慶順の美しさは、その瑞々しい裸身に極まっている。バスケットクラブに入っていると云ったが、そのせいか、全身の何処にも贅肉というものが無い。脆そうで、それでいて勁烈な項。広い胸郭。こりこりと引き締まった腹。抉り取ったような、脇腹から腰上にかけての鋭角的な線。そして、強く圧せば跳ね返りそうな強靭な太腿と、艶やかなうちにも堅く締まった双の臀肉。潔い体躯だった。
今その堅肉に、靖清は白く鋭い歯をたてていた。責めのぼる愉悦が、そうせざるを得ない昂揚を強いているのだ。自らのしたたかに反り返ったものは、慶順の双丘の狭間深くのめり込んでいる。激しい抗いがあった。少女のように、消え入りそうな吐息を洩らし、わなわなと身を打ち震わせ、慶順は今、しっかりと枕を掻き抱いて苦痛を堪えている。
靖清は悲しかった。これが最後かと思うと、一層激しい情欲が、あとからあとから自身の股間を締めつけ、全身に拡がってくる。一気に刺し貫いた時、慶順は確かに吠えた。が、それは、悲しげな哀訴の叫びではなかったか。
ーああっ、兄さん…
むしろ、縋るように、慶順は叫んだのだ。靖清の秘めた裏切りを非難する言葉ではなかった。愛される悦びにうちふるえる、幼い慶順の雄叫びであった。靖清は苦悩した。
明日になれば、四井商事の新入社員として、入社式に出席しなければならない。朝鮮を、「韓国」を、慶順の故国を喰いものにして肥え太った、巨大商社の社員になるのだ。春休みに戻った京都の実家で、あの白磁花瓶の謂を祖父から聞かされたそのすぐあと、慶順に会いたくて慌ただしく舞い戻ったアパートの部屋の三和土に落ちていた、白々とした採用通知が皮肉に思えた。
なぜ、こんな姿態になってしまったのだろう。いけない慶順。犯されるべきは、むしろぼくの方だ。おまえの父母や祖父母の分まで、存分に犯されて当然なのは俺の方だ。靖清はそう思いながらも、間近に迫った逐情に、身をわななかせて下唇を噛んだ。ああ、許してくれ慶順。い・っ・て・しまう。注ぎ込んでしまう。この兄を、不甲斐ない兄貴を許してくれ。靖清は腰を迫り出して動きを止めた。慶順の体内深く、ビュッビュッと吐き出した。頂上を越えた。急速に火照りが冷えていくのは、悲しい雄の定めだ。靖清はひとりごちた。
仕方がないのだ慶順。今、この日本で、俺は彷徨える餓狼にはなれない。自らの口を糊するために、やはり俺は、こまねずみの如く働かねばならない。青春の日々は、浅薄な幻だ。自身を喪失してしまう凋落だと分かっていても、この巨大な資本主義社会では、その歯車となって、この身を擦り減らしていくしかないんだ。朝鮮人である前に、人間であろうとするおまえの感性が羨ましい。この歪んだ日本の社会では、通用しはしないと分かっていても、飽くまで「個」でありつづけようとするおまえよ。やがて挫折が襲うかもしれない。けど慶順よ!…
呻きながら靖清は、傍の李朝白磁を引き寄せた。何ものかに憑かれたように、熱っぽい眸になっている。
ーなっ、慶。おまえだけは、この白磁でいてくれよなっ。この白磁のように、凛冽に生き抜いてくれよなっ!
