そのスナックで知り合った、素性の分からない勉という若者と8時過ぎにそこを出て、東山安井の「梵」という旅館へ行ったこと、一時間半ほど旅館に居て、彼とは10時頃に別れ、タクシーで京都駅へ直行し、列車を待ったと云った。そして、その時のタクシーが「京洛タクシー」という会社であったことも何気なく覚えていると付け加えた。敬次は話の途中で何かを想い出したように立ち上がると、部屋の隅の黒い旅行鞄を開け、しばらくごそごそとかき回して、小さな紙片を取り出した。
「12時57分の“きたぐに”に乗ったんですけど、汽車の中でこの人と…」
と名刺らしいその紙片を差し出して、列車の中での中年の会社員風の男との経緯を話した。橘は、
「ま、念のために、それ、貸してもろとこか」
と云って敬次の手からその名刺を受け取った。
 一応の供述を得て橘は岩城家を辞したが、あまりにもできすぎている敬次のアリバイに、古ぼけたその家の玄関を離れがたい気持ちのまま、ぐるぐると首にマフラーを巻きつけた。重要参考人として、敬次を京都へ連行するのが本筋だったが、橘は、今少し新潟に留まって敬次を監視してみようと決意した。長岡警察署で長距離を借りて、敬次のアリバイ捜査を本部へ示唆してから、橘は、市内の旅館にその日の宿を求めた。
 翌日早朝の本部からの連絡は、半ば橘を失望させ、半ば一縷の望みを抱かせるものだった。スナック「フロインド」へ聴き込みに行った捜査員は、たまたま居合わせた勉なる若者と、マスターの証言を同時に得る幸運に恵まれたが、結果は敬次のシロを証明するものでしかなかった。さらに、旅館「梵」の経営者も、勉と云う若者の方を良く知っていて、当夜の二人の来館を間違いなく立証し、京洛タクシーの中年の運転手も、東山安井から京都駅まで、事件当夜、敬次らしい学生風の若い男を乗せたと云った。そして、敬次の差し出した名刺の主である大阪の某商事会社の社員は、ちょうど橘の居る長岡の市庁関係へ出張中であり、旅館の名も分かっているというものだった。さらに、敬次のアパートから押収した下着等から検出した血液型はAB型で、被害者の体内に残渣していた精液と同じだが、全く同一人のものであるかどうかは立証できないという報告だった。橘は、敬次が列車の中で遭遇したと云うその商社員に面会するべく、雪のちらつき始めた長岡の街へ歩み出た。

凛太郎九州行写真、ほんとに、あと少しです。
$凛冽の汗