学校長の判断が誤っていたのかもしれない。陶風中学の全職員は学校の南西にある雑木林へ逃げ込んだ。そこで市警の応援を待つ格好になった。60人の教師たちが、吹きつのる寒風の中で、2000人の生徒らの襲撃に怯えながら、救助を待っている。あってはならない光景だった。遠目にも、次々と校門を乗り越えてくる生徒らの姿が見える。既に、パトカーらしいサイレンが近づいてくるのだが、校長は、悪寒に取りつかれたようにぶるぶると全身を震わせていた。
 脚下に向けて撃ったつもりの教諭の拳銃が、沖田に襲いかかろうとした生徒の脇腹を射抜いたのだ。衝撃に跳ね飛ばされたその躰を支えながら、山崎卓司は呆然と立ち尽くした。沖田らは、その隙に教室を逃れたのだ。校長は突然の出来事に狼狽した。既に激昂した生徒らが、職員室のある一号館に迫ろうとしていた。悲鳴に似た叫びを上げて、校長がグランドに飛び出した。他の職員も後に続かざるを得なかった。極限にまで高められた強迫観念は、教師たちをさえ狂った烏合の衆と化した。
 機動隊が到着した。教師らは、口々に「助かった!」と肩を叩き合った。女教師は、ワッと声を上げて安堵の嗚咽を洩らした。しかし、その弛緩は、数分と続かなかった。酸鼻を極める光景が展開されはじめたのだ。襲撃者は、逆に追い詰められていた。校門を越えてきた生徒に機動隊員が襲いかかった。警棒の乱打、ジュラルミンの大楯の水平打ち。殴りかかり、足で蹴る。女生徒は長い髪を引きずられている。あちこちで顔面を鮮血に染めて生徒らが倒れていく。沖田は胸の内で叫んでいた。
「中学生だ。彼らは未だ中学生だ。」
幼さの残る悲鳴が渦巻いた。教師らは息を飲んでその光景を凝視している。身動きする者は居ない。
 ややあって、校長が倒れ伏した。両手で頭を抱え込んでいる。その時はじめて教師らは、煌めく閃光を見た。地獄絵を遠巻きにしていた数十人の新聞記者が、カメラを構えていたのだ。関係者の最も恐れていた事態が現出していた。沖田は、一切が悪夢だと思った。よろよろと立ち上がりざま、ふっと、弘三はどうしただろうと思った。