中村捜査一課長の問いかけに対して、沼田刑事が立ち上がって、

「出入口については、正面からしか考えられません。地下へ降りる階段以外は全部通れません。地下の他の出入口と云えば、裏の路地へ出る非常用のドアだけですが、これは内側から施錠されていましたし、何より、11時前後、アパートの廊下を歩いたのは正田だけだという確証はとれています」

一同から低い溜息が洩れた。結局、当夜、被害者を殺害でき得たのは正田だけだということになってしまう。そして、その正田には、全く直接的な動機がなく、死亡推定時刻の11時にあれだけ手の込んだ殺し方をして、110番通報の時間とされている11時15分に、自ら電話をかけることが出来得たかどうかも疑わしいものとなるのである。

「西野、おまえさんの方はどないや!」

参考人の周辺について聞き込みに回っていた西野というずんぐりした中年の刑事に、末次警部補が尋ねた。

「そうですね、北原のアリバイはとれません。何せ、年中ワッショイワッショイやっとる奴やし、仲間も警戒して何も教えよらしまへん。中根の方は割にはっきりしとります。木屋町の四条下がったとこに『ムール』いうゲイバーがおますねん。まあ、一種のおかまバーでっけどな。中根俊一は、午後の10時半頃から、翌朝4日の午前2時頃までこの店で飲んでまんねん。割に大きな店やさかい、分からなんだやないか思て聞きましてんけど、ちょうど正月休みが明けて、3日の夜さりから店開けたばっかりで、そこへ正月早々、中根が飲みに来たさかい『いや、俊ちゃん、うれしいわー』云うて、ノン子はんやペー子はんが、いや、ノン子やペー子はん云うんは店のえげつない化粧した、気色悪い姉ちゃん、いや、姉ちゃんではないわな、兄ちゃんかな、ほら、何せ気色悪うて、ぞっとしましてな、おちおち尋問もできまへなんだんですわ。そら、何や、ねちゃーとして目つきで、今にも抱きつかれそうでね…」

「おいおい、そらええよ、脱線せんと…」

末次警部補が苦笑しながら注意した。

「はあ、こらすんまへん。とにかく、そんなんでアリバイははっきりしとります。ただ、その店のマスターが、中根をえらい褒めよりましてね。わしも長いこと刑事やっとると、色々風俗犯も扱うたことありまっさかい、マスターが中根に惚れてて、口裏合わしてんのと違うかんいなと思いますねんけど。何せ、おかしな世界ですわ。目尻にえらい皺でけた中年のおっさんが、二十歳そこそこの尻の青い男つかまえて、好きの嫌いのて云いよるんでっさかいな」

西野刑事は、思い出したように苦笑いしながら、肩をすくめてみせた。一同がどっと笑い声を上げた。

「西野さん、そしたら、今晩あたり自分と如何ですか?」

沼田刑事がからかうように云った。

「そらええな、沼ちゃんはぽちゃっとして、抱き心地の良さそうな躰しとるし…」

「おいおい、ええかげんにしとけ。せやけど、西野の云うた、マスターとの関係はちょっとひっかかるなあ、もっぺん、よう調べてみてくれんか」

末次警部補はそう云いながら、机の上に全紙大の模造紙を拡げ始めた。

「ちょっと整理してみよ思てな! まあ、見てくれ!」

と云いながら、関係者の相関図を皆に開示し、さらにマジックインキで中根の横に、「ムールのマスター」と書き加えた。


 明日は、不動産屋との最終セッションです。いよいよ、転居も実感を伴ってきました。