翌1月18日の早朝、剛田は、連隊に復帰すべく老人に懇ろな礼と別れの挨拶を告げた。ひきとめる老人の横をすり抜けて、ブルージーンに厚手のジャンパーを羽織った峻一少年が剛田の側面へ並んだ。
「じいさま、峻一は、この方と一緒に戦闘に加わります。どうか達者でお暮らしください」
少年は、丁寧にそう云って、深々と老人に頭を下げた。柔和で温厚だった老人は、急に眉を曇らせ断定的に云う。
「いかん。峻は木賀家の跡取りじゃ、いかん!」
「でも、峻は、お父さまの意志を受け継いで、今から出陣するのです」
少年がそう答えた。剛田は二人のやり取りを聴いていて、何と前時代的で芝居じみているのだろうと思った。確かに半分は芝居だった。朝焼けの洩れ入る未明の冷気の中で、剛田は少年の決意を聴いたのだ。そして同行を許した。自分が命がけで守ってやればいいと思い込んだ。峻一は、生命を賭して守ってやる価値のある美しい少年だと思ったのだ。そのためには、半ば痴呆化した老人を上手く欺いて出て行かねばならない。哀れな老人をこの上孤独にするのは気がとがめたが、少年を手に入れられるなら、それもやむを得なかった。
 結局、老人は、国家の危急存亡のためにという大義名分に折れた。半ば呆けていながらも、そのことだけは自らの至高の忠訓とし、そのために息子を奪われ、嫁を奪われ、今また孫まで奪われようとしながらも、抗うことの出来ない老人の人生の哀しさが見えてくる。
 剛田と峻一は、赤衛軍の徘徊する山中や温泉場を抜けて、ようやく小田原まで辿り着いた。ここはまだ、政府軍側の陣営であった。直属の上官はほとんど戦死していたが、同じ連隊の対戦車小隊の一曹に訳を話し、連隊に帰属した。峻一も、戦時の少年志願兵ということで、行動を共にすることを許された。あちこちの61式戦車のハッチから兵士たちが顔を覗かせ、峻一を見て手を振ったり口笛を鳴らしたりした。剛田が見つめると、峻一はぼっと顔を赧らめた。

凛太郎の写真 その八です。さらに怒っています。
$凛冽の汗