やはり汽車の中では眠れなかった。事件のことを考えていると、いよいよ目が冴えてしまって、幾度も寝返りを打った。それでも、長岡駅のプラットホームに降り立った時は、早朝の清々しい冷気の中で思いっきり伸びをして、眠気をふっ切ったような気がした。2月6日の朝だった。
容疑者岩城敬次の実家のある小出町まで、上越線廻りの普通電車に乗り換えなければならない。橘警部補は、通学の高校生のむんむんする熱気の残るローカル線に乗り込んだ。途中、ちぢみの産地、小千谷を通った。車窓から、雪を被った広い河原を眺めながら、『女房に買うて帰ったら喜ぶやろな』といつになく温かい気持ちになった。しかし、以前デパートで見た小千谷縮の値札を思い出して、首をすくめて背もたれに見を沈めた。
橘警部補が訪ねた時、家には敬次しか居なかった。大体の予備知識を新潟県警の照会で心得ていた橘は、恐らく夕刻まで戻らないであろう母芳江の、おどおどした気の毒な姿を見ないで済むことにほっとした。敬次の態度は慇懃この上ないものだった。用件を伝えると、自分の部屋がこの家では一番暖かいからと、唇を真っ青にしている橘を招じ入れた。底冷えのする京都の寒さに慣れている筈の橘だったが、雪道を短靴で歩いた足先は、ちぎれるように冷たかった。
ストーブで暖められた部屋の中央に座り込むと、橘は徐に事件について喋り始めた。殺害された白石雄二の名を出すと、それまで妙に落ち着き払った様子で聴いていた敬次は、とびあがらんばかりに驚いた。何度もそれが自分の友人の白石であることを確かめてから、敬次はがっくりと項垂れて肩を震わせた。こみ上げる嗚咽を噛み殺している風だった。上出来の演技だと橘は思った。当夜のアリバイにそれとなく話を進めても、敬次は怒るふうも見せず、淡々と語った。何かしら橘の疑惑が薄らいできた。ここまでの演技は出来るもんじゃないという考えが先に立った。
敬次の供述に依れば、当夜は最初から郷里へ戻るつもりでアパートを出て京都駅へ直行するつもりだったが、、途中、気が変わって四条で市バスを降りたと云う。7時頃、新京極近辺の大衆食堂で夕食を済ませてから、四条木屋町を少し下がったスナック「フロインド」へ飲みに入ったらしい。以前、先輩に連れて行かれた所謂ゲイ・バーだと云った。自分にそういう性癖があることを隠すつもりはないと云う。因みに、殺された白石とは中学以来の親友であり、彼ともそういう肉体関係を持ち、最近までそれが続いていたこと、そして深く彼を愛していたとも語った。そうした異常な性愛についても、敬次が喋ると不思議といやらしさのない爽やかさを持って、橘には理解出来るように思えた。しかし、橘はまた、異常性欲者による犯行という見方が、ここでひとつの連関を成したとも思った。ただ、橘は、だからと云って、まだ頭から岩城を犯人だと断定するつもりはなかった。敬次の供述は、さらに続いた。
凛太郎九州行写真、いよいよあと少しです。

容疑者岩城敬次の実家のある小出町まで、上越線廻りの普通電車に乗り換えなければならない。橘警部補は、通学の高校生のむんむんする熱気の残るローカル線に乗り込んだ。途中、ちぢみの産地、小千谷を通った。車窓から、雪を被った広い河原を眺めながら、『女房に買うて帰ったら喜ぶやろな』といつになく温かい気持ちになった。しかし、以前デパートで見た小千谷縮の値札を思い出して、首をすくめて背もたれに見を沈めた。
橘警部補が訪ねた時、家には敬次しか居なかった。大体の予備知識を新潟県警の照会で心得ていた橘は、恐らく夕刻まで戻らないであろう母芳江の、おどおどした気の毒な姿を見ないで済むことにほっとした。敬次の態度は慇懃この上ないものだった。用件を伝えると、自分の部屋がこの家では一番暖かいからと、唇を真っ青にしている橘を招じ入れた。底冷えのする京都の寒さに慣れている筈の橘だったが、雪道を短靴で歩いた足先は、ちぎれるように冷たかった。
ストーブで暖められた部屋の中央に座り込むと、橘は徐に事件について喋り始めた。殺害された白石雄二の名を出すと、それまで妙に落ち着き払った様子で聴いていた敬次は、とびあがらんばかりに驚いた。何度もそれが自分の友人の白石であることを確かめてから、敬次はがっくりと項垂れて肩を震わせた。こみ上げる嗚咽を噛み殺している風だった。上出来の演技だと橘は思った。当夜のアリバイにそれとなく話を進めても、敬次は怒るふうも見せず、淡々と語った。何かしら橘の疑惑が薄らいできた。ここまでの演技は出来るもんじゃないという考えが先に立った。
敬次の供述に依れば、当夜は最初から郷里へ戻るつもりでアパートを出て京都駅へ直行するつもりだったが、、途中、気が変わって四条で市バスを降りたと云う。7時頃、新京極近辺の大衆食堂で夕食を済ませてから、四条木屋町を少し下がったスナック「フロインド」へ飲みに入ったらしい。以前、先輩に連れて行かれた所謂ゲイ・バーだと云った。自分にそういう性癖があることを隠すつもりはないと云う。因みに、殺された白石とは中学以来の親友であり、彼ともそういう肉体関係を持ち、最近までそれが続いていたこと、そして深く彼を愛していたとも語った。そうした異常な性愛についても、敬次が喋ると不思議といやらしさのない爽やかさを持って、橘には理解出来るように思えた。しかし、橘はまた、異常性欲者による犯行という見方が、ここでひとつの連関を成したとも思った。ただ、橘は、だからと云って、まだ頭から岩城を犯人だと断定するつもりはなかった。敬次の供述は、さらに続いた。
凛太郎九州行写真、いよいよあと少しです。
