める権利』の保障に関する決議を行っています。
大規模災害後の復興で重要とされる要素として、『医・職・住』という言葉がありますが、『医療アクセスを求める権利』は人間らしい生活をする上で最も重要なことといえます」
幸田教授は、マイナ保険証の事実上の義務化により「医療アクセスを求める権利」の侵害がすでに現実化していると指摘する。
幸田教授:「すでに報道されているのでご存じの方も多いと思いますが、医療機関の端末でマイナ保険証を提示して、資格確認でエラーが出て手間取ってしまい、結果として受診が遅れて亡くなった事例が発生しています。
また、マイナ保険証は、高齢者・障がい者の方にとって使いにくいものです。
さらに、地方の医療機関では、マイナ保険証導入に対応できないという理由で廃業するところが出てきています。
全国保険医団体連合会(保団連)の調査では、マイナ保険証の導入が義務化された前月の2023年3月に、全国で約1100の医院が廃業しています。また、2024年いっぱいまでに約1000の医院が廃業を決めているとのことです。
このままでは、地域医療が崩壊してしまうおそれがあります」
「デジタル化」への誤解が「法の下の平等」を侵害する
「法の下の平等」(憲法14条)についてはどうか。
幸田教授:「マイナ保険証が事実上強制されると、マイナカードを持っていない人、あるいは持っているけれども健康保険証との紐づけを行っていない人が不利益に扱われることになります。
これが『法の下の平等』に違反するということです。G7(先進7か国)でほかにIDカードと保険証を一体化している国はありません。
政府は『資格確認書』を交付することによって対応するとしています。しかし、保険証そのものではない以上、マイナ保険証を保有していない人が事実上の不利益を被るおそれがあります。
端的に、紙の保険証を継続して使えるようにすれば済むことです」
幸田教授は、政府・厚生労働省が推進する『医療DX(デジタル・トランスフォーメーション)』の背景にIT化・デジタル化への根本的な誤解があると指摘する。
幸田教授:「デジタル化を推進する目的は、本来、国民に利便性の高い手段を提供し、選択の幅を広めることにあります。
台湾でIT担当相を務めたオードリー・タン氏も、デジタル化は『国民へのエンパワーメント(力を付与すること)』だと述べています。
しかし、日本では、デジタル化の目的について『デジタル社会の実現に向けた重点計画』や『オープンデータ基本指針』などで『手続きのデジタル化』や『データの利活用』のみが強調される傾向があります。それでは、デジタルに対応できない人、対応が難しい人が置き去りにされるおそれがあります。
また、マイナ保険証によって、国民はかえって不便になってしまいます。
紙の保険証もマイナ保険証も、どちらも利用できるようにすることが、選択肢を広げます。選択の範囲を狭めるのは、デジタル化の趣旨にも、法の下の平等にも反するといわざるを得ません」
セキュリティ面での「法的欠陥」も…
情報プライバシー権(憲法13条)の侵害については、セキュリティ技術面での脆弱(ぜいじゃく)性がよく指摘される。すでに、身に覚えのないチャージがされる事件や、偽造マイナカードが使用される事件など、不正が多発している。
幸田教授は、データセキュリティ、サイバー攻撃への防御といった技術面に加え、法的観点からきわめて重大な問題があると指摘する。
幸田教授:「マイナンバー制度の下では、情報が一元的に管理されるおそれがあります。
諸外国のマイナンバー制度では、権限ある者による不正な名寄せや不正利用ができないようにするため、情報連携に第三者機関を介在させるしくみがあります。ところが、日本にはそれがありません。『個人情報保護委員会』はそこに関与する権限を持っていないのです。
権限ある者がその気になれば、すべての情報に不正にアクセスし、または不正利用できる状態といっても過言ではありません。
また、それを外部からチェックすることも困難です。
政治家に対する不信が広がり、時の権力に忖度(そんたく)する官僚が跋扈(ばっこ)している現状では、この点はきわめて深刻な問題といわざるを得ません」
マイナ保険証のリスクについては、従来、主に情報セキュリティの技術面からの指摘が行われてきた。しかし、法的観点からも、看過できないリスクが存在するということである。
