ウクライナを支援すること=ウクライナ政府(ネオナチ)によるウクライナのロシア系住民の民族浄化を支援すること。


以下、骨子は変えずに部分的に改変。

・東大准教授が説明しない背景

Prof. Nemuro🏶

2022年3月31日

https://note.com/prof_nemuro/n/n0f230c4265f1

※ロシアがウクライナへ軍事侵攻に踏み切った背景

読み解きに必須の背景知識について簡単にまとめておく。要点は「ウクライナ人がロシア人の土地を『自分たちのもの』と思うようになった」ことである。クリミアとドンバスの先住民はウクライナ人ではない。


ある国の事情。住んでいる国が嫌いだが、中々祖国に帰ってくれない異民族が一定数いる。その異民族は先住民と全く同じ権利が保証されているのに「権利が侵害されている」「迫害を受けている」と嘘をつく。あげく、自分達の母国語を住む国の公用語にしろ、と不当な特権を要求する。ウクライナの事情です。

— グレンコ アンドリー@Gurenko_Andrii、February 13, 2022

※ブログ主注:グレンコ・アンドリーはウクライナ人政治学者。


共存が無理なら連邦制にするかチェコとスロヴァキア、インドとパキスタンのように分離すればよいのだが、そうではなく、同化か退去を強要しているので、ロシアがロシア人保護のために介入したわけである。

ウクライナという国名から「ウクライナはウクライナ人(民族)の国」と誤解されがちだが、かつてのチェコスロヴァキアがチェコ人とスロヴァキア人から成る国だったように、現在のウクライナの母体のウクライナ・ソビエト社会主義共和国は主にウクライナ人とロシア人から構成される国としてソ連共産党がロシア革命後に新造した人工国家である。下図は、東部・南部の青い部分がロシア領から編入されたロシア人地域にほぼ相当する。




(上)青い地域はロシア系住民が多い地域。なぜなら元々はロシア領だったから。


問題は、ウクライナ人もロシア人も「ウクライナ国民」という意識は共有するものの、文化的アイデンティティは一致しないことである。ロシア人の多くは「国籍はウクライナだが文化的アイデンティティはロシア」で、隣国のロシア連邦との友好関係を志向するのに対して、独立後にナショナリズムを強く意識するようになったウクライナ人は、ロシア離れを強烈に志向するようになっている。

ウクライナ人は韓国人に似ていて、隣の大国(ロシアと日本)に対する劣等感と、歴史や文化面での優越感を同時に持っている。この複雑な心理がウクライナから「ロシアの残滓」を一掃して国中を純化するというナショナリズムの根本にあり、それがアメリカの煽動もあって過激な形で爆発したのが2014年のマイダン革命(暴力クーデター)である。

"ネオ"ナチなのだから、本家のヒトラーのナチ党と全く同じ思想であるとは限らない。ユダヤ人の代わりにアジア人の血が混じった野蛮なオークのロシア人を敵視するのがウクライナナショナリズムで、ウルトラナショナリストの目標はウクライナから「ロシア残滓」を一掃して純粋・純血の国にすることなので、ナチの同類であることは明らかである。

プーチンが言っているのは、ウクライナでは大統領も「革命の父」のウルトラナショナリスト(少数の危険分子)に逆らえなくなっているということであり、彼らを無害化するのが特殊軍事作戦の目的である。


・ギリシャ議会演説に「ネオナチ」が登場

Prof. Nemuro🏶

2022年4月8日

https://note.com/prof_nemuro/n/nad4a6fbed909

※ウクライナの「ナチ」について。

現代の「ナチ」は自民族の優越と劣等民族の排斥のことなので、反ユダヤではない→ネオナチではないとはならない。ウクライナでは反ロシアのウルトラナショナリストが、ロシア人はモンゴルとの混血の野蛮なオークだとして「浄化」の対象にしている。

