先日の富山で友人から聞いた話。
その友人は、もうひとり富山の人間と一緒に、2016年永ちゃんのツアーライブファイナル(武道館)が終わった翌日、富山へ帰る前に、私が入院してた病院へお見舞いに来てくれたそうで。
でも、もうひとりの人は病室に入って私を見るなり泣いてしまったらしく。涙が止まらなくなったらしく。
病室を出てから交わした言葉が
『あんな酷いことになってたなんて…辛いね…来なければよかったね』
だったとか。
その頃の私は(2016年12月20日前後)くも膜下出血手術後の、予後のリスクを全部背負ってしまった状態だったと思う。
『更に手術後も安心はできません。くも膜下出血は脳表に広がります。今迄きれいな髄液の中に浮いていた脳が急に血液にさらされますので、脳や脳血管が様々な反応を起こします。そのうち重大な症状を起こすものが脳血管れん縮といって脳の太い血管がギュッと縮んでしまうものです。脳血管が縮むとその先へ血液が行かなくなりますから、脳梗塞を起こして片麻痺や失語がでます。これは発症から1週間前後で起こります。
また髄液の流れが停滞して水頭症を起こすこともあります。発症から安心できる状態になるには最低2週間かかりますから軽症でも1-2ヶ月の入院となります。一番影響を及ぼすのは最初の脳障害の程度です。くも膜下出血以外にも脳内出血を合併することもあり、その場合には片麻痺などの症状が残ります。
また最初の出血で意識障害が強い場合は死亡や遷延性意識障害となる例が多くなります。
重症例も多いですが、3分の1の例で元気に社会復帰できます』
(ネット記事から引用)
その日から一ヶ月後くらいにはリハビリ病院へ転院したわけだけど、やはり転院当初の私は、相当酷い状態だったんだろうね…
2017年12月のツアーライブの武道館も、2018年9月の東京ドームでも、私はその方たちに会っていて。
『元気になったねー』と言ってくれたけれど、まだまだどこか心配があったらしく…
今回の富山では
『本当にビックリするくらい回復したね!!もう大丈夫だね!!』と。
元気に社会復帰出来たけれど、何もなくではないし、何もないかのような私になるまでのリハビリの日々は、私自身、絶対忘れない。忘れちゃいけない。
今でも必ず『これもリハビリだ〜』と何かあるにつけ自分に言い聞かせてる。
その友人は、もうひとり富山の人間と一緒に、2016年永ちゃんのツアーライブファイナル(武道館)が終わった翌日、富山へ帰る前に、私が入院してた病院へお見舞いに来てくれたそうで。
でも、もうひとりの人は病室に入って私を見るなり泣いてしまったらしく。涙が止まらなくなったらしく。
病室を出てから交わした言葉が
『あんな酷いことになってたなんて…辛いね…来なければよかったね』
だったとか。
その頃の私は(2016年12月20日前後)くも膜下出血手術後の、予後のリスクを全部背負ってしまった状態だったと思う。
『更に手術後も安心はできません。くも膜下出血は脳表に広がります。今迄きれいな髄液の中に浮いていた脳が急に血液にさらされますので、脳や脳血管が様々な反応を起こします。そのうち重大な症状を起こすものが脳血管れん縮といって脳の太い血管がギュッと縮んでしまうものです。脳血管が縮むとその先へ血液が行かなくなりますから、脳梗塞を起こして片麻痺や失語がでます。これは発症から1週間前後で起こります。
また髄液の流れが停滞して水頭症を起こすこともあります。発症から安心できる状態になるには最低2週間かかりますから軽症でも1-2ヶ月の入院となります。一番影響を及ぼすのは最初の脳障害の程度です。くも膜下出血以外にも脳内出血を合併することもあり、その場合には片麻痺などの症状が残ります。
また最初の出血で意識障害が強い場合は死亡や遷延性意識障害となる例が多くなります。
重症例も多いですが、3分の1の例で元気に社会復帰できます』
(ネット記事から引用)
その日から一ヶ月後くらいにはリハビリ病院へ転院したわけだけど、やはり転院当初の私は、相当酷い状態だったんだろうね…
2017年12月のツアーライブの武道館も、2018年9月の東京ドームでも、私はその方たちに会っていて。
『元気になったねー』と言ってくれたけれど、まだまだどこか心配があったらしく…
今回の富山では
『本当にビックリするくらい回復したね!!もう大丈夫だね!!』と。
元気に社会復帰出来たけれど、何もなくではないし、何もないかのような私になるまでのリハビリの日々は、私自身、絶対忘れない。忘れちゃいけない。
今でも必ず『これもリハビリだ〜』と何かあるにつけ自分に言い聞かせてる。