今回、話を聞いた幸田教授は、地方自治制度を所管する総務省で行政課長を務めた経歴があり、かつ、弁護士として憲法・法律に精通している。その立場からの指摘はきわめて大きな意義をもつものであり、重く受け止めなければならないだろう。
※政府は今年12月に紙の保険証を廃止して、「マイナ保険証」への一本化を強行する構えだ。マイナンバーカードを持たない人を中心に不安が広がっているが、カードを取得しているか否かにかかわらず、多くの人に深刻な影響が及びそうだ。マイナ保険証導入により、町の小さな医院や歯科クリニックが廃業に追い込まれている。
〈保険証廃止に伴い2024年4月30日 閉院しました〉──東京・杉並区の住宅地にある歯科医院の入り口に、そんな張り紙があった。
張り紙を出した医院は取材に応じなかったものの、この3月から4月にかけて東京だけで病院・診療所211機関、歯科医院84機関が廃業した。医療機関の廃業・解散が過去最多だった昨年でも全国で709機関(医科・歯科合計)という数字だ。たった2か月間で、東京だけでも300近い医療機関が廃業した今年が、いかに異常な“廃業ラッシュ”であるかがわかる。
3月末に廃業した内科医院の元院長A氏が語る。
「マイナ保険証の導入と紙の保険証廃止が閉院を決めるきっかけになりました。オンライン資格確認(マイナ保険証の読み取り)などのシステム導入には費用がかかり、国の補助があっても、とても足りない。手間もかかる。私と看護師1人でやっていたから、慣れない患者さんにマイナ保険証の認証で質問されたり、認証のトラブルがあれば診察に大きな支障が出てしまう。閉院にあたって連絡を取った仲間の開業医にも、当院同様、制度についていけないので閉院を考えている人が何人もいました」
なくてはならない地域の医療機関が減っていく
全国約10万7000人の医師、歯科医師が加入する全国保険医団体連合会の本並省吾・事務局次長は閉院する多くの医院は同じ事情を抱えていると話す。
「2022年の統計では開業医の高齢化が進み、平均年齢は60歳前後。特に地方では人口減で新規開業に多額の費用がかかり、採算が取れそうになくて新たに開業する人がいないなか、高齢になった開業医が地域医療を支えているのが実態です。後継者が確保できず、医療過疎が進んでいます。
患者が少なく小規模な医院や地方の医療機関には、新規の設備投資をする余裕はない。それなのにマイナ保険証導入・オンライン資格確認システムの設備投資を小さな医療機関まで全国一律に義務付けた。そうなると医師も返済の見通しが立たないのに借金してまで頑張って続けようとは思わないわけです。結果的に高齢医師のリタイアが増え、長年患者さんに慕われてきた先生が廃業していく。なくてはならない地域の医療機関が減っていくのは大きな問題です」
患者にとっては、長年、自分や家族を診察してもらっていたかかりつけ医から突然、「閉院することになりました」と言われることのショックは大きい。神奈川県在住の70代女性はこう言う。
「自宅近くの小さなクリニックに定期的に通っています。私の体質や、これまで罹ってきた病気など、先生がすべて把握してくれていて、新しい症状が出ても、私の病歴を踏まえたうえで薬を出してくれる。なので、急に閉院すると言われたら、不安しかありません。信頼できる病院や医師を紹介してくれるのか、これまでのカルテは共有してくれるのか、など気になることはたくさんある」
閉院する場合、医療機関は継続的に通院している患者に閉院の時期を通知し、患者が希望すれば医師が転院のための診療情報提供書を書く義務がある。カルテも閉院後5年間の保管義務があるが、患者に渡す義務はない。
やはり不安は拭えない。
・《マイナ保険証強行導入の現実》「設備投資に数百万かかる」廃業危機に瀕する開業医の嘆き 「医療機関1万件廃業」試算に現実味も(NEWSポストセブン 2024年7月9日)
※政府が進める紙の保険証の廃止と、「マイナ保険証」の導入。今年12月にはマイナ保険証への一本化を強行する構えを示すなか、影響を受けるのは市民だけではない。町の小さな医院や歯科クリニックがシステム変更による負担増を強いられ、続々廃業に追い込まれているのだ。暮らしを支える「かかりつけ医」の現場で、何が起きているのか。
なぜ、マイナ保険証の導入が、地域の医療体制を不安にするほど医療機関の経営を圧迫するのか。