ネオナチの代表格がマリウポリが拠点のアゾフ連隊で、先日のギリシャの議会演説に登場したために批判されている。これが海外の常識である。


・ウクライナの「ナショナリスト」

Prof. Nemuro🏶

2022年3月29日

https://note.com/prof_nemuro/n/na0e387b6e090

※独自取材するのはよいのだが、これではウクライナのネオナチ/ウルトラナショナリストを健全な愛国者としてする宣伝に協力していると言わざるを得ない。


【独自】ロ軍が敵視する「アゾフ連隊」司令官が語る https://t.co/0XsAJgLIUo

— テレ朝news (@tv_asahi_news) March 27, 2022

「ナショナリストといえば、国によっては過激な印象を持たれています。他の国でいうような“極右”や人種差別などはここにはありません。そんなものに誰も関心がないのです。アゾフのナショナリズムは唯一、国を守るということだけです」
アゾフ連隊の隊員の多くは「ナショナリストだがネオナチではない」と主張しました。


ウクライナは日本のような「単一民族が歴史的領土に住む国」ではなく、ウクライナ人の歴史的居住地に



レーニンたちがロシアの一部
スターリンがポーランド、ハンガリー、ルーマニアの一部
フルシチョフがロシアのクリミア半島

を切り取って編入したウクライナ人+ロシア人+その他の少数民族からなる人工国家である(→ウクライナの国土はウクライナ人だけの所有物じゃない)。

マリウポリのあるドンバスは歴史的なロシア人地域で、アゾフ連隊はそこに乗り込んできた「占領軍」のような存在である。アゾフの「国を守る」とはウクライナ全体からロシア色を消し去って「ウクライナ人だけの国」にすることである。





ウクライナのウルトラナショナリスト(極右)の問題を矮小化する論法には、

①ウクライナの極右は反ユダヤ主義ではないのでネオナチではない
②ネオナチは他の西洋諸国にもいる
③極右政党の選挙の得票率は低い(ドイツのナチ党とは違う)

などがあるが、いずれも論点ずらしである。

①だが、ネオナチとはヒトラーのナチ党と全く同じ思想の集団を示すものとは限らない。現在のウクライナナショナリズムではナチスのユダヤ人に相当するのがロシア人で、アジア系の血が混じったロシア人は純血のウクライナ人よりも劣った存在だとされている。

この思想とそのルーツからは十分に「ネオナチ」と言える。

【写真】ウクライナ全土でバンデラ信奉者が生誕113周年を祝い行進 https://t.co/IQ6abO9IiN

2014年のマイダン革命とはウルトラナショナリストが国全体を脱ロシア化→純化しようとしたものなので、東部・南部のロシア人地域では「ならば我々は分離させてもらう」という動きが広がり、各地で武力衝突が発生した。アゾフ連隊(の前身)はマリウポリを分離派から「奪還」したことで影響力を拡大した。

②だが、ネオナチが合法的な重武装した暴力装置として国家機関に入り込んでいるのはウクライナだけである。

③は事実(ただし、西部では無視できない支持率)だが、問題はそこではなく、少数派ながら政治を動かす力を持っているところにある。

現在のウクライナの政治の原点は2014年のマイダン革命なので、革命の立役者のバンデラ主義者のウルトラナショナリストは発言力の大きい別格の存在になっている(もちろん、暴力装置を持っていることも)。

プーチンが指摘していたように、大統領も逆らえないいわば「最高指導者」に政治が動かされていたのがウクライナである。

アゾフ連隊が日本人がイメージするような「愛国者」ではないことは、開戦前までは西側メディアでも報じられていた。


・ウクライナの"ナチ"化

Prof. Nemuro🏶

2022年3月24日

https://note.com/prof_nemuro/n/ndaa43d51d80f

※日本人なら「非常時なので許される」と思ってしまいそうだが、事はそう単純ではないとウクライナ出身の専門家が指摘している。

親ロ派政党の活動一時禁止

ウクライナのゼレンスキー大統領は20日、国内の親ロシア的な複数の政党に関し、活動を一時禁止すると発表しました。「親ロシア派の保護」をウクライナ侵攻の理由に掲げるロシアのプーチン政権が反発し、攻撃激化の口実とする恐れがあります。https://t.co/5iBXFFqvxc

— 時事ドットコム(時事通信ニュース) (@jijicom) March 21, 2022

2014年の暴力革命以降、「親露派」の意味が拡大して、革命を主導したナショナリストを除く多様な政治勢力を十把一絡げにしたものになっている。

ウクライナでは反露派と親露派の均衡が崩れて反露派のナショナリストが中心を占めるようになったために、中道・中立の政党が「親露派」の扱いになってしまったわけである。

今回の11政党の活動禁止は、ドイツのナチ党が他の政党を禁止したことと似ており、ロシアのプロパガンダに説得力を与えかねないだけでなく、挙国一致ではなく分裂を拡大する恐れがある。


