しかし、自分だけのしっかりとした価値観でモノを見たい人や自己を確立している人には読みやすい文であろう。
そこはマルチだった(昔の話)
今の時代注意しないといけない言葉は外来語を取り入れていかがわしい行為が正当化されてしまうことだ。
マルチ商法はネズミ講に商品を介在させただけの詐欺行為であるにも関わらずメディアにも新聞にも具体的に取り上げられていない。
それどころかマルチ商法はネットワークビジネスと名乗りビジネス誌の一部として書籍に並べられている。
このマルチ商法に生まれて初めて遭遇したのはプロレスの試合を2千円で見れるから大阪の市民会館までこないですか?という携帯のサイトでやり取りをしたときだ。
会場内に着くとなにやらワンサカワンサカとビジネススーツに身を包んだ男女が次から次へと入って行く。(400人はいたと思う)
私も「一体なんだ?プロレスの試合じゃねえのか?これビジネスの集まり?」
さっぱりわからないまま会場内に足を運ぶと携帯で連絡を取り合った女性が待っていたのでその場所に行くと五、六人の冴えない若い男達と一緒にいた。
彼らから話を聞いてみると「光ファイバーの時代がくる、京セラの~、MOJIKOがどうのこうの~」
なにやら備えつき電話の販売で儲けようという話であった。(かもめサービス(株)フォーバル)
しばらく彼らの話を聞いた後会場では彼らの一番リーダー的存在である久保雅文なる人物がこの商売のすばらしさを語った。
久保に憧れていた彼らはその話を聞いて感動していたが、私は一人冷静に公演直後の久保の表情を観察していた。「どう見てもこいつは人をバカにしてる奴やな」
と直感的に見抜いた。
久保の後には代理店の優秀者の表彰があったが見ていて気持ち悪かった。(登場する際には大昔の武藤のテーマ曲に合わせてやってきた)
白塗り乗用車を所持していることを誇示して金持ちになると素晴らしいことを解いていたが車に興味のない私は全く憧れを抱かなかった。
「プロレスやるんじゃなかったのかなあ」と待っているとみちのくプロレスのグレートサスケと新崎人生と他のレスラー二人が登場してタッグマッチを行った。
試合自体はまずまずのものであったが、試合後にサスケが「私もMOJIKOを使ってます。とても便利です」と自らもかもめサービスの代理店をしていることを公言した。
会場での催しが終わったあと金の亡者6人組から、かもめサービスの代理店を一緒にやらないか?と持ちかけられたが「警察官になりますので!」と断って帰った。
彼らは私に「かなり儲かっている」と言いながらその日の宿泊はサウナが安いからそこに泊まると言っていた。
(金持ってる奴がサウナで宿泊を済ませるわけがない!)
帰宅後、マルチの実態が見れて楽しかったとその日を振り返って喜んでいた私がいた。
サスケのみちのくプロレスとデルフィンの大阪プロレスに分裂した理由がサスケがマルチ商法の広告塔になっていることが原因だと自分で解釈した。
最近このかもめサービスの話を全く聞かなくなったからおそらく崩壊したのだろう。(上部はたっぷり金を巻き上げて)
しかし、サスケはマルチの広告塔であったことをとりあげずに覆面議員だのどうでも良いことばかりしかメディアは取り上げていない。
久保雅文は今も経営コンサルタントとして普通に書物をだしている。(もちろん経歴にかもめサービスだのMOJIKOのことは触れられていない)
次回は最近流行している健康補助食品のマルチについて語っていきますので楽しみにしていてください。
宗教批判
創価学会のことについて述べていくことにする。
知っている人は多いと思うが最近のテレビの創価学会系タレントが登場するのがあまりにも多すぎる。
お笑いと宗教は一番遠いところにあるように見えて実はものすごく接近している。
私の昔からの友人が知り合いから「一度、学会に来てみないか?」
と誘われて行ってみたら久本雅美が仏法の大切さを延々と語り続けるビデオを見せられて困ったそうだ。
久本は高感度№1の芸能人であるがこれも創価信者による情報操作だと思うと吐き気がする。
私自身は宗教は個人の自由であるからなにを信じようが構わないと思うのだが創価学会に関してはものすごい嫌悪感を感じる。