政府は昨年4月から医療機関にマイナ保険証の対応を義務化した(完全義務化は今年9月)。それに合わせて診療所や歯科医院に1台、病院には最大3台の「読み取り装置」を無償配布したり、購入する際に補助金を出した。
小規模な医院にかかっても受付にマイナ保険証の読み取り装置が置かれているのはこのためだ。
政府はマイナ保険証導入の医療機関側の実質負担はゼロと説明している。
だが、現実は違う。マイナ保険証とセットで導入された医療費の「オンライン請求」義務化が医療機関に重い負担となっている。これは、医療機関が診療報酬を請求する際、医療費を計算したレセプト(診療報酬明細書)をオンラインで申請しなければならないというものだ。
工事費に300万円
岐阜市で70年以上続く歯科医院の院長B氏(70代)も、廃業を考えている1人だ。こう語った。
「マイナ保険証をオンラインで資格確認するためには診療報酬明細書の作成専用のレセプト・コンピュータ(レセコン)まで全部オンラインでつながなければあかんのです。うちは今もレセプトは紙に手書きして診療報酬を請求しているから、レセコンもネット環境もない。新たに導入するには数百万円の費用がかかるが、あと何年やれるかわからないのに、そんな設備投資はできません。紙の保険証が廃止される12月が辞め時かなと思っています」
負担増はすでにレセコンを導入してカルテやレセプトの電子化を済ませている医療機関にも及ぶ。
全国約10万7000人の医師、歯科医師が加入する全国保険医団体連合会の本並省吾・事務局次長が語る。
「医療機関のなかには、レセコンを導入して電子カルテやレセプトの入力を行なっているが、患者の個人情報が流出しないようにネットにつながず、月1回の医療費請求の際にレセプトの情報を記憶媒体(CD-ROM)に入れて焼いて郵送しているケースがかなりある。だが、今年4月からはその電子データをオンラインで送信しなければならなくなった。厚労省は、すでにデータは入力されているから事務が効率化できると考えているようだが、医療機関側では新たなリスク・コストが経営を圧迫する。システムの全面改修が必要になったケースもある」
しかも、マイナ保険証・オンライン資格確認システムにWi-Fiは使えない。NTTのマイナ専用の光回線・光ファイバーを医療機関内に敷設しなければならなくなった。医療法でサイバー対策も義務化され、高額な機器を導入して防衛しないといけない。
「それなら今まで通りCD-ROMに入れて郵送したほうがコストがかからないし安全でしょう。なのに過疎地域や中山間地で開業していても、わざわざ全部に光回線を引かせた。古い建物に入っているクリニックなどは、コンクリートの壁をぶち抜かなければならないから、工事費に300万円くらいかかったケースはざらにあります。
パソコンもレセコンと別に、マイナ保険証専門のハイスペックなものを買えと言われた。回線、パソコン、ルーターと一式を新たに揃えるのにどれだけ費用がかかるか。電子データをCDで郵送する方式で全く困らないのに、余分な負担です」(同前)
来年4月までに続々消える
このレセプトのオンライン申請が義務化されたのは今年4月。この3~4月から医療機関の廃業が急増したのは、義務化前に駆け込みで辞めたものと考えられるのだ。
手書きのレセプトやCD-ROMに焼いて請求していた医療機関の場合、申請すれば1年だけオンライン請求を猶予される。前出のB院長のように4月までの廃業が間に合わなかった医療機関は、当面は紙やCD-ROMのレセプトで請求しながら、今年12月の保険証廃止のタイミングなど1年の猶予期間中に続々と廃業することが予想されるのだ。
今後どれだけの医療機関が消えていくのか。恐ろしい数字がある。全国保険医団体連合会は昨年10月、記者会見を開いて「オンライン請求義務化反対」を訴えた。
その際にまとめた資料によると、全国の医科診療所のうち診療報酬をCD-ROMや紙レセプトで請求していたのが1万5700機関、歯科医院では4万680機関にのぼる。同連合会のアンケート調査でそのうち19%が、「義務化されると廃業せざるを得ない」と回答しており、最大で「医科」の診療所が全国で2983機関、「歯科」の医院が7729機関、合計1万712機関が廃業する可能性があると試算している。