ウクライナの「 #ネオナチ問題 」とは何か。筆者はロシアではなくこれまでの西側報道を参照しながら読み解き、こう指摘しています。「極右・ネオナチ問題がある」のはロシアのプロパガンダではない。それを侵略戦争の理由とするのがプロパガンダである、と。https://t.co/rlemhIVbSs

— 論座 (@webronza) March 23, 2022


— Haaretz.com (@haaretzcom) December 27, 2018
八幡 和郎: ゼレンスキーを正義の味方にして本当に大丈夫かhttps://t.co/4a1pc50Bqb
本日の午後6時から国会で、ゼレンスキー・ウクライナ大統領の演説が、リモートで行われる。私は今回の演説の許可には、おおいに疑問がある。 まず、もしこれが可能な...

— アゴラ (@agora_japan) March 23, 2022


ウクライナでは、ロシア語が普通に使われていたが、いまは、厳しく使用が制限されている。ウイグルとかの少数民族言語の使用を批判している人たちが、どうしてロシア語とロシア語系市民の抑圧をしていいのかも問題だが、反政府系の声がほとんどインタビューでも聞こえてこないのが不気味だ。


・「クリミア半島をウクライナにやれるか?」

Prof. Nemuro🏶

2022年3月20日

https://note.com/prof_nemuro/n/n68b619026c39

※ウクライナ人が大韓民国でも宣伝戦を展開しているので、繰り返しになるがその問題点を指摘する。


「済州島を日本にやれるか?」 知韓派ウクライナ議員の心響く比喩 中央日報

ニコライエンコ氏は「平和を望む」としつつも「今回の戦争は簡単には終わらないと思う」と展望した。「ロシアはウクライナがクリミア半島をロシア領土として受け入れ、ドネツクとルハンシクを独立国として認定するよう要求している」とし「中国や日本が済州島を占領した後、ここは自分たちの土地だと主張することと同じ」と比喩した。韓国人がそのような状況を受け入れることができないように、ウクライナ人も絶対ロシアの要求を認められないと声を高めた。


済州島は大韓民国―大韓帝国―朝鮮―高麗―と朝鮮圏に属し続けており、日本や中国に属した歴史はないが、クリミア半島はウクライナ民族の領地であったことはなく、1954年にフルシチョフの一存でロシアからウクライナに移管されたものである。ノヴォロシア(現在のウクライナの南東部)もロシア帝国の領地だったものを、ソ連共産党が新造した「ウクライナ・ソビエト社会主義共和国」に編入したものである。


帝政ロシアにおけるノヴォロシア・ベッサラビアの成立 : 併合から総督府の設置まで : https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/38984

18世紀末、クリミア半島の支配権は、オスマン帝国からロシア帝国に移った。その複雑極まる経緯を9つの段階にざっくり分けて説明してみよう。 https://t.co/Jn3fckHBfe


済州島は大韓民国の歴史的領土と言えるが、クリミア半島とノヴォロシアはウクライナの歴史的領土とは言えず、むしろロシアの歴史的領土と言った方が適切である。

仮に、大日本帝国の解体時にGHQが済州島を日本に帰属させたとすると、現在の韓国人は日本の「済州島は日本人の土地」という主張を受け入れられないだろう。逆に、対馬島が大韓民国に帰属させられていたなら、日本は韓国人の「対馬は韓国人の土地」という主張を受け入れられないだろう(『独島は我が領土』でも「対馬島テマドは日本領」とされている)。ロシアがウクライナの「クリミアはウクライナ人の土地」という主張を絶対に受け入れられないのも同じことである。この「知韓派ウクライナ議員の心響く比喩」とは、強盗(ソ連共産党)が隣人(ロシア)から奪ったものを貰った人(ウクライナ)が「元から自分のもの」と言うようなものである。

ロシアへの反発から「被害者」のウクライナの言い分をそのまま受け入れてしまう日本人が少なくないようだが、ウクライナは「東スラヴ三兄弟」の一人であり、そのレベルはロシア、ベラルーシと大差ないことには留意が必要である。ロシアと敵対関係にあることはまともで清廉潔白な国であることを意味しない(むしろ同じ穴の狢)。

