翌日、松原署の調室へ出頭を命ぜられたのは、第一発見者であり、被害者の田中覚次とかなり親しかったと思われる正田美智男と、田中の同棲相手である中根俊一であった。中根は、事件当夜、というより翌4日の未明になって「大和荘」へ戻った時、出頭を命ぜられたのだ。
末次警部補と小杉刑事が尋問した。正田は、昨夜の緊張からようやく弛緩したような様子で、それが本来の彼特有の性格ででもあるのか、変になよなよとして、俯き加減で刑事の質問に答えた。
「いや、君はだけど、ハンサムだね!」
ベテランの小杉刑事がそう云うと、正田は急に緊張した面持ちで顔を上げて、充血した瞼を刑事に向けた。
「それ、どういう意味です!」
「いや、意味って別にないけど、何で、ハンサムや云われて怒らんならんね」
「もう、みんな分かってはるんでしょ、あのアパートがホモの巣や云うこと、よう分かってはるんでしょ! それに、ぼくも、そのうちの一人や云うことも。しかも、ぼくが一番最初に見たから、一番疑われてるんでしょ。はっきり、そない云うてください。そんな、持って回った云い方せんと!」
「いや、いや、何もそない怒らんでもええがな。別にわしら、君を特別に疑うたりしてへん!」
と云ったものの、小杉刑事の胸の内では、目の前の正田が、被害者の死亡推定時刻とほぼ時を同じくして現場に現れ、しかも死体を発見している事実によって、最も疑わしい人物であることを前提にしていた。ただ、その後の調べで、正田が田中覚次を殺害する動機のないことが明らかになり、それは、同棲相手の中根俊一も同様だった。それよりも、その後、捜査本部をにわかに緊張させたのは、二階の6号室の住人であり、重要参考人の一人である北原秀樹が、事件の日以来、10日経っても自室に戻った形跡の無いことであり、松原署は北原を「大和荘猟奇殺人事件」の重要参考人として全国に指名手配しようとしていた。
今月の28日で、京都府宇治市にお別れします。35年以上住み続けた地ですが、何の未練もありません、京都市に次いで、府下第二の市になってしまい、人気(じんき)も環境も最悪になってしまいました。山科方面からヤクザやヤンキーが移り住んできて、もう、老人がのんびり住む街ではなくなりました。
糸島市という所へ行きます。何県かは云いません。調べてみてください。それまで、「薔薇の虐殺」を続けます。