『私なんて障害者じゃないんだ』
ラポールに行って思うことの
ひとつなんだけど。
↑↑
これは障害を背負った方々に対しての、尊敬の念で言ってる言葉です。
決して自分を優越する意味ではありません。
でも私は、
もう健常者とは違うんだ。
と思うこと多々あり。
駅の階段とか、手すりがないと怖い。これは目眩のせいかもしれないけれど、怖いって気持ちが強い。
この前、永ちゃんライブで東京ドームへ行った時も、
帰路、
水道橋駅でも、東京駅でも、
NAVITIMEで検索した乗車予定の電車に乗れなかった。
万が一を考え、終電の二本前の電車で検索したから良かったけれど。
乗り遅れた理由は、
ホームに上がる階段で、
左端・手すりのそばへ行きたくて、でも目の前にいた人がスマホ見ながらスローペースで歩いてて…
追い越すことが怖い。
じっと後ろを歩くしかない。
そしてホームで
目の前の人は駆け込み乗車。
私には出来ない。
駆け込み乗車
いけないことだとわかっているけれど、
終電とかにギリの時なんかは、
私も倒れる前までやっていた。
気持ちはわかる。
でも、もう、今の私には出来ない。
東京ドームでも、
かなり傾斜の強いスタンド席で、
やっぱり手すりとかがないと怖い。
映画館に行っても、
上映間近・館内照明がほぼ消えたあとは怖い。
上映終了後、照明が点いてからでないと、立ち上がれない(-_-;)
倒れる前までの私とは
やっぱり違う。
毎日毎日の生活の中で、
微妙な違いは、
日々感じてるんだけど。
記憶力がおかしくなっているせいか、
覚えていられない、忘れてしまう。
これって、困ることなんだけど、
でも、もしかしたら、
悲しいこと悔しいこと困ったこと…etc…
引きずらずに済む手段なのかな。
とか思ったりする。
日常生活の中で、
普通なら考えないようなこと。
予想すらしないようなこと。
そういうこと…
福祉現場で長い間、働いてきた私でも、
当事者にならないとわからないこと、当事者になって本当にわかること。
そういうのがたくさんあって…
それってやっぱり
健常者とは違うんだな。
って思う。
ラポールに行って思うことの
ひとつなんだけど。
↑↑
これは障害を背負った方々に対しての、尊敬の念で言ってる言葉です。
決して自分を優越する意味ではありません。
でも私は、
もう健常者とは違うんだ。
と思うこと多々あり。
駅の階段とか、手すりがないと怖い。これは目眩のせいかもしれないけれど、怖いって気持ちが強い。
この前、永ちゃんライブで東京ドームへ行った時も、
帰路、
水道橋駅でも、東京駅でも、
NAVITIMEで検索した乗車予定の電車に乗れなかった。
万が一を考え、終電の二本前の電車で検索したから良かったけれど。
乗り遅れた理由は、
ホームに上がる階段で、
左端・手すりのそばへ行きたくて、でも目の前にいた人がスマホ見ながらスローペースで歩いてて…
追い越すことが怖い。
じっと後ろを歩くしかない。
そしてホームで
目の前の人は駆け込み乗車。
私には出来ない。
駆け込み乗車
いけないことだとわかっているけれど、
終電とかにギリの時なんかは、
私も倒れる前までやっていた。
気持ちはわかる。
でも、もう、今の私には出来ない。
東京ドームでも、
かなり傾斜の強いスタンド席で、
やっぱり手すりとかがないと怖い。
映画館に行っても、
上映間近・館内照明がほぼ消えたあとは怖い。
上映終了後、照明が点いてからでないと、立ち上がれない(-_-;)
倒れる前までの私とは
やっぱり違う。
毎日毎日の生活の中で、
微妙な違いは、
日々感じてるんだけど。
記憶力がおかしくなっているせいか、
覚えていられない、忘れてしまう。
これって、困ることなんだけど、
でも、もしかしたら、
悲しいこと悔しいこと困ったこと…etc…
引きずらずに済む手段なのかな。
とか思ったりする。
日常生活の中で、
普通なら考えないようなこと。
予想すらしないようなこと。
そういうこと…
福祉現場で長い間、働いてきた私でも、
当事者にならないとわからないこと、当事者になって本当にわかること。
そういうのがたくさんあって…
それってやっぱり
健常者とは違うんだな。
って思う。