純血のウクライナ人はアジア系との混血のロシア人よりも優れているという意識。


・ウクライナはアフガニスタン

Prof. Nemuro🏶

2022年3月1日

https://note.com/prof_nemuro/n/n588404f413ff

※ロシア軍のウクライナ侵攻はソ連のハンガリー、チェコスロヴァキア、アフガニスタン侵攻よりも、9.11テロ後のアメリカのアフガニスタン侵攻に近い。


ロシア大統領、ウクライナ和平条件は「中立化」 仏大統領と電話会談 https://t.co/faCGB1xEHF
— ロイター (@ReutersJapan) February 28, 2022


ウクライナとの和平は、同国が「非軍事化、非ナチ化」されることで中立化し、クリミアのロシア支配が完全に承認された場合のみに可能になると述べた。
日本人の大半は「非ナチ化」の意味が分からないと思われるが、ウクライナの武装集団は公安調査庁『国際テロリズム要覧2021』でも指摘されている。


2014年、ウクライナの親ロシア派武装勢力が、東部・ドンバスの占領を開始したことを受け、「ウクライナの愛国者」を自称するネオナチ組織が「アゾフ大隊」なる部隊を結成した。同部隊は、欧米出身者を中心に白人至上主義やネオナチ思想を有する外国人戦闘員を勧誘したとされ、同部隊を含めウクライナ紛争に参加した欧米出身者は約2,000人とされる。


ロシアから見たウクライナの「ナチ」は、アメリカから見たアフガニスタンのアルカーイダに相当する。


ウクライナ危機の影の主役――米ロが支援する白人右翼のナワバリ争い(六辻彰二)#Yahooニュースhttps://t.co/4oTvJYPHVI
— 六辻彰二/MUTSUJI Shoji (@MUTSUJI_Shoji) January 28, 2022


影の主役はウクライナ側にもいる。ウクライナの右翼団体アゾフ連隊だ。
現在のウクライナ政府と密接な関係にあることから、その不法行為はほとんど問題にもされず、首都キエフにある本部はウクライナ政府さえ介入できない、いわば「白人右翼の聖地」の一つになっている。


— Greek City Times (@greekcitytimes) February 28, 2022
「ロシアの侵攻がなければOK」か──ウクライナがテロ輸出国になる脅威(六辻彰二) https://t.co/wd0BSyTn2H
— ニューズウィーク日本版 (@Newsweek_JAPAN) February 17, 2022

ウクライナが欧州極右過激派の「戦場の実験場」に 政府軍、親露派双方に「従軍」 https://t.co/cSqzj0QygZ
— 毎日新聞ニュース (@mainichijpnews) September 9, 2020


ウクライナのネオナチの勢力に関する西側メディアの報道が少なすぎたことが、ロシアの軍事行動の一因になっている。

反ロ過激派が育った遠因は、ウクライナの独立時に指導者が李承晩の反日と同様の行動をとったことにある。


クラフチュークは大統領に就任すると、その立場を「ウクライナ・ナショナリスト」に近づけ、かつての反対派やルーフを政権内に取り込み、大統領権限を強化して一種の「権威主義体制」をつくり上げることに成功した。


クリミアも、長年ロシア領だったもので、ウクライナの「固有の領土」ではない。日本人が「クリミアはウクライナのもの」と言うのは、外人が「竹島(旧松島)は大韓民国のもの」と言うのと同じである。

クリミアは、54年まではロシア領だったが、その年にフルシチョフによってウクライナへ移管された地域である。・・・・・・92年から94年にかけて、クリミアではウクライナからの分離独立、ロシアへの帰属要求がロシア系住民を中心に強力に推進され、これを阻止しようとするウクライナ政府とのあいだに緊迫した対立が生じ、散発的ながら衝突事件も発生した。ロシアは議会を中心に、クリミアのウクライナからの分離を支持したため、ウクライナとロシアの厳しい対立の一要因となった。


‎ロシア内戦後、クリミア半島はRSFSRの一部となり、自治ソビエト社会主義共和国と宣言された。クリミア・タタール人とカライ人はこの地域の先住民族であると宣言され、クリミア・タタール語とロシア語が公用語となった。同時に、1897年と1926年の半島の人口(セヴァストポリを含む)の民族構成は以下の通りであった:ロシア人、それぞれ、33.11%と42.65%。ウクライナ人, 11.84% と 10.95%;クリミア・タタール人、35.55%、25.34%。‎