だが、同連合会や開業医らの反対にもかかわらず、政府が方針通り今年4月からオンライン請求を義務化した途端、かつてない規模の廃業ラッシュが起き、「医療機関1万件廃業」が現実味を帯びてきた。本並氏が指摘する。
「患者にとってマイナ保険証もレセプトのオンライン請求義務化もメリットは全くない。医療機関も負担が増えるだけ。その結果、医療機関の廃業が増えて地域によっては医療が受けられない事態になりつつある。地方で医療機関がなくなれば安心して子供を産めない、育てられない。高齢者も安心して暮らせない。そんな医療限界集落、歯科医療限界集落が全国に増えています」
患者にとってあまりに深刻な危機が、すぐそこに迫っている。
※週刊ポスト2024年7月19・26日号
・「マイナ保険証」のリスクは「セキュリティ技術面」だけじゃない!? 国民の生命を脅かしかねない致命的な“法的問題点”とは(弁護士JPニュース 2024年7月12日)
※マイナ保険証にはセキュリティリスクだけでなく「法的リスク」も…
健康保険証について、政府は12月をめどに「マイナ保険証への一本化」を進めている。また、7月8日には厚生労働省が、介護保険証についてもマイナカードへの一体化を進める方針を明らかにした。

(上)「マイナ保険証」低迷する利用率の推移
しかし、紙の保険証を廃止して「マイナ保険証への一本化」をすることには様々なリスクが指摘されている。そのなかにはセキュリティ技術面でのリスクだけでなく、法的なリスクもある。どのようなものか。元総務省自治行政局行政課長で、弁護士でもある神奈川大学法学部の幸田雅治教授に話を聞いた。
マイナ保険証の強制は「憲法41条違反」の疑い
神奈川大学法学部 幸田雅治教授
紙やプラスチックの保険証を廃止してマイナ保険証への「一本化」をすることについては、法的にみてどのような問題点があるのか。
幸田教授によれば、マイナ保険証への一本化は憲法41条に違反するという。同条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定めている。
幸田教授:「憲法41条は国会を『国の唯一の立法機関』と位置づけています。これは、国会に法律を作成する権利を独占させるものです。
この規定については、『法律』とはどのようなものをさすかが問題となりますが、判例・実務も学説も、最低限『国民の権利を制限し義務を課する法規範』は必ず含まれるという理解で一致しています。
つまり、『国民の権利を制限し義務を課する法規範』については、人権保障の見地から、国会が決めなければならないことになっています。これを『侵害留保原則』といいます。
もちろん、一定の例外は認められています。それは、国会が法律で行政機関に『委任』した場合です。すべて国会の議決が必要だというのは現実的ではないからです。
ただし、判例・学説によれば、その場合、委任は相当程度、個別具体的に行うことが要求されています(最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決等参照)。
しかし、マイナ保険証の強制については、委任の根拠となる法律の規定がなく、委任立法の要件さえ満たしていません」
さらに、幸田教授は、マイナ保険証によって、国民の以下の3つの「人権」が侵害されるリスクがあるという。
・医療アクセスを求める権利(憲法13条、25条参照)
・法の下の平等(憲法14条参照)
・情報プライバシー権(憲法13条)
幸田教授:「それぞれの人権の内容については後述しますが、マイナ保険証への一本化はこれらの人権を侵害する危険性があります。したがって、憲法41条に照らせば、少なくとも法律で委任事項について相当程度、個別具体的に定めなければならないはずでした。
それなのに、政府は、厚生労働省の省令の『療養担当規則』で、2023年4月以降のマイナ保険証のオンライン確認の義務化を決めてしまいました。
療養費担当規則に違反すれば、最悪の場合、保険医療機関の指定を取り消しのペナルティを受ける可能性があるというものでした。
もし保険医療機関の指定が取り消されると、事実上、その医療機関は保険診療を取り扱うことができなくなり、廃業を迫られることになります。
その結果、その医療機関を従来『かかりつけ医』として利用してきた人々にとっては、生命が脅かされる危険性さえあるのです」
