お父さまが、そうおっしゃったのだ。
ー清司、今度炭鉱(やま)へ連れてこられた人の中に、李慶宗って青年が居る。優しくしてあげなさい。周囲はもう、分別のつく年齢の人ばかりだが、慶宗君だけは、まだお母さんの面影を大事にしている十八歳の青年だ。淋しかろう。おまえの兄さんだと思って、声を掛けておやり。出来るね。これまでにもおまえは、あの人たちを差別したり、蔑んだりしなかったものね。
 朝鮮の人たちを強制連行してきて働かせている炭鉱のM鉱業で、ぼくは、学校へ行く傍ら、麓の事務所との連絡員を引き受けてる。お父さまは、いつもそんなふうに、あの人たちのことを気遣っておられる。関東大震災の時の大虐殺や、南京での中国人大殺戮のことを、以前お父さまは、ぼくに話してくださった。ぼくは泣いてしまった。何故自分と同じ日本人が、あの人たちをそんなに虐めるのか、ぼくには分からない。同じ人間同士なのに。
お父さまは、この長崎の近くのS町で、国民学校の校長をしておられる。元は藩の家老職の血筋だとかで、家風は謹厳実直で、お父さまは何となく、古武士のように毅然としたお方だ。
 去年の十二月、長崎の実家へご用事で戻っておられたお母さまは、B29の空襲に遭って亡くなられてしまった。ぼくは泣けなかった。お父さまが泣くことを許してくださらなかったのだ。
 だからあの夜、ぼくは、張り裂けそうな胸を抑えて、李兄さんに逢いに行ったのだ。お互い言葉は分からないけど、李兄さんは、お母さまの亡くなられたことを、もう知っててくれた。それまでに、そんなことしたことなかったけど、ぼくは李兄さんの胸にしがみついてしまった。皆が云うように、おかしな臭いなんてしない。むしろ汗に蒸れた、逞しい兄さんそのものの匂いだった。ぼくはわんわん泣いてしまった。李兄さんも一緒になって涙を流してくれた。哀号って引き絞るように泣き叫んでくれた。朝鮮の人たちの、葬式の時のとっても悲しい習慣だって後から聴いたけど、そうやって、死んだ人の為にかかわりの無い人までもが、一緒になって号泣してくれるんだ。
 先に李兄さんが、そのことを始めたのだ。ぼくじゃない。ぼくはただ、悲しくて、無意識のうちに李兄さんのズボンの前を、ぐいぐい押してただけなんだ。泣き濡れたぼくの顔を、李兄さんは両手で挟んで仰向かせ、ぼくの涙を口唇で吸い取ってくれた。そしてその口唇が降りてきたんだ。はっとする間もなく、ぼくの口は、李兄さんの唇で塞がれてた。そうやって李兄さんは、凄い力でぼくを抱き締めたんだ。何だか変な気持ちだったけど、でもやっぱり嬉しかった。自分がそうして、李兄さんに好かれてるんだと思うと、もっと色んなことをして欲しいとさえ思ってしまった。李兄さんの体は、とても温かだった。ぼくらと同じ、熱い血が流れてるんだとぼくは思った。お父さまのおっしゃることは、やっぱりほんとうなんだ。
 ぼくの家に伝わる綺麗な花瓶、李朝って云うんだそうだけど、とにかくその白磁花瓶とやらを前にして、いつもお父さまはこうおっしゃる。
ーご覧、清司。素晴らしいだろう。この艶やかな円みと、吸い込まれてしまいそうな釉の具合が分かるかな。それでいて、この清々しい白さと潔癖な形からは、心を洗われるような純粋さが感じられる。これを、あの人たちが造ったんだよ。我々よりも、あの人たちの方が、いかに汚れなく純粋であるかがよく分かるだろう。そしてこの白い生地の下には、燃え盛る情熱が隠されているようには、見えやしないか、清司。そうだよ、あの人たちは、したたかな熱い血の滾りの分かる人たちだ。
 それにしてもぼくは、その白磁の染付をおかしいと思った。消えてしまいそうな模様だけど、それは確かに字だ。ぼくにも読める。「菊」だ。お父さまによれば、染付ではないとおっしゃる。誰かが、後から墨で書いたらしい。けど古いものだから、何か曰くがあるのだろうとおっしゃるのだ。でもぼくは、その字に拘った。朝鮮にも、「菊」って字があったのって、お父さまに訊ねてもみた。しかも、その白磁の表面には、模様とは思えない、赤黒いシミのようなのが点々とついているのだ。ちょっと不気味な花瓶なのだ。