プーチン大統領を批判するのは自由だが、この程度の基礎知識も知らないのなら「戦争、駄目、絶対」の九条信者と大差ない。無知は罪である。


・ロシアとウクライナが「こじれた」複雑すぎる経緯 歴史で紐解く「ウクライナは民族国家なのか」(東洋経済オンライン 2022年2月25日)

的場 昭弘 : 哲学者、経済学者、神奈川大学経済学部教授

※ウクライナに住む当事者の立場を見ること

残念ながら、すでに、ロシアは独立を求めるウクライナの親ロシアのドンバスの2つの共和国に侵攻してしまった。首都キエフなどでも戦闘が行われている。ロシアとウクライナの対立の小さな火を、扇で仰いでしまったようである。コロナ禍によって世界で多くの人が亡くなっている最中、むしろ世界の協力と平和を求めるべきなのに、第三次大戦になりそうな戦争の可能性をマスコミも大国の外交もあおってしまったのだ。いったい、世界はどうなってしまったのか。

ウクライナ問題は根の深い問題である。歴史をさかのぼればさかのぼるほど、一筋縄ではいかない問題であることが見えるはずだ。この問題を考える際に、まず考えねばならないのは、ロシアの主張は本当に不当なのかどうかである。思考停止は、最初から偏見を持つことにある。相手の立場に立って見ることも重要だ。さらにはウクライナの人々、ウクライナのロシア人、ポーランド人、そのほか普通の人々の立場に立って冷静に見ることも重要だ。

もちろん、ここでロシア政府とロシア人を同じものだと考えてはいけない。またウクライナ政府とウクライナ人(大半はロシア人だが)を同じものだと考えてはならない。ウクライナ問題の中でまったく見えてこないのは、ウクライナに住む人々の声だ。とりわけ問題のドンバス地域に住む人々の声だ。当事者抜きで、アメリカ、ロシア、ウクライナといった国家レベルだけで考えれば、住民の望むところは理解できない。

どこまで歴史をさかのぼるかによって、その国家も民族も、その存在を正当化することも、また否定することも可能だ。どの国家や民族も昔からずっと存在してきているわけではなく、想像されたものであることは、疑いない。国民国家とは「想像の共同体」にすぎない。

19世紀の半ばから歴史を始めれば、なるほどウクライナは独立した民族であり、独立した言語をもつ、国家である。しかし、それ以前にさかのぼれば、小ロシアにしかすぎない、いやさらにローマ帝国崩壊後、北方から侵入したルーシ族が創設したキエフ公国までさかのぼればロシア人の起源はウクライナだといえないこともない。

小ロシアとなったウクライナ

しかし、歴史は残酷だ。このキエフ公国はモンゴルに潰され、やがて隣のリトアニア=ポーランド王国に潰されていく。そしてウクライナのロシア人を奪回したのがロシアだ。ヨーロッパに接近することで力をもったロシアが大国になるのは、ピョートル大帝(1682~1725年)からだ。その後ロシアの拡張は進み、ウクライナはロシア本体の辺境である小ロシアになる。それが辺境を意味するウクライナということばとなって現れる。

今の大国ロシアから見れば不思議な話だが、ロシアはつねに西に位置するスウェーデンやポーランドの侵入を恐れてきた。とりわけカトリックの宗教騎士団の侵攻である。ロシアは正教会であり、13世紀のアレクサンドル・ネフスキーの名前はカトリックの侵入を阻止した人物としてロシアの歴史に刻まれている。だからこそ、ロシアにとってスウェーデンとの間に横たわるフィンランドは重要で、この国を親ロにすることが重要であった。フィンランドもスウェーデンを恐れていたからある。

スウェーデンとポーランドの侵攻を抑えるために重要なのが、プロイセンである。18世紀に起きたプロセイン、ロシア、オーストリアによるポーランド分割は、ロシアにとってリトアニア=ポーランド王国の残滓を消すことであった。

しかし、状況は19世紀に一変する。そのきっかけをつくったのが、ナポレオンである。今のリトアニアのヴィリヌスに入ったナポレオンは、1812年初夏ロシアへと侵攻する。ロシア侵攻は、結局ナポレオンの敗走によって幕を閉じるのだが、ヨーロッパに民族独立の火をつけ、その後進展する国民国家独立運動を引き起こしてしまう。