河野太郎デジタル担当相の“憲法・地方自治無視”の「暴走」
また、幸田教授は、憲法が保障している地方公共団体の自治権(憲法92条~95条参照)が蹂躙(じゅうりん)されているとも指摘する。
幸田教授:「重大な問題は、河野太郎デジタル担当相が2022年10月に唐突に、保険証を2024年秋に廃止し、マイナカードと保険証を一体化した『マイナ保険証』に一本化するという方針を発表したことです。
そもそも、国民健康保険業務は市町村の業務であるにもかかわらず、自治体にまったく相談も協議もせずにこのような方針を打ち出すことは、まさに地方自治の侵害にほかなりません。
自治体の業務にかかわる政策について、このようなことはいまだかつて一度としてありませんでした。河野氏の暴走であり、憲法や一般的な法治主義に反し、到底許されない行為と言わざるをえません」
2023年成立の「改正マイナンバー法」でカバーされなかった“致命的欠陥”
紙の保険証の廃止・マイナ保険証への一本化については、2023年6月にいわゆる「改正マイナンバー法」が成立した。そして同年12月に施行日が2024年12月と決定され、現行の保険証が廃止されることになった。
これによって、前述した憲法41条違反の瑕疵(かし)がカバーされたとはいえないだろうか?
幸田教授:「マイナ保険証のオンライン確認の義務化について、『療養担当規則』に委任する法律の規定が定められたわけではないので、憲法41条違反の瑕疵はまったく治癒(ちゆ)されていません。
そもそも、法律で定める前に閣議決定などで既成事実化し、あとから法律で追認するという手法自体に問題があります。そんなことが許されては、憲法41条がなし崩しにされてしまいます。
また、前述のように、法律による政令・省令等への委任は、相当程度、個別具体的なものでなければなりません。『白紙委任』は許されないのです。
ところが、具体的な運用に関する細かい事項は事実上、ほぼ白紙委任に近いといわざるを得ません。個人情報漏えい防止や、マイナカードを取得していない人のため必要な措置を講じることなどの付帯決議が採択されてはいますが、付帯決議には法的拘束力がないため、憲法との関係では何の意味も持ちません。
昔は、委任事項を定める政令は、国会の場で法律と一緒に審議され、その内容が明らかにされていました。国会議員、とくに与党の議員は本来の役割を果たしているとはいえません。また、内閣法制局にも問題があります」
このように、幸田教授によれば、紙の保険証廃止・マイナ保険証への一本化は、国民の人権を侵害する危険性があるにもかかわらず、立法による規律が不十分であり、憲法41条違反の欠陥があるという。
そして、前述した通り、幸田教授は、マイナ保険証への一本化により侵害される国民の「基本的人権」として以下の3つを挙げている。
・医療アクセスを求める権利(憲法13条、25条参照)
・法の下の平等(憲法14条参照)
・情報プライバシー権(憲法13条)
以下では、これらの権利がどのように侵害される危険性があるか、検討を加える。
切実な「医療アクセスを求める権利」の侵害のリスク
まず、「医療アクセスを求める権利」とはどのようなものか。
幸田教授:「『医療アクセスを求める権利』とは、病気になった場合にすみやかに必要な医療サービスを受けることができる権利です。
たとえば、離島に住んでいる人が本土に行くのは、多くは医療のためです。必要なときにすみやかに医療機関を利用できることは、人間らしい生活を送るための前提なのです。
憲法の条文でいえば、『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利』(幸福追求権・13条)、『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』(生存権・25条)ということになります。
日本が批准している『国際人権規約』では『健康に暮らす権利』がうたわれています。また、日弁連も2023年の人権擁護委員会で『医療アクセスを求める権利』の保障に関する決議を行っています。
大規模災害後の復興で重要とされる要素として、『医・職・住』という言葉がありますが、『医療アクセスを求める権利』は人間らしい生活をする上で最も重要なことといえます」
