破屋の床にわたくしを横たえて、あなたさまは、しばし深い屈託に沈んでおられるご様子でした。滅滅たる憂いに囚われておいででした。そして突然、あなたさまの御眼から、玉の如き涙が溢れ出したのでございます。あなたさまは、わたくしめのために、声を上げてお嘆きくだされたのです。
あなたさまの目にも、夥しい血汐を流し尽くしたわたくしの生命は、既に救いようもなきものと映じられたのでございましょう。やがてあなたさまは、一振りの小太刀を、わたくしの前に差し出されました。せめて男子の最期を、潔く飾れとの、あなたさまの思し召しに違いございません。されどわたくしは、恐うございました。分別顔を装いしところで、所詮、未だ十四の若年者、刀紋を鋭う光らせし小太刀には、よう手を伸ばせませなんだ。
かき抱いてくだされましたな、御自らも直垂をお脱ぎになられて。嬉しうございました。温こうございました。未だ血に塗れしままのわたくしの背後に、激情抑えかねし風情のあなたさまが、その見事な御逸物を差入れてくだされましたとき、わたくしは、己の本意が叶うたことに涙さえ泛べ、されば未だ残りておりしかと驚懼せんばかりの、したたかな血の滾りを覚えたのでございます。
わたくしには、あなたさまが異国の怨敵とは、何としても思えませなんだ。お優しい眼差しが、ご立派なお姿が、未だ他人に愛されしことなきこの身を、激しく焦がしおったのでございます。
わたくしは、幸せにございました。
先に、あなたさまに御覧じあらせんと、破屋へ持込みておりましたあの白磁瓶に、わたくしの背後から離れられたあなたさまは、屈みこまれ、鮮やかな筆致で、「菊」と書き認めくだされました。わたくしの霞みがちな眼の前へそれをお示しになり、力なくあなたさまは、笑みを泛べられましたな。あのとき、わたくしは、すべてを許したのでございます。あなたさまと秀臣さまとの御立場が、わたくしにもよう分かり申した。秀臣さまの所業にも、死にゆくわたくしには、さしたるお怨みも湧かなかったのでございます。ただ、お二人のご多幸をお祈りする思いで、わたくしは穏やかな笑みを返しました。その笑みにあなたさまは再び涙せられ、破屋の傍らに乱れ咲く朝鮮菊を、摘みてし白磁瓶に挿し添えてくだされました。
そして、あなたさまの御逸物は、未だ萎えることを知らず反返りておられます。いざ、今一度とばかりに、あなたさまが御身を寄せられしとき、既にわたくしの意識は朦朧となっておりました。されば、今一度わたくしを刺し貫きしものが、あなたさまのお見事な御逸物に似た、鋭利にして強かな素槍の身でありしことに、わたくしは気づいておりませなんだ。槍の潮頸が、口金が、逆輪が没し、胴金を越えて柄の半ばまで隠れしとき、わたくしはこときれておりました。
今、このように冥土黄泉より、あなたさまのことのみを思い巡らせていられるわたくしは、まことに幸せものにございます。どうか、秀臣さまをお大切になされませ。そして、叶いますれば、あの白磁花瓶もまたわたくしと思し召され、末永う御秘蔵くださいませ。決してわたくしは、あなたさまを憎んではおりませぬ。秀吉軍の勇猛な武将であらせられた清匡殿に、一期のこの身を、真摯に愛されし誇りでいっぱいでございます。重ねて申し上げます。秀臣さまと睦まじうなさいませ。二度と再び、わたくしめのような、悲しき童をおつくり遊ばすな。そのような忠節と義に叶いしものこそ、あなたさまの御国の菊契とやら風聞致しおります。その御国で、どうぞお幸せにお暮らしくだされ。わたくし、十四歳の李慶彦、草葉の陰よりいついつまでもお護り申し上げます。
あなたさまの目にも、夥しい血汐を流し尽くしたわたくしの生命は、既に救いようもなきものと映じられたのでございましょう。やがてあなたさまは、一振りの小太刀を、わたくしの前に差し出されました。せめて男子の最期を、潔く飾れとの、あなたさまの思し召しに違いございません。されどわたくしは、恐うございました。分別顔を装いしところで、所詮、未だ十四の若年者、刀紋を鋭う光らせし小太刀には、よう手を伸ばせませなんだ。
かき抱いてくだされましたな、御自らも直垂をお脱ぎになられて。嬉しうございました。温こうございました。未だ血に塗れしままのわたくしの背後に、激情抑えかねし風情のあなたさまが、その見事な御逸物を差入れてくだされましたとき、わたくしは、己の本意が叶うたことに涙さえ泛べ、されば未だ残りておりしかと驚懼せんばかりの、したたかな血の滾りを覚えたのでございます。
わたくしには、あなたさまが異国の怨敵とは、何としても思えませなんだ。お優しい眼差しが、ご立派なお姿が、未だ他人に愛されしことなきこの身を、激しく焦がしおったのでございます。
わたくしは、幸せにございました。
先に、あなたさまに御覧じあらせんと、破屋へ持込みておりましたあの白磁瓶に、わたくしの背後から離れられたあなたさまは、屈みこまれ、鮮やかな筆致で、「菊」と書き認めくだされました。わたくしの霞みがちな眼の前へそれをお示しになり、力なくあなたさまは、笑みを泛べられましたな。あのとき、わたくしは、すべてを許したのでございます。あなたさまと秀臣さまとの御立場が、わたくしにもよう分かり申した。秀臣さまの所業にも、死にゆくわたくしには、さしたるお怨みも湧かなかったのでございます。ただ、お二人のご多幸をお祈りする思いで、わたくしは穏やかな笑みを返しました。その笑みにあなたさまは再び涙せられ、破屋の傍らに乱れ咲く朝鮮菊を、摘みてし白磁瓶に挿し添えてくだされました。
そして、あなたさまの御逸物は、未だ萎えることを知らず反返りておられます。いざ、今一度とばかりに、あなたさまが御身を寄せられしとき、既にわたくしの意識は朦朧となっておりました。されば、今一度わたくしを刺し貫きしものが、あなたさまのお見事な御逸物に似た、鋭利にして強かな素槍の身でありしことに、わたくしは気づいておりませなんだ。槍の潮頸が、口金が、逆輪が没し、胴金を越えて柄の半ばまで隠れしとき、わたくしはこときれておりました。
今、このように冥土黄泉より、あなたさまのことのみを思い巡らせていられるわたくしは、まことに幸せものにございます。どうか、秀臣さまをお大切になされませ。そして、叶いますれば、あの白磁花瓶もまたわたくしと思し召され、末永う御秘蔵くださいませ。決してわたくしは、あなたさまを憎んではおりませぬ。秀吉軍の勇猛な武将であらせられた清匡殿に、一期のこの身を、真摯に愛されし誇りでいっぱいでございます。重ねて申し上げます。秀臣さまと睦まじうなさいませ。二度と再び、わたくしめのような、悲しき童をおつくり遊ばすな。そのような忠節と義に叶いしものこそ、あなたさまの御国の菊契とやら風聞致しおります。その御国で、どうぞお幸せにお暮らしくだされ。わたくし、十四歳の李慶彦、草葉の陰よりいついつまでもお護り申し上げます。