それがギリシアのオスマントルコからの独立運動である。英仏の支援を受けたギリシアは独立に成功するが、これがポーランド独立運動の高まりを生み出し、若者たちの独立運動を引き起こす(青年ドイツ、青年イタリアなど)。こうした独立運動は、当然ながら絶対王政による支配に対する抵抗運動として、社会主義者や共産主義者も巻き込み、ポーランド独立運動支援を生み出す。そんな中、1853年イギリス・フランスとロシアが戦ったクリミア戦争(~1856年)が起き、ウクライナの民族独立運動が生まれる。この頃生まれたのが、ウクライナ民族は存在し、ウクライナは独立国であるべきだという主張である。

ウクライナ民族主義がロシアのツァー体制に向けられたことで、ソ連共産党となるボリシェヴィキもウクライナ独立を支援するようになる。ソビエトが成立して、レーニンはウクライナを連邦共和国の一員として迎えることで、ウクライナをロシアとは別の民族だと認めることになる。一方、第一次大戦が終わると同時にこの地域に西欧が軍事介入し、赤軍と戦うことになる。一方、レーニンの主張に対して、マルクス主義の革命家・哲学者であるローザ・ルクセンブルク(1871~1919年)は、ウクライナ民族の創設について、民族は恣意的に創られるものではないと批判する。この問題が、ウクライナには重くのしかかることになる。

親米政権の発足が問題の発端に

第二次世界大戦では、ソ連はヒトラーのバルバロッサ作戦(1941年)によるソ連侵入によって、大きな被害を受ける。連合軍の勝利の後、ロシアはウクライナ共和国を拡大し、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、チェコスロバキアと直接接するように国境地域を拡大する。結果的にウクライナにロシア人以外が住むようになる。とはいえ、ウクライナの人口の多くはロシア語を話すロシア人であった。

1991年のソビエト崩壊によって、ソ連の共和国が独立していく。その中にウクライナもあったが、ロシアはこれらの地域がNATO(北大西洋条約機構)に入らないという条件付きで、独立を認めた。

ウクライナは、2014年の「マイダン」のクーデターで、ロシアと対立する資産家ポロシェンコが、大統領ヤヌコヴィッチをロシアに追放し、親米政権を創る。ここからウクライナ問題が起こる。ロシアは東部に軍隊を送り、その結果、ウクライナの中にロシアに近いルガンスク共和国とドネツク共和国が生まれたが、これをウクライナも西側も国として承認していない。一方クリミアは、ロシアに編入された。もちろんこれも承認されてはいないが。

ウクライナにとって不幸なことは、エネルギー資源を含め最も豊かなのが、この東部であることである。だからウクライナはこれらの地域の分離独立を認めることはできない。こうした問題は、何もウクライナだけではない。ボスニア・ヘルツェゴビナの北にあるスルプスカヤ共和国も同じような状態が続き、ユーゴでの紛争を長期化させた。またスペインのカタロニア独立を求める運動を、スペイン政府が認めていないという問題もある。要するに近代国民国家の独立には、認められるものと認められないものがあるということだ。

ここに当然、大国が介入する余地がある。そもそもウクライナはヨーロッパに属するのだが、EUには軍事組織がない。あるのはNATOである。ソ連時代はワルシャワ条約機構があり、それが東欧を束ねていたのだが、今ではNATOが束ねている。しかし、ウクライナがこれに入るとなると、ロシアはNATOに包囲されることになる。

EUは独自の軍事組織を持つということを課題にしていたのだが、実際にはNATOの傘下に入ることになる。これがウクライナ問題をこじらせている最大の原因である。EUに参加すると、結果的にNATOに入ることになり、ロシアと敵対することになるからだ。もちろんEU独自の軍事組織をもてば、ロシアの近隣にアメリカ中心のNATOが軍事組織を持つことはない。しかし、EUの中でそうした軍事組織をアメリカが認めるはずはない。この問題がウクライナ問題を袋小路に導いているといえる。