幸田教授は、マイナ保険証の事実上の義務化により「医療アクセスを求める権利」の侵害がすでに現実化していると指摘する。
幸田教授:「すでに報道されているのでご存じの方も多いと思いますが、医療機関の端末でマイナ保険証を提示して、資格確認でエラーが出て手間取ってしまい、結果として受診が遅れて亡くなった事例が発生しています。
また、マイナ保険証は、高齢者・障がい者の方にとって使いにくいものです。
さらに、地方の医療機関では、マイナ保険証導入に対応できないという理由で廃業するところが出てきています。
全国保険医団体連合会(保団連)の調査では、マイナ保険証の導入が義務化された前月の2023年3月に、全国で約1100の医院が廃業しています。また、2024年いっぱいまでに約1000の医院が廃業を決めているとのことです。
このままでは、地域医療が崩壊してしまうおそれがあります」
「デジタル化」への誤解が「法の下の平等」を侵害する
「法の下の平等」(憲法14条)についてはどうか。
幸田教授:「マイナ保険証が事実上強制されると、マイナカードを持っていない人、あるいは持っているけれども健康保険証との紐づけを行っていない人が不利益に扱われることになります。
これが『法の下の平等』に違反するということです。G7(先進7か国)でほかにIDカードと保険証を一体化している国はありません。
政府は『資格確認書』を交付することによって対応するとしています。しかし、保険証そのものではない以上、マイナ保険証を保有していない人が事実上の不利益を被るおそれがあります。
端的に、紙の保険証を継続して使えるようにすれば済むことです」
幸田教授は、政府・厚生労働省が推進する『医療DX(デジタル・トランスフォーメーション)』の背景にIT化・デジタル化への根本的な誤解があると指摘する。
幸田教授:「デジタル化を推進する目的は、本来、国民に利便性の高い手段を提供し、選択の幅を広めることにあります。
台湾でIT担当相を務めたオードリー・タン氏も、デジタル化は『国民へのエンパワーメント(力を付与すること)』だと述べています。
しかし、日本では、デジタル化の目的について『デジタル社会の実現に向けた重点計画』や『オープンデータ基本指針』などで『手続きのデジタル化』や『データの利活用』のみが強調される傾向があります。それでは、デジタルに対応できない人、対応が難しい人が置き去りにされるおそれがあります。
また、マイナ保険証によって、国民はかえって不便になってしまいます。
紙の保険証もマイナ保険証も、どちらも利用できるようにすることが、選択肢を広げます。選択の範囲を狭めるのは、デジタル化の趣旨にも、法の下の平等にも反するといわざるを得ません」
セキュリティ面での「法的欠陥」も…
情報プライバシー権(憲法13条)の侵害については、セキュリティ技術面での脆弱(ぜいじゃく)性がよく指摘される。すでに、身に覚えのないチャージがされる事件や、偽造マイナカードが使用される事件など、不正が多発している。
幸田教授は、データセキュリティ、サイバー攻撃への防御といった技術面に加え、法的観点からきわめて重大な問題があると指摘する。
幸田教授:「マイナンバー制度の下では、情報が一元的に管理されるおそれがあります。
諸外国のマイナンバー制度では、権限ある者による不正な名寄せや不正利用ができないようにするため、情報連携に第三者機関を介在させるしくみがあります。ところが、日本にはそれがありません。『個人情報保護委員会』はそこに関与する権限を持っていないのです。
権限ある者がその気になれば、すべての情報に不正にアクセスし、または不正利用できる状態といっても過言ではありません。
また、それを外部からチェックすることも困難です。
政治家に対する不信が広がり、時の権力に忖度(そんたく)する官僚が跋扈(ばっこ)している現状では、この点はきわめて深刻な問題といわざるを得ません」
マイナ保険証のリスクについては、従来、主に情報セキュリティの技術面からの指摘が行われてきた。しかし、法的観点からも、看過できないリスクが存在するということである。
今回、話を聞いた幸田教授は、地方自治制度を所管する総務省で行政課長を務めた経歴があり、かつ、弁護士として憲法・法律に精通している。その立場からの指摘はきわめて大きな意義をもつものであり、重く受け止めなければならないだろう。