テレビでタレントが「私、創価学会に入ってまして」と堂々とカミングアウトをするのを見たことがない。
公の場で自分の身分を伏せて陰で勧誘している実態がイヤだ。
私の周囲の人間で学会出身者は確かに性格はすごくいい奴が多い。
しかし、逆に騙されやすくさらに口が軽く腹を割った話がしずらい。
親が創価だと子供も自動的に創価に入れられて自分で考えて人生を切り開くことなしに学会の言うがままに動いているというのが私の実感だ。
創価学会というのはもともとは牧口さんと言う方が私財を投げ打って弱者救済のために打ち立てられた立派な反体制組織であったはずだ。
それが今、池田大作という男が末端の信者が苦しんで境遇に救済をしないで健康補助食品のマルチ商法まで黙認しているから驚きだ。
このマルチ商法は今はネットワークビジネスだのかっこいい呼び名で呼ばれているがこの商法に手を染める人間は自分の幸せ追及のために他人を不幸にしてしまうのが平気な輩だ。
政治では思想的に正反対であったはずの自民党と手を組んでいる。
これで信者も目を覚まさなくてはいけないのにいまだに投票の際に「公明党」などと馬鹿げたことを書いている。
信者同士は一緒になって投票所に行っているというがこれは立派な相互監視システムだ。
さらに信者は選挙前になると普段関わりのほとんどなかった者に電話で「選挙には公明党をよろしく」とか「公明党に入れた?」と他人の選挙権にまで介入してこようとする。
騙されていることが幸せな連中な奴はそのままでいい。
だけど関係ない奴まで巻き込まないでくれ。
世の中の真っ当に生きている本当に心が純粋な奴まで疑いのまなざしで見ないといけなくなる。
本来仏教と言うのはこの世の執着をなくしてしまうための教えであったはずだ。それが何ゆえ死への不安をあおって商売させることを認めているのだ?
メディアはこのことに対して全く論じようとしない。創価学会恐るべし!
次回はマルチについて詳しく述べていくことにする。
情報格差
私はテレビというものは非常に罪深いものだと思っている。
物事の判断や情報の方向性が一つの方向に偏たないようにするのが本来のメディアのあり方だろう。
現代ではインターネットがあるとはいえ、それを使いこなせたり、情報をみることができるのは少数だ。
こうやってブログを作ったりインターネットを見れる私はかなり恵まれていると感じる。
情報の格差はしかるべき教育を受けてきたかどうかでも表れていると実感する。
「この指とまれ」というサイトを皆さんはご存知だろうか?
これは学校の同窓生を探すサイトで登録したらお互い連絡がとれるようになるというものだ。
このサイトに登録している同級生の傾向を自分なりに調べてみた。
登録したのが早い人はみな理工系かつ学業が優秀な人間ばかりであった。
近年登録した人は私も含めて文系も増えたように思える。
しかしながら私が驚いたのは小、中、高とどこを眺めても周囲に「不良」と呼ばれていた者や成績下位者がほとんどいなかったことだ。
このことは情報流通を警戒してサイト登録を行わなかったという人も中にはいるだろうが、パソコンで情報をある程度集めることができるかどうかという判断材料にはなる。
パソコンは使わず携帯を使って情報を集めているから大丈夫だろうという意見があるかもしれない。
しかし、携帯はまだまだパソコンよりも数段機能が落ちる。
電話の通話料金も高いし、情報通信量もはるかに少ない。
私はこのこと自体は悪いと言っているのではなく、携帯とテレビでは情報を限定されていることをその使い手が認識しているかどうかという点だ。
最近のテレビの傾向に私はものすごく怖いものを感じている。
娯楽にすぎないバラエティー番組が特定の宗教の信者で固められていたり、さらに公正な立場で報道を義務付けられているNHKの大河ドラマでもその宗教の信者ばかりが演じている。
このことは情報を集めることにある程度関心がある者には公然の秘密ではあるがそうでない人は知らない。
次回からはこういった問題を私独自の観点から好き勝手に述べていくつもりだ。
もっともこうやって自分の思いを活字に直す時点で少しの脚色があるから100%とはいえないが、限りなく自分の本心に近い形で述べて行くつもりだ。