地理的にも不幸なウクライナ

ウクライナにとって不幸なのは、地理的問題だ。ウクライナは今のロシアにとってEUとの緩衝地帯である。さらに、ウクライナを流れるドニエプル川そしてドネツ川(ドン川)が、ロシアへつながっていることだ。北の海しか持たないロシアの重要な輸送路は、黒海である。黒海に入った船はロシアに向かってこれらの川を上る。これと良く似た不幸な地理的地域がドナウ川流域だ。ドナウ川はルーマニア、ブルガリア、セルビア、ハンガリー、スロバキア、オーストリア、ドイツ(流域を含めるとウクライナも通る)を流れる。これらの国は、一蓮托生であり、勝手な行動を取ると紛争に発展する。

ましてウクライナの東部の天然ガスが、西欧へ流れていく点で、ウクライナは重要な地点である。しかし、一方でロシアとドイツとのノルドストリーム1、2が建設され、さらにはトルコからブルガリア、そしてドイツへと流れる天然ガスのパイプラインができれば、ウクライナは取り残される。それはロシアとドイツの協力による、戦後のヨーロッパ体制の崩壊であり、またEUの崩壊であり、アメリカとフランスにとっても傍観はできない。

だからこそ、この地域はバルカンと並んで重要な地域であり、アメリカの軍事戦略とロシアの軍事戦略が真っ向から対立する地域でもある。巻き込まれているのは、ウクライナだけではない。ルーマニア、ブルガリア、セルビア、ポーランド、バルト3国など周辺諸国も巻き込まれている。NATOとEUの拡大は、これらの地域をロシアとの対立へ誘うことになる。不幸な話である。

ウクライナは歴史に翻弄されてきた地域である。オスマントルコの時代には黒海沿岸部はオスマントルコの支配を受け、ロシアの南下によってロシアの支配を受け、つねにいずれかの強国の支配を受けざるをえなかった地域である。それはバルカンに極めて似ている。今ウクライナに似ているのは、バルカンのセルビアだ。セルビアは、EUとロシアの狭間に立っている。セルビア大統領ヴチッチは、アメリカとロシアの2つの大国を天秤にかけながら外交しているが、場合によってはセルビアの大統領だったスロボダン・ミロシェヴィッチ(1941~2006年)のように大国によって失脚させられるかもしれない。

帝政ロシア時代の哲学者、作家のアレクサンドル・ゲルツェン(1812~1870年)の書簡は、こうした地域にとっての1つの示唆を与えてくれるかもしれない。彼はこう述べている。

「中央集権化はスラブ精神と相容れない。連邦組織の方がその性格にとってはるかに固有のものである。自由な独立的な諸国民の同盟として結集することによってのみ、スラブ世界はついに真の歴史的存在となるだろう」

(「ロシヤ民族と社会主義 ミシュレへの手紙」金子幸彦訳、世界大思想全集、哲学文芸思想篇、27巻、河出書房、1954年、163ページ)。

中立的な連邦国家としてのウクライナ

ロシアは、それがスラブ精神と相容れないのならば、望むべくは巨大な中央集権的国家であることを辞めるべきであろう。それと同時に、ウクライナも小さなルガンスクやドネツク共和国を認めるべきであろう。ソビエト連邦は少なくともそれを目指したはずだが、実際にはロシア支配になってしまっていた。バルカンでは、バルカン同盟という構想があったが、連邦制という考えはどうであろう。

長い間東欧地域はオスマントルコ帝国、オーストリア帝国、ロシア帝国の絶対主義体制が支配的であったのだが、それを打ち破る連邦制を追求したのが、ロシア革命であったとすれば、今プーチンがやろうとしていることは、ロシアのツアー体制に逆戻りすることにもなりかねない。それを受けて立つウクライナも、ロシア人地域を自国に引き留めておけば、同じ穴の狢だ。

厳しいことをいえば、ウクライナはEUに入るよりも、中立な連邦国家として存在したほうがいい。EUの拡大がNATOの拡大なら、ロシアとの対立は避けられないだろう。EUが独自の軍事機構を持ち、なおかつロシアもその仲間に入れるようになれば、状況は変わるだろうが、それは今のところ無理であろう。ならば、やはり、歴史的にも、地理的にもウクライナは、ロシア=スラブという環境の中で生きていくしかないだろう。もちろん、ウクライナに住む少数民族のルテニア人、ベッサラビア人、ガリツィア人なども小さな国を創り、連邦化するべきかもしれない。