必死なおももちでそう云って、靖清は腰を退いた。既に萎え凋んだものが、温かい慶順の背後の洞穴から抜け出た。
ー俺も頑張る。決して嫌らしいサラリーマンにはならない。チッソの社員みたいには絶対ならない。じっと見ててくれ。プロセスを見つめててくれ。
不可解な靖清の奇言だった。既に、自動車整備工として就職の内定している慶順は、未だ幼い円な瞳をくるくると動かし、キョトンとした様子で、裸身の靖清を見つめていた。茨の道を歩かねばならない若者が、未だ汚濁に染まらぬ初々しい素裸を晒し、あどけなく小首を傾げた。
傍の李朝白磁の表面に、その時、超自然な異変が起こりつつあるのを二人は知らなかった。艶やかな釉の表面に、鮮やかな墨痕が甦りつつあった。血塗られた飛模様に飾られたその墨筆の跡は、かつて戦国の武将が認めた菊花の契りの一文字ではなかった。あなたがたの目に、その文字は、「怨」と読めはしなかっただろうか。
今その堅肉に、靖清は白く鋭い歯をたてていた。責めのぼる愉悦が、そうせざるを得ない昂揚を強いているのだ。自らのしたたかに反り返ったものは、慶順の双丘の狭間深くのめり込んでいる。激しい抗いがあった。少女のように、消え入りそうな吐息を洩らし、わなわなと身を打ち震わせ、慶順は今、しっかりと枕を掻き抱いて苦痛を堪えている。
靖清は悲しかった。これが最後かと思うと、一層激しい情欲が、あとからあとから自身の股間を締めつけ、全身に拡がってくる。一気に刺し貫いた時、慶順は確かに吠えた。が、それは、悲しげな哀訴の叫びではなかったか。
ーああっ、兄さん…
むしろ、縋るように、慶順は叫んだのだ。靖清の秘めた裏切りを非難する言葉ではなかった。愛される悦びにうちふるえる、幼い慶順の雄叫びであった。靖清は苦悩した。
明日になれば、四井商事の新入社員として、入社式に出席しなければならない。朝鮮を、「韓国」を、慶順の故国を喰いものにして肥え太った、巨大商社の社員になるのだ。春休みに戻った京都の実家で、あの白磁花瓶の謂を祖父から聞かされたそのすぐあと、慶順に会いたくて慌ただしく舞い戻ったアパートの部屋の三和土に落ちていた、白々とした採用通知が皮肉に思えた。
なぜ、こんな姿態になってしまったのだろう。いけない慶順。犯されるべきは、むしろぼくの方だ。おまえの父母や祖父母の分まで、存分に犯されて当然なのは俺の方だ。靖清はそう思いながらも、間近に迫った逐情に、身をわななかせて下唇を噛んだ。ああ、許してくれ慶順。い・っ・て・しまう。注ぎ込んでしまう。この兄を、不甲斐ない兄貴を許してくれ。靖清は腰を迫り出して動きを止めた。慶順の体内深く、ビュッビュッと吐き出した。頂上を越えた。急速に火照りが冷えていくのは、悲しい雄の定めだ。靖清はひとりごちた。
仕方がないのだ慶順。今、この日本で、俺は彷徨える餓狼にはなれない。自らの口を糊するために、やはり俺は、こまねずみの如く働かねばならない。青春の日々は、浅薄な幻だ。自身を喪失してしまう凋落だと分かっていても、この巨大な資本主義社会では、その歯車となって、この身を擦り減らしていくしかないんだ。朝鮮人である前に、人間であろうとするおまえの感性が羨ましい。この歪んだ日本の社会では、通用しはしないと分かっていても、飽くまで「個」でありつづけようとするおまえよ。やがて挫折が襲うかもしれない。けど慶順よ!…
呻きながら靖清は、傍の李朝白磁を引き寄せた。何ものかに憑かれたように、熱っぽい眸になっている。
ーなっ、慶。おまえだけは、この白磁でいてくれよなっ。この白磁のように、凛冽に生き抜いてくれよなっ!
必死なおももちでそう云って、靖清は腰を退いた。既に萎え凋んだものが、温かい慶順の背後の洞穴から抜け出た。
ー俺も頑張る。決して嫌らしいサラリーマンにはならない。チッソの社員みたいには絶対ならない。じっと見ててくれ。プロセスを見つめててくれ。
不可解な靖清の奇言だった。既に、自動車整備工として就職の内定している慶順は、未だ幼い円な瞳をくるくると動かし、キョトンとした様子で、裸身の靖清を見つめていた。茨の道を歩かねばならない若者が、未だ汚濁に染まらぬ初々しい素裸を晒し、あどけなく小首を傾げた。
傍の李朝白磁の表面に、その時、超自然な異変が起こりつつあるのを二人は知らなかった。艶やかな釉の表面に、鮮やかな墨痕が甦りつつあった。血塗られた飛模様に飾られたその墨筆の跡は、かつて戦国の武将が認めた菊花の契りの一文字ではなかった。あなたがたの目に、その文字は、「怨」と読めはしなかっただろうか。